オンライン小説と従来の小説の違いについて -「『こぼれた花びら』 ~創作について~」より抜粋
花和郁
オンライン小説と従来の小説の違いについて
インターネットの発達と共に、小説投稿サイトが増えてきました。
数多くの作品を無料で読むことができ、人気のものは出版されることもあります。
これらはオンライン小説と呼ばれますが、従来の小説とはずいぶん異なるものだと感じます。
小説であることは間違いないものの、書かれる目的も、書かれ方も、発表のされ方や読まれ方も異なり、別物に近いです。
その違いを述べてみようと思います。
オンライン小説は、ほぼ毎日、または週に一回から数回、決まった時間にサイトに投稿されることが多いようです。
一回の投稿は数分で読める程度の長さです。
字数にすると三千字ほどで、実際に多数の読者が好むのはそれくらいの分量のものだと言われています。
更新
結果、内容が薄い回が多かったり、全体を通して読むと起承転結といった構成感が弱かったりします。
このため、オンライン小説を価値が低いとか、小説らしくないと批判する声もあるようです。
それはある面では正しい一方、非難するのは的外れでもあると思います。
オンライン小説は従来の小説と根本的に発想が違うからです。
オンライン小説にとって大切なことは、他にもたくさんの作品がある投稿サイトの中で、また広大なインターネットの世界で、読者を集め、つなぎとめることです。
従来の小説の読者は小説好きの人が多く、本屋に足を運んで手に取ってくれますが、ネット上の読者は飽きるとすぐに他の作品やサイトに去ってしまいます。
見付けてもらい、目を通してもらうこと自体がまず難しいのです。
手軽に楽しめることを求める読者が大多数を占める投稿サイトの中で、目立ち、興味を引き付け続けなくてはならないのです。
ですから、オンライン小説の作者たちは、続きを次々に公開して読者を呼び寄せます。
毎日新しい投稿分があるか確認して目を通すのを習慣にしてもらおうとするのです。
内容やストーリーも、刺激の強いものや多くの人が興味を持つもの、びっくりする展開が選ばれる傾向にあります。
興味を引き付け続けることが一番大切で、深みとか、構成の見事さとか、謎解きの面白さといったことよりも、手軽にすぐ読み終えられて、時間をつぶせて、くすりとでき、なおかつ続きが気になればよいのです。
こういうものが他にインターネット上にありませんか。
そうです。動画投稿サイトの動画です。
ああいうものも、一つ一つの質や完成度を上げるより、視聴者が離れぬように、多少質が低くてもどんどん新しい動画を投稿して関心を引き付け続けようとします。
短時間でさっと見られる方が好まれ、他のことをしながら流しておいても理解できる程度のものが多いようです。
内容を深く重くすると見てもらえないのだと思います。
こうした特徴を持つ投稿サイトの動画と対極にあるのが映画やテレビのドラマです。
これらは多額の予算と長い時間をかけて制作され、俳優や脚本家や作曲家その他さまざまなプロフェッショナルが関わります。
映画館に足を運んでお金を払って観るものなのですから、それなりの内容の濃さと映像作品としての質と完成度を要求されます。
一方、投稿サイトの動画に質の高さを求める人はあまり多くないでしょう。
無料ですし、投稿する人たちの多くはアマチュアであり、映画学校などに通って専門的な勉強をしていません。
観る方もそうした技術や内容の深みを始めから期待していないのです。
小説投稿サイトで公開される作品についても同じことが言えます。
作者が専門的な知識や技術のない
これに対して、従来の小説は基本的にはプロによって書かれ、編集者の目で
当然、求められる水準も高くなります。
この結果、投稿サイトの小説は、従来の小説とは様々な違いが生まれました。
まず、読者を集めつなぎとめるために、興味を引くタイトルを工夫し、冒頭に衝撃的な事件を置き、続きが気になるようにします。
キャラクター造形が非常に大切で、彼等を好きになってもらい、追いかけてくれるようにします。
呼び込んだ読者を離さないためには読みやすさやとっつきやすさが重要で、一回を短くしてちょっとした空き時間に読めるようにし、文章を分かりやすく平明で口語に近いものにします。
気軽にさっと楽しんでもらうことがねらいですので、重いテーマやじっくり腰を据えて読むような題材は避け、明るく楽しくすっきりする内容が選ばれます。
従来の書き下ろし型の小説は、一冊読み終えた時点で満足してもらうことを目指すため、クライマックスは終わりの方に置かれます。
でないと、「始めの方は面白かったけれどそのあとはいまいちだった」という感想になってしまいます。
一方オンライン小説は、新しい回をどんどん投稿し、とにかく毎度その回を楽しんでもらうことを優先します。
本一冊分を十二万字として、一回三千字なら四十日、推理の証拠となる事実や証言を読者が覚えていることは期待できず、伏線のような効果が表れるのに時間がかかる技法は好まれません。
こうした特徴から、オンライン小説は短編をつなげていく形式と相性がよいです。
