第11話 ワイルドハント
そうして翌日遺骸に乗り込み、街を出る事数時間。
今の服装はスラックスとワイシャツの上からアージェに渡されたハーネスとコルセットをつけた姿だ。
アージェさんの言っていた通り、この装備には運動性の補助や、ある程度の防護加護も宿っているらしいので、周囲との服装を合わせる意味も兼ねてなるべく着るようにしている。
少々股の食い込みや腰の締付けに違和感を感じるが、これは数日もつけていれば慣れるだろう。
そうしてギラファさんに遺骸の中を案内してもらっていたのだが、機関部の駆動系を見学させてもらっていた所、不意にそれはやってきた。
「ん? ギラファさん、あれ――」
機関部上層、外部区画に直結する吹き抜けを見上げ指さす先には、先程まで晴れ渡っていた空に突如染みの様に現れた雷雲の渦。
「――来たか!!」
「え? と、ちょわっ!?」
突然、ギラファさんが自分を抱きかかえると、翅を展開して飛び上がる。
「ちょ!? ギラファさん、どうしたんすか急に!?」
正直心臓がバクバク言っているが、ギラファさんから伝わる緊迫した雰囲気がそうした思考を引きはがす。
あーでも真剣なギラファさんの横顔もいいっすねぇ。漆黒の甲殻に映りこむ蒼雷、ちょっと頻度高めなのは残念っすけどいい感じにエフェクトっぽくてカッコイイっすわー!
……そうした思考を引き剝がす、いや引き剥がしたところに、彼の言葉が耳へと届く。
「あれがワイルドハントだ、だが見るからに規模が大きい。防御術式を突破された場合、奴らは魔力の潤沢な機関部をまず狙ってくる。その前に君は最も防御の厚い居住区まで運び届ける。――いいな?」
見上げれば、頭上に展開した全天周型の結界。その一点に集中する様に、落雷と青白い人影……それも鎧を纏った騎士の様な姿が殺到している。
「え? なんすかあの騎士連中!? 狩猟団では!?」
「銃もない騎士階級の頃の狩猟だぞ? 弓矢もあったが、イノシシなどを槍や剣で仕留めるものも多かったそうだ。――アージェの受け売りだがね」
不意に、前方に一際大きな落雷が落ちる。
『――――――!!』
閃光が消え去った時、そこに現れたのは頭上に居たのと同じ、鎧を身に纏った騎士の隊列。
「――ッ、この短時間で全天防護を抜けてきたか!!」
ギラファさんにつられて見上げた頭上、先程まで遺骸を傘の様に覆っていた防護術式が、まるで虫に喰われた様に穴だらけになっている。
「ギラファさん!? これ結構やばいやつっすか!!?」
「ああ、この速さで防護を突破して来たと言う事は、間違いなく指揮官となる将がいる。――まだ降りて来ては居ないようだが……!?」
声が途切れると同時、ギラファさんが不意に急旋回と共に高度を落とす。
見れば先程まで自分達が居た場所を通過する様に走り抜ける騎兵の姿。
「やむを得ん、蜜希、アージェから渡された符はあるな?」
彼の問いかけに、自分はカバンから符の束を取り出して、
「これっすか? 掃除用とか言って渡されたっすけど」
「ああ、それは対死霊用の浄化術式だ。アージェの物なら、一枚で奴らを数体纏めて浄化できるだけの出力がある」
「へーー……え、もしかして、そういう事っすわひゃぁ!?」
『――――!!』
再び迫る騎兵を降下して躱し、速度を落としたギラファさんが甲板へと足をつけた。
「空を駆ける騎兵の数が増えてきた、これなら地上を進んだ方が安全だ。――向こうに光の壁が見えるな? あれは機関部の各所に置かれた、作業員避難用兼機関部への侵入防止用の結界だ。騎兵は私が受け持つ、蜜希はその符を使って死霊達を抜けてあそこを目指せ」
「……アレを抜けて行けと?」
視線の先、結界に群がる様に取り囲む死霊の騎士団が見えている。あれを正面切って抜けて行くのは中々至難というものだろう。
