第35話 従者反省中



 翌朝、目を覚ました蜜希は軽く顔を洗い、隣に位置するフィーネの部屋へと出向いていた。


 そのまま昨日渡されてた施錠術式の合鍵を使い、ドアを開けて中を覗き込む。ノックくらいはするべきかと思ったが、まああの完璧従者さんなら着替え中と言う事は無いだろう。


「フィーネ、女の子の具合はどうっすかー?」


 顔だけ隙間から部屋の中へと差しこみながら見渡せば、視線の先にはメイド服姿のフィーネが目覚めたらしい水色の髪をした少女へと手を伸ばしていて、


「ほら、動かないでください、傷が治りませんよ?」


「いやいやいや! なんだその針と糸、アタシの体で傷口塞いでっから問題ねぇよ!!」


「ですが、きちんと縫合しておいた方が組織の融合もスムーズに進みますので……」


「融合したら困んだっつーの! 今はこいつの細胞組織の修復に合わせて少しずつ浸食部位を少なくしてるんだからよ!」

 

「そういえばそうでしたね、では本来の組織をこうしてこのように……」


「ア―――――――!!?」


 ……何してんすかね?


 自分はそっとドアを閉め、暫し呼吸を整える。


 大丈夫、ただ傷口の治療をしていただけだ。フィーネが半裸の幼女相手に針と糸を持って詰め寄っていたとして傷口の縫合なら仕方ない、なんか融合とか物騒な言葉が聞こえたのは気のせいだろう。


 大きく深呼吸、思考をリセットして再び解錠術式を翳して部屋へと入る。


「よし、おはようございまーー」


「待て待て待て! 治療すんのはこいつの体だけでいいっての! アタシ本体に触れんな!!」


「ですがこちらも負傷しているのは事実ですし、軽度の外傷でしたら術式を使わずともこちらの軟膏で良くなりますから」


「だとしても本体は今敏感になってるから触られると気持ち悪いんだよ!! あ、こら止め! んん~~!!」


 もう一度扉を閉めた私を許してほしい。いや誰に許しを乞うてるのか分からんすけども。


「なんか女の子の方から触手みたいの伸びてたんすけど、何すかあれは!」


 その触手にべっとりしたクリームを塗りこんでるフィーネが大分犯罪臭がする。というか普通はこういうのって触手にフィーネが絡まれてる奴じゃ無いんすかね? なんで触手受けなんすかねぇ。


「あら蜜希、随分とお早いお目覚めですわね?」


 そんなことを考えて居たところ、不意に横からパー子の声が響いたので、自分は一つ息を吐いて思考をアジャスト。


「おはよっすよパー子、いや、昨日の女の子の様子が気になっちゃって」


「ああ、昨日は結局目を覚ましませんでしたものね。それで、中には入らないんですの?」


「あ―――――……パー子開けていいすよ?」


「? では失礼して――おはようございます、フィーネ」


 パー子が促しに応じて扉を開けるのを、自分も端から覗き込むように中を確認する。


 と、


「ほかに痛い所はございませんか? ククルゥ様。」


「無い……ないから……もう、勘弁して……」


「何クリーム片手に幼女を手籠めにしてますの貴女!! ――というか一体全体その触手は何ですの!?」


 流石パー子、ツッコミの腕は一級品っすね。




  ●


 

 その後、ギラファさんも交えて朝食をとりながら少女の事情を聞くことになり、一通りの説明を聞いた上で一つ息を吐く。


 つまりはこの子は致命傷負った親友を助ける為に融合しつつ何かから逃げていて、バグ技使ってどうにかしたらその辺にほっぽり出されたと。


「なるほど、取り合えず誤解は解けたっすけど、寄生生物型触手幼女とは……また属性てんこ盛りなのが来たっすね」


「今大事なのはそこじゃないと思いますのよ……?」


 やかましい、だが実際問題その通りだから何も言えない。


 すると、話題の中心である少女が、やや伺う様にしつつこちらを見、て口を開いた。


「……改めて、ククルゥだ、よろしく頼むぜ」


「はいっす、よろしくっすよククルゥちゃん」


「ちゃん付けか……まぁ今はこの見た目だし、しゃあねえか」


「ん? もとは男の子とか?」


「いや、アタシ本体に性別はねぇよ、触手だからな。ちゃんでも様でも好きに呼んでくれ、行き倒れてた所を助けて貰った上にこうして匿って貰ってんだ、その辺りに文句は言わねえよ」

 そう言って椅子に座った姿勢を整えたククルゥちゃんに、パー子が満足そうにうなずきながら視線を向ける。


「口調はともかく、謙虚なのは大変よろしいですわ。此処に居る間は自由にくつろいで貰って構いませんけれど、外へ出る際は蜜希以外の私達誰かが付き添っている時にしてくださいましね?」


 パー子が自分を抜いたことに若干不満を覚えるが、まあ隔離術式とかよくわからないので仕方がなかろう。


 それはそれとしてアグラヴェイン卿へ通信端末で遺骸でのパー子のやらかしの数々を送っておく。さーて腕立て何百回になるっすかねー?


「ん? 蜜希貴女何して、――ってなんで蜜希がアグラヴェイン卿のアドレス知ってるんですの!?」


「一昨日の夕食の時に『パーシヴァル卿が阿保をやったら報告してほしい』って言われたんで交換したんすよ、滅茶苦茶文面硬くて逆に笑えるっすねアグラヴェイン卿」


「確かに、アグラヴェインからの通信は報告書を読んでいる気分になるな」


 苦笑と共に放たれたギラファさんの言葉に頷いていると、ふとやや離れた位置から声が届いた。


「あのー、誤解が解けたのでしたら縄を解いていただけませんでしょうか?」


 そこにあったのは、パー子によって縄でグルグル巻きにされた上で天井から吊るされたフィーネの姿だった。


 正直ミノムシみたいでちょっと面白いのだが、流石にかわいそうではないかと思わないでもない。


「誤解は解けましたけど、それはそれとして絵面が犯罪でしたのでもうしばらくそのままですわ」


「そんなー!? 蜜希様、助けて下さいよー!!」


 あーー、


「ごめんなさいっすフィーネ、面白いから暫くそのままで!」


「えぇ!?」


 あ、そうそう、折角ならアージェさんにも見てもらおう。そう思った自分は通信を映像通信状態で呼び出し、撮影部分を逆さ吊りのフィーネに向ける。


『あら、どうしたの蜜希ちゃん……って、あら?』


「…………あー、おはようございます、アージェ様。」


 一瞬の沈黙のあと、画面の向こうのアージェさんが勢いよく身を折って吹き出した。


『んぐっ!? ぷッ、あは! あはははははははっ! なにそれ、ダメ、ごめんちょっとむり、ひ、ふふふふふふふふっ!』


「誰か―――!!助けて下さ――――い!!」


 アージェさんの笑いが収まるまで待ってから降ろしてあげたのだが、頬を膨らませてこちらを恨めしそうに見つめるフィーネの表情は、少し撮影しておきたいくらい可愛かったっすね。

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