第7話 黒点と光線

BDD 二●一三年六月三日(月)

 黒点と光線


 フランス革命。明治維新。日露戦争。ロシア革命。世界大恐慌。二・二六事件。キング牧師暗殺。イラン革命。バブル崩壊。

 世界史の年表に載っている、誰でも知っているこれらに、共通するものとは何だろうか?

 それはこれらの歴史的事件が、十一年周期の太陽黒点極大期たいようこくてんきょくだいきに起きているという事実である。

 ぼくたち人間は、自ら計画し、金と時間をかけて準備を整え、さもなければ偶発的ぐうはつてきにこれらが起きていると考えがちだが、トンデモない思い上がりである。

 ぼくたちは完全に太陽にコントロールされている。

 ぼくたちは太陽に命じられるままに銃を構えたり、白日の下で札束が急に紙屑かみくずに見えたりしているだけなのだ。


 西暦二●一三年────太陽は大きく乱れていた。


 国立天文台の発表によれば、太陽の北半球と南半球で黒点周期にずれが生じているという。

 北の黒点は極小へ向かいつつあるのに、南では極大が続いているというまさに異常事態。

 これは何を意味するのだろうか? 

 ある学者は地球が寒冷期に向かう前兆だと警告する。


 ぼくは赤神晴海あかがみはるみくせのせいだと思う。

 彼女はトレーシングペーパーに写した太陽の下のほうばかりに点を打つのである。

 * * *

 英語の時間────。

 五島澄恵ごとうすみえは二Cが苦手だった。

 いや、二Cが好きな教師なんているわけがない。

 この曼荼羅まんだら魔方陣まほうじんのような机の配置は何なのだろう。

 担任の川田が休職して二カ月たつが、副担の矢野が繰り上がるでもなく、受け持ちがいないままクラスが宙に浮いていた。

 何か尋常ならざる邪悪な力が生徒たちに取りついている、という話もまんざら嘘ではない気がする。

 特に、ほら、あの、教室の真ん中にデンと座っていつも頬杖をついている黒痣くろあざの少女のあたりには何やら黒い煙のような邪気が漂っていないか。

「先生」

「えっ」

「もう読み終わりましたけど」土山三千代つちやまみちよが剣のある声で言った。

「あ、はい。そうね、じゃあ、次のパラグラフを沖村君……」

 ノックの音がした。

 ドアが開いて、教室へ二人の人間が入ってきた。

「二年C組のみなさん、こんにちは」先頭の前髪が薄い中年男性が言った。

「わたくしは、国際レイライン協会日本支部の佐々木徳治郎ささきとくじろうと申します」

 もう一名は白人男性だった。

「あ、あの、授業中なんですけど……」

 佐々木徳治郎は五島教諭に慇懃いんぎんに一礼すると、続けた。

「こちらの方は、スコットランドの本部から参られた、名誉総裁めいよそうさいのマクスウェルきょうです。

 マクスウェル卿は、みなさんはまだ中学二年生で習っていないかもしれませんが、電磁方程式で有名なあのジェームズ・クラーク・マクスウェルの遠縁にあたり、レイライン研究の世界的な権威であります。

 また、日本の文化にも大変関心をお持ちで、学術誌『ハイパーネイチャー』に発表された論文で、我が国のわらべ歌「通りゃんせ」の中の〝天神様の細道〟が、熱力学第二法則のパラドックスである〝マクスウェルの悪魔〟と同じものであることを発見、証明されました。ご興味がある方は、わたくしが翻訳した論文のコピーがございますので後ほどお申し出ください。

 それでは、国際レイライン協会マクスウェル名誉総裁より、みなさんにご挨拶がございますのでお聞きください」

 佐々木徳治郎に替わって、背が高くツイードのジャケットに身を包んだヒゲの立派な英国紳士が教壇に上がった。

「ミナサーン。アイム・アーサー・ゲイブリエル・マクスウェル。ドーゾーヨロシーク」

「あの、あなたたちはいったい……」五島教諭がこめかみをぴくぴくさせながら言った。「いきなり入ってきて、何なんですか? 校長の許可は取ったんですか?」

 マクスウェル卿は大変な剣幕の英語教師とは対照的に、ゆっくりとした動作でジャケットの内から懐中時計を取り出した。よく見るとそれはストップウォッチだった。五島教諭の目の前に差し出してカチッと鳴らした。

