第15話 討伐見学

 百毒舌鳥シュドクライク対策の魔法具を作り終えた私たちはいよいよ奴らの縄張りへと向かうことになった。


「先ほどの液体を浸した縄を、衛兵の一人に巻きつけてくれる?彼の動きを意図的に百毒舌鳥シュドクライクが避けるなら、畑の害獣避けに使える可能性が高いわ。」

「わかりました。毒性がないことは先ほど確認済みです。土小竜ミニマモールに試しても効果はありませんでしたから。」


土小竜ミニマモールがこの付近にいるの!?…‥こほん、失礼したわ。続けてちょうだい。」


 上擦った声で食いつきそうになるのを、自制心と咳払いで誤魔化す。

 だって土小竜ミニマモールがいれば天栗鼠マーモットで作る魔道具の素体の、大半の代わりになるのだもの。

 今回の件が終わったらしっかりと確認をしましょう。心に決めて話に戻る。


「え、ええ。液体の方は毒性の危険なし、剣の方は試していませんが、今回の交戦で明らかになるでしょう。結果はお知らせしますから、若奥さまは後ろの方で待機していてください。」

「……仕方ないわね。」


 直接この目で効果を確かめたい思いはあるけれど、素体になっていない生きた魔獣と戦ったことなど当然ない。

 ここは戦いのプロにお任せすることとしましょう。

 途中で兵たちと別れて、マルゥやワイマンさんと共に縄張りから少し離れた丘へと向かう。



「はい、カナンさま。こちら遠見のレンズになります。これがあれば旦那さまの勇姿もしっかり見れますね!」

「そうね。サウズブラック領の衛兵はレベルが高いと聞くし、実際に討伐の場面を見れる機会なんてそうそうないもの。」


 納得しきりに頷けば、言い出した身にも関わらずマルゥの笑みが強張った。


「?何もおかしなことは言ってないでしょう?」

「そうですけれど。……カナンさまは辺境伯夫人なのですから、旦那さまであられるオスカーさまの御姿を何よりも目に焼き付ける機会です。」

「ええ、そうですね。夫婦としてお二人が今後もあられるのでしたら今回は旦那様のことを理解される絶好の機会かと。」

「はぁ……」


 どことなく、圧のようなものを、感じるが……。とはいえ二人の忠実な使用人の言葉だ。疑う余地はない。

 主軸はもちろん百毒舌鳥シュドクライクの武器や縄に対する反応だけれど、私の旦那さまの活躍も拝見するとしよう。



 ◆ ◇ ◆



「行くぞ!!」

「「「おぅっ!!!!!」」」


 ときの声、戦士たちの咆哮と呼ぶにふさわしい声が遠く離れている私たちの腹の底すら揺らすように響かせる。

 あんな大声を出したら百毒舌鳥シュドクライクは逃げ出すんじゃないかしら。その懸念とは相反するように、群をなしている彼らは『キシャァ!!』と負けず劣らずのけたたましい鳴き声をあげて応戦する。


「……あんな凶暴な鳥が畑を荒らすと思うとゾッとするわね。」

「その通りです。実際に追い払おうとしても並の女子供では怪我をさせられるか、下手したら毒で後遺症を追う羽目になります。」


 だが、一騎当千の衛兵たちは彼らの対処も慣れているのだろう。槍、あるいは剣を巧みに捌いて順番に倒していく。

 夫であるオスカーは指揮官として彼らのやや後方で指示を飛ばしながらも、群から外れて果敢にもオスカー自身を狙う百毒舌鳥シュドクライクを一撃で薙ぎ払っていた。馬車の上で見せた時のように。


「…………凄いわね。指示と闘い双方を熟してる。動きが身体に叩き込まれているのかしら。」

「ええ。旦那様は十年以上こうして前線で武器を振るっておられます。故の熟練の妙と言うべきでしょうか。」


 そして指示を受ける衛兵たちの動きも熟達している。

 先ほど私が付与エンチャントをした毒の剣は中でも一層の効果を上げているようで、まだ年若い兵が斬りつけた一羽がそのまま地へと落ちてぴくぴくと震えた。


 また別の、例の液体に浸した縄を巻き付けている兵は側から見ても分かるほどに百毒舌鳥シュドクライクに避けられている。

 他の兵は一人あたり二、三羽。多い人は八羽近くに集られているのにその兵が突進すると慌てたように皆散り散りになるのだ。

 これは畑に置いておけば百毒舌鳥シュドクライク避けとしてうまく機能してくれそうだ。……ひたすら避けられている兵のどこか切ない顔はそっと見て見ぬふりをした。


「順調ね。……この討伐は巣を駆除するまで行われるの?」

「いえ。魔獣とはいえど全滅をさせてしまえば生態バランスは崩れます。この縄張りは特に百毒舌鳥シュドクライクが繁殖しすぎた場所になるので、半数ほど駆除ができれば満点。今の状態ですでに及第点となります。」

「そうなのね?」


 実際多くの鳥たちを倒しているように見えるが、こうして全体像を見ると百毒舌鳥シュドクライクの数はまだ多い。


「はい。一番大事なのは人への警戒を植え付けること。これで数ヶ月の間は余程飢えでもしない限りは人のいる地に不用意に足を踏み入れることはなくなるでしょう。」

「仮に踏み入れても畑はあの薬で対処できるでしょうけれど……でも、領民が怪我をさせられる可能性が減るのは良いことね」


 その通りですと言うようにワイマンの瞳が細められた。


「ですのでもう少しすれば撤退の合図が出るでしょう。奥様もそろそろ合流地点へお戻りを、」

「ッ!カナンさま!危ない!!」

「え……、っ!?」


 マルゥの悲鳴に振り返れば、目の前に鋭い鉤爪が迫る。

 息を呑み、反射的に背中を丸めて目を瞑る。


 ……。

 …………。

 ………………?


 来るかと思った痛みや衝撃は訪れない。

 恐々と目を開けてみれば、目の前にあった鉤爪は血に伏して、その本体には鋭い銀の煌めきが突き刺さっていた。



 落ちていたのは緑鷲グルーイーグル

 百毒舌鳥シュドクライクの血の匂いに誘われてやってきたのだろう。

 腰が抜けてしゃがみ込めば、刺さっていた刃に刻まれている狼の家紋が目に入る。

 サウズブラック家を示すその短刀の持ち主は。


「カナン!!!」


 草を踏み締めて駆け寄る足音と、獰猛な、焦りすら感じる声が聞こえてくるのをどこか遠くに感じながら、その意識がすとんと闇へ落ちた。

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