逆巻く怒涛 12/突入(2)
アルカナ・シャドウズとの交戦直前。
柳田と一緒に暗闇の中に押し込まれて、攻撃のタイミングを五十鈴は待っていた。
これから初めて真剣を人へ向ける。
しかし、意外と落ち着いている自分に多少の驚きがあった。
(……これも物心つく前からの鍛錬のおかげ…… かしら)
五十鈴たちの目の前、時間に関しては数秒。山崎は絶妙な魔法のコントロールで多くの土壁を立ち上げていった。
感心しているのも束の間、地上から50センチほど隆起した土壁に載せられると柳田と共に土壁が持ち上がる。
2メートル程の高さで止まり、自分達の周囲を薄い土壁が天井まで伸ばされ、完全に土壁の中に収まった。
外側から見ると中が空洞だとは思えない。
「……ちょっと、そんなにくっ付かないでください」
「うるせ〜よ。こっちだって小娘に近寄りたいわけじゃねーんだよ。 ……お前、意外と度胸あるな」
「そんな事はありません」
「いーや、この状況で軽口叩けるなんざ肝が据わってる証拠だ」
真っ暗闇の中、柳田が笑った様に感じ、五十鈴も思わず頬を緩ませる。
「よし、空気穴と…… ここから下を見る穴を開けて…… よし」
ガリガリとナイフで土壁に穴を開けて柳田が五十鈴へ命令する。
「ここから先は決して声を出すな、飛び出すタイミングは俺に続けばいい。足下に敵が来たら縦列に4人並ぶだろうから、お前は一番後方のやつを叩け。俺は前方の3人を撃破する。分かったか?」
「はい」
「……無理するな、とは言えないが手に負えないと感じたら、すぐに後方の仲間の所まで逃げろ」
「はい」
「それと―― おっと来たぜ。腹括れよ」
暗闇の中でこくりと頷くと、扉が微かに開く音が聞こえた。
一気に滲みよる殺気がゾクりと背筋を走る。
「…………っ⁈」
密閉された空間は熱気がこもり、先ほどまでの余裕は消え失せ、額から顎先へかけて汗が滴り落ちる。
五十鈴は極度の緊張に襲われ、爆発するほど激しく鼓動する心臓の音が外に聞こえないか不安になっていた。
(あれ、私、どうして……)
明確に自分達へ向けられた殺気を感じ取り小刻みに震える体。
まるで首元に鋭い刃が突き立てられたかの如く冷たい殺意が体を走る。
初めて経験する実践、それも相手は疑いようも無い強者。彼らが撒き散らす
心臓が限界を越えるほどの鼓動、息遣いが荒くなる。
恐怖で押し潰されそうになり、喉の奥から声が出そうに――
その時、五十鈴は自分の肩に置かれた柳田の手を感じる。
男性と比べ薄い彼女の肩にぐっと食い込む様な力。かなり強い力で掴まれているが不思議と痛さは感じない。それどころか、温かく安心感を与えてくれた。
五十鈴は柳田の想いを感じ、自分を今一度落ち着かせる為、ゆっくりと静かに空気を吸い込む。
そして音もなく息を吐き出しながら丹田に力を込めると震えが止まった。
(ふぅ〜〜〜〜〜〜〜、よし……)
覚悟が決まった。あとは目の前の敵を打ち倒すだけである。
寸刻を待たずに足元へ気配を感じた。
息を止め、その時を静かに待つ。
そして、それは何の前触れもなく始まった。
柳田が壁を突き破り、勢いよく落下するのに遅れぬよう五十鈴も体ごと壁を破って狙いを定める。
刹那の抜刀。
入り口に近い一番後ろの兵士へ目掛けて大上段からの一撃を放った。
金属がぶつかる甲高い音と衝撃が五十鈴の耳と手に広がる。
入ったと思った五十鈴だったが、敵は小銃を頭上に掲げ刃を受け止めた。
しかし、五十鈴はすぐさま刀を切り返し、小銃を持つ手に狙いを定めて最小限の動きで刃を振るう。
「クァ⁈」
相手の左手をかすめ小銃を弾き飛ばすと、流水の如く流れる動きで切っ先を戻す。
正眼に構える五十鈴に対して、敵兵は残った腕でコンバットナイフを構えると魔法の詠唱を始める。
「光を纏いし――」
「遅い‼︎」
五十鈴は一瞬沈み込むと、神速の速さで間合いを詰める。
「【流星一閃】‼︎」
十条流剣術【流星一閃】、高速で敵に突進し、駆け抜け様に横薙ぎで敵を斬る剣技。
近接戦闘において銃や魔法より早く敵を屠る。
