第5話 特製品の威力
準備ができたという言葉に、浴室内へと足を踏み入れる。広々とした浴室は、大の大人が五人前後入ったところでなおあまりある広さだ。
中央にいるオスカーさまはあらかじめお願いしておいた通りしっかりと体と毛をお湯で濡らしてくれていたらしい。悪臭こそ変わらないが、先ほど膨らみきっていた毛が水で縮んだ分、圧は弱くなっていた。
「よろしいですか?オスカーさま。今のあなたの身を脅かす臭いのその大半が、皮脂汚れです!」
「「皮脂汚れ」」
入って真っ先に宣言したのと全く同じことを
「ええ、皮脂汚れです。汚れや香りというのはいくつか種類があり、それぞれに合った洗浄の方法が必要となってきますわ。」
ボトルの蓋を取り傾ければ、透明ながらも粘性のある液体が手のひらに出てくる。
そのまま何度か手のひらを握って開き、同じように繰り返し動かせば液体はすぐに泡立ってきた。
「カナン。なんだ、それは?」
警戒するような、訝しむような視線。
王都では発売当時に話題になったのだけれど、知られていないのは少しだけ悔しい。唇を尖らせつつ答えた。
「頭をはじめとして、毛の部分を洗うための洗浄剤です。」
「洗浄剤?固形のものならそこにもあるが……」
ええ、確かにありますとも。
固形というには幾分かやわらかく、けれどもそれなりに鼻につく臭いをしている石鹸が。
「木の灰に油を混ぜて作ったものでしょう?あれも悪くはありませんが、今のオスカーさまについた汚れや臭いを落とすことに特化していません。」
「ならば、それなら汚れを落とせると?」
「ええ。私が作ったこれはサボニカルの樹液に
サボニカルの樹液は非常に泡立ちやすく、通常の灰汁よりも洗浄力が高い。
十分に泡立て終わったところで水で濡らした彼の頭に揉みこむようにガシガシ、ゴシゴシと洗っていく。
面白いようにどんどんと泡が増えていき、私が木箱に乗らないと届かない頭の上は、あっという間に泡だらけになってしまった。
「な、なんと……旦那様の石鹸を丸一個使ってもぐずぐずになってちっとも汚れが落ちない剛毛が……。」
感嘆の声がワイマンさんからこぼれる。
当然だ、何せこれは
角を粉状にして練り合わせるだけの既製品ではなく、穢れを落とすという概念を魔力として抽出したものだ。
学院時代に悪友と開発した技術を惜しみなく生かした一品に、落とせない汚れがあるはずがない。
太い剛毛を泡が通るたびに、毛に絡みついていた汚れが落ちていくのを感じる。
「洗う時に今後気を付けていただきたいのですけれど、毛だけではなく頭皮もしっかり洗ってくださいね。特に耳の裏は汗腺がある場所ですから、そこをしっかり洗うかどうかでも香りが変わってきます」
「……。」
「よろしいですね?オスカーさま。」
「……分かった。」
まさか一度洗えば今後は洗わないでよいと思ったのかしら。帰ってきた沈黙に圧をかけて、改めて言質を取る。
口にした通り耳の裏までキレイに洗い──多くの魔獣たちのように頭の上に耳があるわけでもなく、ちゃんと横の辺りにあったことに内心こっそり安堵はしました。
お湯で泡を流していくところで、排水溝へと山のように流されていくフケにはこっそり身震い。こんな状態で放っていたなんて、一体何をしているのやら!!
「お身体の方はこのシャンプーではなくて石鹸をお使いください。こちらも私が配合したものになります」
婚姻したとはいえ、さすがに今日会ったばかりの殿方の体まで洗うような真似は出来ません。こちらも白地に、キャップが青のボトルを手渡して一度浴室を後にする。
戻ってきた私にマルゥが厚手のタオルを差し出してきた。
「おかえりなさいませ、カナンさま。うふふ、随分と楽しそうな顔をされていらっしゃいますね」
「ただいま。楽しいだなんてそんな。まさか到着早々に旦那さまの頭を洗うようなことになるなんて思わなかったわ。」
「いいえ、このマルゥにはお見通しです。……カナンさま、学院を卒業されてからはずっと研究もその成果のお披露目も出来ずにふてくされていたじゃないですか。」
「……。……まぁ、それはそうかもしれないけど。」
実際こうして自分の手で魔道具を作り上げることも、それを人に使ってもらうことも久しぶりのことだ。
どうしたって、学院にいたころのことを思い出して楽しくなるのは否めない。
「あがったぞ、カナン。……次はどうすればいい。」
不満げな、ともすればため息交じりではあるようだが、こちらの意見を聞き入れてくれるのなら構うものか。
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