Re:Beat-たとえ世界が終わっても、君とともに動悸する恋

Kyu

プロローグ

死から始まる物語

 そのニュースはテレビや雑誌で連日、報道され、巷では大きな話題となった。


 二◯二一年、三月二◯日の金曜日。

 横断歩道脇に突っ込んだトラックの衝突から名も知らぬ子供を、ある少年が助けたというものだ。多くの報道番組が彼の勇敢な行動を讃え、様々な情報媒体でその事実は拡散された。

 時期を同じくして、事故現場には沢山の献花もあったという。


 ただそれも、いっときのこと。

 大手事務所の某芸人の不倫騒動。紅白の出演者にネット歌手であるDOAが決まったという報道。その他様々な事件によって彼の勇敢な行動すらも、人々の脳からは次第に薄れていった。


 あれから、十年。

 今ではもはや、このことを覚えてる人は、私以外にいるのかすら怪しい。

 それでも、私の胸からこの事件のことが消えることはない。

 私にとって彼の存在はそう確信できるほどに大きなものであった。


 ヨハン・クレーの展覧会。

 ハイビジョンの液晶テレビに流れたそのニュースに耳を傾けて、私は思春期の叶わぬ恋をする少女さながらに物思いに耽っていた。

 あまりの集中に鳥の囀り、道路を滑走する車の駆動音、付けっ放しのテレビの報道さえ、耳に届かないほどに。

 私も、もう今年で三十を迎えるというのに、実に恥ずかしい話だ。


 花曇りの空。薄紅の花びらが窓越しにひらひらと散り、その一片を追いかけると近くにあった置き時計に辿り着いた。ふと見遣ると、時計の針が12の文字を回ろうとしていることに気づく。まずい、このままだと遅刻だ。


 私はテーブルにポツンと置かれたコーヒーを飲み干し、早足で家を後にする。

 やっぱり、今朝はちょっとだけ懐かしさで満たされていた。

 きっと今日が彼の命日だからだ。


 それは、十年前の今日のこと、

 ある一人の少年が見知らぬ子供を助けるために車道へ飛び出し、

 子供の命と引き換えに事故で命を落とした。


 私と君の物語はそこから始まる。


   ꕤ


 崩れゆく世界の終わりに、俺はたった一度の恋をした。

 待ち受ける未来の始めに、私は君とたった一度の約束を交わした。


 これから語られるのは、二人だけの世界で起こった四十九日間にも渡る、

 死から始まる物語だ。

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