煌めく剣先は、敵兵の右脇から胸を防弾チョッキごと切り裂いた。
その剣技の見事な速さに、斬られた本人は何が起こったのか理解できないうちに片膝をつく。
「グァッ⁈」
五十鈴の剣技により傷を負った同僚を目にしたエヴリンには少なからず動揺が走った。
そんな敵の隙を見過ごす柳田ではない。
この気を逃さず瞬時に動く。
「風よ、羽の様に軽く、疾風の如く我を運べ。【疾風迅雷】」
しかし、柳田の魔法に遅れることなくエヴリンも魔法を発動する。
「時の砂を束ね、刹那を我が物とせん。【タイム・コンプレッション】!」
両者とも系統は違うが同じ加速魔法を唱えると、暴風さながらに吹き荒れる風が石飛礫を舞い上がらせ、五十鈴達の体へ打ち付ける。
「きゃっ⁈」
「十条、この場から離脱! 後方へ退避しろ!」
「でも…… まだ完全に倒せては――」
「お前はよくやった、後は任せろ」
後退の命令に一度は異を唱えたが、柳田とエヴリンの速さに自分では追いつけないと痛感する。
ここに居る事が味方の足手まといになると。
「はい……」
渋々頷くとすぐに踵を返し、五十鈴はカタリーナたちの元へ駆け出した。
彼女が離れていく気配を背中で感じ、柳田はニヤリと笑顔をエヴリンへ向けた。
「へっ! どちらが早いか試そうぜ!」
「…………」
暗闇の中、凄まじいスピードのぶつかり合いが展開され、周囲の土壁は次々に崩れ落ちていった。
◇
息をひそめ、敵が射撃場に侵入するのを山崎さんと共に待ち構えている。
俺の胸の鼓動は高まり、体が血が熱く熱く
興奮なのか緊張なのか、手は小刻みに震えているが不思議と恐怖の感情は少ない。
暗闇の中、眼前の僅かに浮かび上がる山崎さんの背中が大きく見える。
動じない彼の様子が安心感をもたらせてくれるのか。
はたまたカオスナイトメアとの一戦で、恐怖に対するネジが飛んでいってしまったのかは分からない。
軽く、しかしゆっくり慎重に息を吐くと山崎さんの厳しくも優しげな視線が飛んできた。
「神室、とにかく落ち着いて動け。俺が攻撃を仕掛け一気に方を付ける。お前は俺の援護、後ろにいるだけでいい」
「はい」
「しかし、相手も相当な手練れだ。もしもの時は全力で後方へ退避しろ」
「……はい」
「よし。 ……そういえばお前はA級の妖魔、カオスナイトメアへも立ち向かったのだったな」
「あっ、はい。でもあの時は……」
「あんな化け物を相手にしたんだ。それに、一度でも死線を乗り越えた経験は貴重だ。自信を持て」
山崎さんの言葉に思わず左目に手を当てる。
手のひらに熱は感じない。
あの時に感じた万能感も微塵もない。
そんな俺に何かを感じたのか、山崎さんが顔を近づける。
「どうした? 何かあるのか?」
「以前は…… いや、あの時だけ俺の左目の色が変化した…… らしいんです」
「……どういう事だ?」
「実は……」
俺はカオスナイトメア戦で起こった全てを山崎さんへ語った。
A級の化け物であるカオスナイトメアと相対し絶体絶命の状況になったこと。
自分でも知らないうちに左目が金色に輝き、同時に湧き出る魔力が増大したこと。
そして、信じられないほどの戦闘力の向上、魔法の威力が増大したことを。
しかし、俺の話を黙って聞いてくれている山崎さんに、やはり白金色に輝く少女の存在は言い出せなかった。
「なるほど…… その時のお前は一種の覚醒状態にあったのだな。 ……まだ聞きたい話はあるが、後にしよう」
山崎さんは鋭く双眸を向けると、一転して口の端を持ち上げた。
「よし、その事を今は考える時間がない。たまたま出た力に頼る事なく、普段の訓練通りにやればいい。集中しろ」
「はい!」
「では魔法を展開して――」
人差し指で自分の口を塞ぐ山崎さんの行動に敵が侵入してきた気配を教えられる。
ドクンと一際大きな脈動が体を揺さぶり、全身にかけて泡の様に鳥肌が立つ。
俺は誰にも聞こえない小声で「黒姫」を呼んだ。
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