暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー

沼崎ヌマヲ

第1話 加賀見台中事件

 加賀見台中かがみだいちゅう事件────。


 それを知ったのは、加賀見台中学に入学して半年くらいたったころだった。

 ぼくは担任の北畠きたばたけ先生に頼まれて、2階の物品庫まで荷物を運ぶ作業をしていた。

 入学してから2階へ上がるのは初めてだった。

 2階には2年生の教室がある。

 ビニールひもとかガムテとかマジックが詰め込まれたダンボールを抱えて、廊下を歩いていたとき、教室の並びがおかしいことに気づいた。


【2-A】

【2-B】ときて、次の教室が、

【2-C】のはずなのに、

 なぜか一つ飛んで、

【2-C】

【2-D】となっていたのだ。


 2-Bの隣の教室には、扉に黒い模造紙みたいな紙が貼られ、中が見えなくなっている。


 変だなと思い、作業終了の報告をしたあと、北畠先生に聞いてみた。

「ああ、あの教室。配管に亀裂きれつが入ってしまって、ちょっと危ないのよ」

 元の2-Cの教室は、北畠先生が加賀見台中に赴任した5年前にはもうカギがかけられていた。天井裏を走っている何かの管が故障しているらしい。

 ちょうど生徒数が減って1学年4クラス体制に変わったこともあり、2年生は一番端っこのE組を閉鎖するかわりに、C組を閉鎖したのだ。

 区の予算の関係もあり、配管の修理代がもったいないので、一教室飛ばすことになったようだ。

 それに、隣の中学が生徒数激減のため、加賀見台中と合併がっぺいするかも、という話もある。

 合併が正式に決まったら、大規模な修繕しゅうぜん工事があるので、そのタイミングであの教室も直す予定だという。

「あれ、西堀にしぼりさん、何かがっかりしてない?」先生が、ぼくの顔をのぞき込んだ

 ぼくが、ちょっとつまらなく思ったのが、顔に出てしまったようだ。

「あの教室が事故物件とか、学校七不思議とか、そういうの期待してた?」

 図星だった。ぼくはそういう話に目がないのだ。

「残念だったね。そんな都市伝説とかオカルトみたいなことは、この学校にはないから」先生は笑いながら言った。


 クラスに戻ってからも、ぼくは2年の閉鎖された教室のことを考えていた。

 北畠先生は何もないと言っていたが、何も知らないだけではないだろうか。

 明るくて生徒たちから好かれ、父兄からの評判もいい先生だが、ちょっと抜けたところがある。「天然」というやつだ。

 先生がこの中学へ赴任したときには、すでにあの教室は閉鎖中だった。

 たぶん先生は教室の中を見ていない。

 やはり、あの教室には何か秘密があるのでは……。


 考え始めるときりがなかった。

 何でも物事を裏から読みたがるのは、ぼくの悪いクセだ。

 誰かがうまいことを言っていた。

 都市伝説系とか、陰謀論者というのは、

「火のないところに幻の煙を見てしまう人」だというのだ。

 ぼくも、世間ではそういう種類の人間に分類されてしまうのだろう。

 

 でも、都市伝説や陰謀が実は本当だったら、どうする?

 

 誰がこの世の真実を明らかにするのだ。

 誰が闇の勢力の陰謀を打ち破るのだ。

 誰が地球を世界を救うのだ……。


 ぼくは中学1年にして、ちょっと早めの中二病だった。

 世界には興味があるが、他人には興味がない。

 クラスで孤立していても、異常なほど平気だった。

 多少、サイコパスの気も、あるのかもしれない。

 