そして、自分はこうも思うのだ。
「――ねぇギラファさん、あの結界って、入る時に穴が開いたりするんすか?」
「……ああ、恐らく中に作業員と警備員がいる、君が行けば一部結界を解除して入れてくれるだろう」
「でも、その時に結界を破られるかもしれないっすよね?」
「……それは、――ッ!!」
上空を旋回していた騎兵が此方に気付き、一直線に降下して来た所を、ギラファが手にした大剣で斬り捨てる。
「蜜希!!」
つい、口元が緩む自分を自覚する。まったく、こんな死ぬかもしれない状況で、自分は何を考えているのだろうか。
「ギラファさん、言ったっすよね、何があっても守ってくれるって」
束から抜き取った符を一枚、走りながら前方の死霊へ投げつける。
風で舞うかと思えば、符はまるで矢の様に風を切り、死霊に触れた瞬間、弾ける様な光と共に死霊を吹き飛ばす。
「じゃあ、私が一緒に戦いたいって言っても、守ってくれるっすよね」
ああ嫌だ、何がと言われれば、この状況にたまらなく高揚している自分が嫌になる。
死者の軍団? 空を駆ける騎兵? ――そんな面白そうな物、特等席で堪能したいに決まってる!
「ごめんなさいギラファさん、あそこに居る人たちに迷惑かけたくないって気持ちもあるんすけど、それよりなにより、安全席から見てるだけなら、向こうでゲームしてるのと変わらないっすから!!」
「はぁ……君は本当に希の孫だな……」
諦めたようにギラファが肩を落とし、両手の大剣を構えなおす。
「騎兵は全て墜とす。蜜希は回避に専念して深追いは避けたまえ、各所の作業員の避難が終われば守備隊が駆けつける。それまでは死なない事だけ考えろ」
「了解っす! ――んじゃまあパーっと行くっすよ!!」
両の手指一杯に挟み込んだ術式符を、前方の死霊群目掛けて投げつける。
「一回やってみたかったんすよね! こうやって符をバーッて投げるやつ!!」
放射状に広がった術式符が着弾すると同時、まるで連鎖誘爆する様に隊列ごと消し飛ばした。
「ヒャッハ――!! たーまや――!!」
「回避専念と言っただろうが蜜希!!」
あ、そういえばそうだったっすね。
●
そんなこんなで今へと至るわけだが、あれから守備隊の皆さんも合流し、かなりの数を浄化しているが、一向に軍勢は減る様子を見せない。むしろ殲滅スピードより追加速度の方が上の様な気すらする。
「あ――――もう!! 無限湧きはクソって分からないんすかねぇこいつら!!」
とはいえ叫んだ所で状況が変わるわけでもないし、実際少し高揚感を覚えている自分の意志は誤魔化せない。
その証拠に、妙に加護の調子がいい。自分で加護の存在を認識したことや、アージェに渡されたハーネス型の補助具の性能もあるのだろうが、テンションに合わせて思った通りに体が動く感覚がある。
と、思考しながら走り抜ける自分の耳に、何処かで聞いた声が届いてきた。
「クソだから、連中はむしろやって来てるんだよな嬢ちゃん!!」
「そうそう! 戦闘では自分がやられて嫌なことをするのが基本よ、アージェの所のお嬢ちゃん!」
「誰かと思えば昨日のお客さんじゃないっすか! 盛大に酔いつぶれてたっすけど大丈夫っすか!?」
駆けつけてくれた傭兵団の中に、昨日アージェの酒場で給仕中に知り合ったお客の姿を見つける。最後に見たときは青い顔してギラファに外まで運ばれていた筈だが、見た所二日酔いなどは無い様だ。
「いやいやいや、俺たち十人と飲み比べ勝ち抜き戦で十連勝したくせに、何事も無かったかの様にピンピンしてた嬢ちゃんに言われたくねぇよ! 人間かお前!?」
おっとサラリと罵倒された気がするんすけど、まあ確かに自分は彼等の十倍以上の酒を消費していた訳で、
「いやー、今まで生きて来て酔いつぶれたって経験無いんすよねー」
