その2
「冷たい缶ビール、ジュースにおつまみはいかがですか」
単内販売の娘の声に、真一は閉じていた眼を開けた。前方から、三段棚のワゴン車を二人の娘が動かして来ていた。 一人の娘はふくよかな顔立ちで頬が赤かった。オカッパ髪にしていた。もう一人は痩せぎすで、色が白く、光る眼をしていた。これはポニーテールだった。真一は飲み物でも買おうかと思ったが、ポケットの硬貨を探り出すのが億劫になってやめた。真一の席の並びにさしかかった娘達を、通路の反対側の男が呼び止めた。娘達の応対はテキパキしていた。一人が呼びとめると、周囲の二、三人からも声がかかった。客達と勝気に応対する娘達を眺めなから、真一は光子の事を思った。働く娘か、と真一は思った。オカッパの娘は足に包帯をしていた。
――さてどうするか、映画館の前で真一は思った。このまま別れたくはなかった。
「どこかでお茶でも飲もうか」
光子は「そうね」と言った。真一は空腹である自分に気がついた。
「お腹空いてない? 」
二人は昼食を抜いていた。
「どこか食事もできる所に行こうか」
そう言ってすぐ真一は「今日いつまでいい? 」と光子に尋ねた。有給休暇を取って来たと言う事は聞いていた。が、光子は働いている娘だった。それは親の仕送りで暮らしている真一には重要なことだった。光子の仕事に支障があってはならなかった。光子は時計を覗くと「七時半位までなら」と言った。「別にいつまでも」という答えをどこかで期待していた真一はふと淋しい思いをした。
「サークルの会議があるの、発表会の打合せでぬけられないの」
光子は弁解する様にそう言った。職場の歌声サークルに光子は入っていた。
七時半までには一時間半ほど時間があった。二人は通りへ歩き出した。人通りの多い狭い道だった。道の両側に停めてある車や自転車が一層道を狭くしていた。二人は走ってくる車に気を配りながら歩いた。横に並ぶ事もできなかったので、二人はそれぞれ黙って歩いた。光子に気を取られ勝ちな真一は、やってくる車に当ってしまいそうな自分を感じた。やがて商店街から少し離れたゆとりのある道に出た。二人は並んだ。光子と並ぶと真一は言葉が素直に出てこなかった。
「ここら辺りは昔の私の繩張りなの」
光子は周囲を眺めながら面白そうにそう言った。
「縄張り? 」
その言葉遣いに真一は微笑した。
「看護学絞の時、寮が近くにあって、ここら辺をよく動き回ってた」
光子は懷しそうだった。真一は周囲を見回した。田が広がり、アパートや工場などまとまった大きな建物か目につく郊外だった。それを二人二人は話を始めた。二人の話は途切れ勝ちだった。真一は自分の心の強張りがもどかしかった。もっと思っている事をポンポンと話せたら、と思った。真一の話はあちこちに飛んでいた。
二、三軒の店をやり過ごした後で、二人は少し疲れて軽食契茶に人った。
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