「ルック」

「あっ」五島教諭がストップウォッチをにらんだままおとなしくなった。体の動きが止まり、まばたき以外しなくなった。

「えー、マクスウェル卿はヒプノシス、つまり催眠術の達人でもあります」佐々木が生徒たちに説明する。

 マクスウェル卿は黒板に下手くそな日本地図を描き始めた。「Japan」と書いていなければ「Dog」と間違えられても文句は言えないお粗末な地図に「Kashima」「Emperor」「Fujiyama」「Ise」と順に点が打たれていった。

 どうやら特別授業が始まってしまったようだ。

 マクスウェル卿は、すべての点と点を結んで日本列島に巨大なスラッシュを入れると、高らかに告げた。

「ジシーズ・ザ・レイライン・オブ・ジャパン」

「これが、日本のレイラインです」佐々木が訳した。

 もちろん、それくらいの英語は誰にでもわかった。

 問題はその「レイライン」が何なのか、なのだが。


 以下は、クラス委員沖村肇おきむらはじめの英語ノートからの抜粋である。

「……鹿島神宮かしまじんぐう→皇居→富士山→伊勢神宮いせじんぐう

 夏至げしの日の出の方角=冬至とうじの日の日没の方角

 パワースポットが一直線上に並んでいる

 レイライン 世界中に存在

 イギリス ストーンヘンジのラインが有名

 富士山 世界最大の天然ピラミッド

 縄文人 レイラインで光通信

 光のパルスで脳内イメージを送信

 人々が同じイメージを共有

 平和を祈願……」


 国際レイライン協会は、古代人がレイラインを使って意識統一を図っていた事実を突き止めた。

 この細長い日本列島でも北と南、西と東、遠方に離れて暮らす人と人とが年に二回、夏至と冬至の日に心に同じイメージを抱くことにより、争いのない世界を実現していたというのだ。

 マクスウェル卿は鹿島神宮と皇居の間にもう一つ点を打ち、「2C」と記した。

 何とレイラインは、この教室を通過していたのだ。


「このクラスの中に、レイラインを止めている人がいます」

「そのために今、わたくしの故国は欧州危機に見舞われ、中東では大規模な民衆の反乱が起きています」

「かつて、日本の女神アマテラスがレイラインを止めて、世界中に大地震、大洪水、旱魃かんばつ飢饉ききん、戦乱をもたらしました」

 マクスウェル卿はクラスを眺め回し、当然のように教室の中心の席に目を止めた。

「あなたが、二Cのアマテラスですね?」

 赤神晴海が頬杖を外した。

 黒い痣が露わになった。

「オゥ・サンスポット太陽黒点・マーク!」マクスウェル卿が叫んだ。

「その痣は、彼女が強力なシャーマン呪術師であるしるしですね」佐々木が解説する。「おそらく天照大神あまてらすおおみかみ卑弥呼ひみこと同じ日本古来の太陽黒点呪術の使い手なのでしょう」

「ワッ・イズ・ユア・ホープ?」マクスウェル卿の青い目が光った。

「あなたの望みは……」「別に」佐々木の訳をさえぎって赤神晴海が答えた。

「強いて言うなら、今のこの状態が、わたしの望み、かしらね」晴海は悠然ゆうぜん微笑ほほえんで見せた。

 マクスウェル卿に佐々木が耳打ちしている。

プレジャー愉悦……」と小声が漏れた。

「どうやら説得は無理のようですね」佐々木がマクスウェル卿の意向を伝えた。

「いいでしょう。わたくしたち国際レイライン協会は、あなたと闘います」


 カチッと音がした。

 五島教諭は体が急に緩んで、よろめいた。

 終了のチャイムが鳴った。

「起立」

「礼」

「着席」

 生徒たちは何事もなかったように昼休みに入っていった。

「あれ? あの外国人は?」

 関東甲信越かんとうこうしんえつが梅雨入りする前日のことだった。

(つづく)

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