あーいや、こっちの世界に来る直前に酔いつぶれたっすか、500缶一本で酔いつぶれるとは相当調子悪かったんすかねあんとき。
と、そんなことより今は死霊の相手に専念専念。人が増えた事で同士討ちの恐れが出て来たので先程の様に走り回ることはしない、顔見知りの二人と小隊を組んで行動中だ。
「そこ!!」
上空を走る騎兵に符を投げつけ、それを回避しようと動いたところへエルフの女性が光り輝く矢を放つ。
「ところでさっきから気になってたんだけど、貴女がポコジャカ投げてる符、使い捨ての術式符としては滅茶苦茶高いやつなんだけど!?」
「え? そうなんすか? アージェさんから数百枚単位で渡されたっすけど!?」
思わず叫ぶように放った言葉に対し、彼等は何処か諦めにも似た納得の表情を浮かべ、
「あーー、店主なら作れても不思議じゃないかー……」
「あの人に出来ない事をさがす方が難しい物ねぇ……本当、なんであんな所に引き籠ってるのかしら」
そんなことを言われても自分に分かる訳がない訳で、なにより今はそれよりも、
「そんなことより死霊が増えてるっすよー! ちょっとばら撒くから下がってくださいっす!!」
隊列が厚みを増してきた個所に、纏めて符を投げつけて連鎖させる。
どうもこの符、1枚1枚投げつけるよりも、符の間隔を開けて纏めて当てた方が相乗効果で攻撃範囲が5割増しくらいになるようだ。
「……今の一投だけで、非戦闘時の私の日給位が消し飛んだわね……」
横からちょっと気になる内容が聞こえた気もするが、自分の金ではないので気にしない事とする。
「よし! このまま押し込んで戦線を広げる、結界から軍勢を遠ざけろ!」
そう兵士が叫んだ瞬間の事だった。
私たちのすぐ近く、距離にして十メートルも離れていない場所へ、けたたましい轟音と共に、特大の雷が落ちて来た。
視界を覆う閃光が消えさった時、そこに出現していたのは……
『―――――――』
白銀の鎧を身に纏い、右腕だけを露出させ、体から青白い光を放つ筋骨隆々の男の姿だった
「あれは……」
そう呟いた時、明らかに、その男の視線が此方を向いた。
刹那、気が付いた時には、目の前に男が立っていた。
「え……?」
竜の加護で加圧された思考でなお捉えられないほどの速さ、その事に呆気にとられる自分の眼前で、男が剝き出しの右腕を振りかぶる。
「――――!!!!」
二人が咄嗟に此方へ駆け出す動きが見えるが、どう考えても間に合わない。
『――――!!』
音が消える。
加護の加圧に加えて、極限の緊張による集中状態、それだけしてようやく捉えられるほどの速さで、その拳が振り下ろされる。
けれど、目は閉じない。眼前に迫るその脅威を、真正面から見つめ返す。
なぜか? そんなことは決まり切っている。
……必ず守ってくれる、そう信じてるっすから。
直後、砲弾の様な勢いを持った拳がぶつかり、激音が鳴り響いた。
けれどそれは、男の拳が自分を砕く音ではなく、
「――まったく、私を信じてくれるのは有難いが、もう少し安全に行動してくれないかね、蜜希」
そこにあったのは、大剣を交差させて拳を防いだギラファさんの背中。
「えへへ、ありがとうございます、ギラファさん!」
きっと満面の笑みを浮かべているであろう自分の言葉に、彼は軽く肩をすくめるように吐息を一つ。
「やれやれ……まあいい、さがっていたまえ、派手に行くぞ!!」
そう、ギラファさんが約束を破ることは無い。
まだあって間もないけれど、これだけは、心の底から、分かっているのだから。
だから、自分は彼を信じて前に出られる。
もっと、先へ、見たことないものを、見るために。
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