 ぼくがノートに落書きしながら、ぶつぶつつぶやいていると、

「何だ、これ? なに書いてんだ?」

 見上げると、タカハシだった。小型のデジカメを構えて、ぼくの落書きを写そうとしていた。

「おい、勝手に写すなよ」

 うちの中学はスマホの持ち込みはOKだが、校内での使用は禁止。カメラで撮影なんかしてバレたら校内放送で反省文を朗読させられる。

 でも、タカハシは写真部の部員で、新聞部にも出入りしている関係で、自由にカメラを持ち歩き、写し放題だった。

 クラスでぼくに話しかけてくるのは、このタカハシくらいだった。

 話をするからといって、別に友達というほどでもなかった。

 タカハシは面白そうなことには何でも首を突っ込んでくるたちなので、ただぼくにも突っ込んできただけなのだ。

 知的レベルはそれなりに高そうなので、会話で不自由を感じないのは幸いだった。

「しかし、へたなイラストだな」タカハシがシャッターを切りながら言った。「これは、何だ? 学校の中か。どこかの教室? 廊下のパースが狂ってるぞ」

「いいんだよ、適当に描いただけだから。それより、知ってるか? すごいことに気づいてしまった」

「そうか、やっと気づいてくれたか。おれの美的センスに」

 タカハシはカメラをノートの落書きに近づけ、またシャッターを切った。

「2年の教室だけど、B組とC組の間が、一部屋、空いてる」

「元の2-Cのことか」

「知ってたのか」

「開かずの教室だろう。何だ、今ごろ気づいたのか」

 ぼくは、がっくりとした。

 ぼくは自分が興味あることにしか興味がないたちなので、みんなが普通に知っていることは案外知らなかったりする。

「加賀見台中事件の現場だからな」

 タカハシがぼくにカメラを向けた。

「だから、もう撮るなって!」

 ぼくはレンズの前に手を伸ばして、さえぎった。

 北畠先生に部活以外ではカメラをいじるなと言われていて、没収されたこともあるのに、ちっともこりないやつだ。


 いや、その前に、おまえ、今なんて言った?

 

 だって⁉


「新聞部の先輩から聞いたよ。ずっと前に、あそこで、立てこもり事件みたいなの、あったらしいよ」

 瞬間、ぼくの背中が、ぞわっとした。


 あったのだ。

 事件が。

 あの元2-Cだった教室で。


 タカハシが聞いた先輩の話によると、事件が起きたのは10年くらい前のことだという。

 外国語指導のアメリカ人の助手に反抗した生徒たちが、2-Cに立てこもって授業ボイコットみたいな騒ぎがあったという。

「何かそのアメリカ人が、変な実験的な授業をするとかで、2-Cの生徒が団結してやめさせようとしたんだとさ」

「実験的な授業って?」

「演劇みたいなやつ。ロールプレイング、つうのか。生徒に役を振って、くさい芝居させて、その立場になって社会問題について考えてみましょう、みたいな意識高い系の授業」

「立てこもって、結局どうなったんだ?」

「それが、すぐ終わったらしい。教師たちに説得されて解散したとか」

「アメリカ人はどうした? 実験的な授業はやめたのか?」

「さあ。そこまでは聞いてない」

「じゃあ、あの教室は何で閉鎖されたままなんだ? 配管が壊れているって聞いたけど」

「知らねえよ。みんなで大暴れしてぶっ壊しでもしたんじゃねえの」

 * * *

 タカハシの話を聞いて、納得できた部分と、新たに疑問を感じた部分と、両方あった。

 生徒がちょっと立てこもったぐらいで、修理できないほど教室が壊れてしまうものだろうか。

 それが原因で10年間も教室を閉鎖するものだろうか。

 

 元2-Cの扉に張られていた黒い模造紙。

 あれは、何だ?

 1年E組の教室も生徒数減少のために閉鎖されているが、窓には何も貼られていない。

 あの黒い模造紙は、ガラス越しに教室の中を見せないために、わざわざ貼ってあるんじゃないのか。

 

 中学生になってから、勉強にも部活にもまったく興味がもてなかった。

 このまま何も変わらない日々がつづくだけじゃないか、と思っていた。

 

 だが、そうじゃなかったようだ。

 このとき、ぼくは自分がやるべき使命を見つけたような気がしていた。

(つづく)

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