第2話 回想 子爵家にて

 さて。私がここに至るまでの経緯を簡単に説明するならば数日前の私と父とのやりとりを話す必要がある。


「カナン。先方からはこの縁談を辞退させてくれと連絡が来た。これで48回目の連絡だな。」

「あら、あと2回お断りが来たらちょうど50回になりますわね。」

「はっはっは。……いや、笑い話ではないのだが!?」


 乾いた笑い声が食堂に響いたあと、向かいに座っていたお父さまが頭を抱える。

 ……悪いとは思っているのですよ、多少は。ですが仕方がないではありませんか。


「ですが、私としては趣味の研究さえ許してくだされば、他は幾らでも尽くしますとお伝えしたまでなのですが……。」


 そう。本当に私が望むこととしてはそれだけだ。

 家事をしろと言われても馬車馬のように働けと言われても、誠実に妻としてあるべき姿でいろと言われても構わない。

 これでも顔は悪くないはずだし、学院時代の伝手もありそれなりに顔もきくのだ。


「その研究がな……。聞くに、学院時代は魔道具学の奇人と名を馳せていたらしいが?高位貴族の方々はお前の名前を聞くだけで微妙な顔をしていたぞ?」

「あら、どうしてでしょうね?ただ在学中に研究に夢中になっていただけですのに。」

「だからだと思うが!?」


 お父さまがテーブルを音を立てて叩く。威嚇のようで印象が良くないし、案の定女中長に叱られている。


 だがそれでもなお勢いが止まらなかったようで、咳払いをしてお叱りを黙殺してから吶々と語りはじめた。


 貴族の中でも高位の者しか通うことが許されない、ルーンティナ国有数の魔法学院。

 魔法の専門教育を担うその場所は、私の家のような子爵の出身が通うとなると高位貴族の従者として入ることしか許されない。


 この学院に入学するものの目的は大きく分けて二つだ。


 一つ、学院にいる精霊に選ばれること。

 精霊に選ばれて契約をすることで強い魔法の力を得ることができる。国を担う精霊に選ばれることで特権階級としての道も開かれるのだ。高位の貴族ほどこの精霊に選ばれることを望んでいる。


 もう一つ、高位貴族の方々と縁を繋ぐこと。

 私のような下流貴族の目的はこちらだ。ソルディアに選ばれるか否かで運命が変わる高位貴族の人々は、学院に入るまで婚約をすることは少ない。在学中に彼らにアプローチをすれば、玉の輿の運命だって望めるのだ。


「だというのにお前と来たら在学中も毎日毎日研究ばかり……!」

「学生の本分として相応しい在り方でしょう?」


 にこりと殊更意識して微笑みを浮かべれば、否定もできなくなったお父さまが悔しそうな顔をする。


「まあいいさ……。何はともあれ、ここまで縁談を断られるということは社交界でもカナン、お前の流布は響き渡っているのだろう。こうなればお前の嫁ぎ先はもう一つしかない。……ノーズブラック領の怪物伯だ。」

「ノーズブラック領の怪物伯……、」

「えぇっ……!それって例のとんでもない噂が山ほどある方ですかぁ!?」


 これまで静寂を保ち背後に控えていたマルゥが堪えきれずに割って入った。

 とは言え幼い頃から家に仕えている彼女の言葉。父は気を悪くした様子もなく鷹揚に頷いて言葉を続ける。


「そうだ。噂はあれこれと昇っているが一領主として、我がヘイスティア家以上に婚姻相手が必要となる方。我らからしても格上に当たる方が、国が間に入ってくださったのもあって、寛大にもお前を妻に迎え入れようと言ってくださっているのだ!」

「国…………?」



 思わず閉口する。

 家の事情に国が間に入るなどと聞いたことがない。それも子爵の家の娘の婚姻関係で?

 或いは、そこまで訳ありなのだろうか。怪物伯の噂は元学友の面々からも聞き及んでいたけれど。


「…‥無論。私としては先ほど申した通り、趣味の研究さえ続けさせていただければ否やは申しませんが」


 それにしても不穏だ。

 私の内心を悟ったのだろう。片眉を下げた父が首を横に振る。


「なに。ただ危険だけをお前に押し付けようというつもりは私たちにもない。……この要請を受けてくれるのならば、相応のメリットを与えようと王家からは既に許諾を受けている。」

「メリット?」


 怪物伯と呼ばれるような方のところに嫁ぐに足る条件とはどのような……?別のメリットを与えるほどの婚姻など、さらに不穏さが増すだけですが。


 首をかしげる私に、けれども父は私が首を縦に振ると信じて疑わないようです。

 赤ら顔をますます赤くさせて、胸を張って宣言しました。


「国からの言質はすでに得ている!カナン、お前が怪物伯の元に嫁ぐのならば嫁ぎ先に相応の研究設備を使えるように国が金銭面で支援くださるということだ!」

「このお話、喜んでお受けさせていただきますわ!!!」


 傍らに控えていたマルゥが「入れ食いの魚……」と呟いた。こら、聞こえていますわよ。


 仕方がないでしょう。

 何せ学院を卒業してここ数年、家でも研究は続けていましたが学生時代のようにはいかないのです。


 何せ設備が整わない!

 学院の豊富な設備と、家で自分が使える範囲のお金での設備では雲泥の差。


 その支援を国がしてくれるなんて。そうと決まれば受けない道理はありません。

 このカナン、魔道具研究のためなら何にだって魂を売りましょう!!

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