その代表が学園物やラブコメです。
新学年開始・定期試験・夏休み・体育祭・文化祭・クリスマス・バレンタインデーといった季節の行事の時に主人公たちがどんなことをしたかを
また、旅をしながら、訪れた町で様々な体験をして人に出会い別れていくものも向いています。
単発のエピソードが並ぶだけになりやすいですが、上手な作者はその中にも少しずつ人間関係の変化や登場人物たちの成長を入れて物語の大きな流れを作っています。
人気が出たら新たなエピソードを追加してどんどん長くすることができるのも、短編連作の利点です。
逆に、オンライン小説に向いていないジャンルは、奇抜なトリックの必要な本格ミステリーや、世界や設定を細部まで創り上げる
こういったものは、素人がうまく書くのは難しいですし、集中して真剣に読むことや多くのことを記憶すること、頭を使うことを求められるので、オンライン小説の読者には重すぎ、投稿してもあまり読まれないようです。
このような事情から、一冊の本として出版されることを前提にした従来の小説と同じ面白さをオンライン小説に求めるのは無理があります。
読者の層や期待している面白さが異なるのです。
内容や構成が大きく違うのですから、書き方も異なります。
書き手に求められる能力も同じはずはありません。
テーマを深く堀り下げる思考力や、伏線などを効果的に使う構成力、奇抜なトリックなどを生み出す発想力は、あまり重要ではありません。
その時点の流行や想定する読者層の
以前は、小説とは小説を好きな人が書くものでした。
大好きな物語やあこがれる作者のような作品を自分も書いてみたい、いろいろ読んでいるうちに自分も書きたくなった、そういう動機が多かったと思います。
傑作を書くことができて、多くの人が読んでくれて世の中に受け入れられたら、その結果としてお金や名声を得られ、小説家を名乗れるだろうという感覚でした。
文学や名作と呼ばれる小説をたくさん読んできた本好きの人には、時代や国境を越えて愛されるすぐれた作品と、そういうものを書ける作者を尊敬する気持ちがあります。
しかし、オンライン小説の作者の一部は、小説家の肩書や金銭を得たいから、受ける小説、お金になる作品を書きたい、という発想に見えます。
その作者にしか書けないものやオリジナリティーへのこだわりよりも反応のよさを優先し、受けることが確実な題材やストーリーやキャラクターがあればまねすることをためらいません。
お笑い芸人は古典落語のような名作と呼ばれていつまでも演じ続けられる傑作コントを作ることを目指していないでしょう。
今目の前にいる観客を笑わせたい、見にきてくれる人をもっと増やしたいと思っているのです。
そのためにコントを考え、受けなければあっさりと捨てて別なものを作ります。
一つのネタに
オンライン小説の作者にはこれと似た感覚の人が増えてきていると感じます。
作品やキャラクターに愛着はあるでしょうが、演じたショーに客が集まらなければ、見切りを付けて次のショーを始めるのです。
逆に人気が出たら、エピソードを追加して
短編連作の場合、主人公がどうなったら終わるという大きな目標が設定されていないことも珍しくなく、
小説を愛する人たちからすると、書いた小説を売りたいのではなく、売るための商品を書いていて、お金や名声が手に入るなら方法は小説でなくてもよいと思っているのではないかと言いたくなるかも知れません。
とはいえ、小説をそういう手段としてきた人は過去にもたくさんいたのです。
お笑い芸人が売れたいと望むのが悪いことではないように、彼等ものし上がりたいだけです。
どんな理由で書かれた作品であっても、多くの人に価値を認められれば名作や古典として読み継がれていきます。
オンライン小説は、インターネットが発達したからこそ生まれた新しい形態の小説です。
作品を公開する場所や出版の方法も多様化しているのです。
物語を楽しむ手段は小説だけではありません。
しかし、漫画は単行本一冊の分量を描くのに半年はかかりますし、アニメーションは原作のある一クール十二話を作るのに一年かかります。
実写の動画によるドラマもありますが、きちんとした物語にしようとすればそれなりの手間とお金がかかるでしょう。
この点、小説は漫画数冊分の内容を一ヶ月前後で執筆でき、頻繁に新たなエピソードの投稿が可能です。
特別な機材や道具は不要で一人での作業であり、ほとんどお金がかかりません。
この強みがありますので、多数の動画や漫画が無料で
映画やテレビドラマが作り続けられるように、従来のような小説もなくならないでしょう。
ずっしりと心に残る深いテーマの作品を、じっくりと腰を据えて書き上げて完成度の高さや芸術性を追求することにも価値はあります。
小説家を目指す人は、自分はどのようなものを生み出し世に問うていくのか、創作にどのような姿勢で向き合うのかを、より自覚して覚悟を決めることが必要な時代になったのだろうと思います。
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