第20話 デート(3)

「まあ、そんなことがあったの?」 

 マダムが驚いて桃色の口紅を塗った口に手を当てる。大きな目に小さな怒りが灯る。

 グリフィン卿が帰ってすぐにマダムが黒い犬を連れて大きく右腕を振って華麗に現れた。

 ミントグリーンのワンピースに袖を通し、ぴんっと背筋の張った立ち振る舞い、太陽のように輝く笑顔はまさに貴婦人の名に相応しい。

 マダムの姿を見つけると4人組はすぐに「聞いてマダム!」と呼びかける。

 マダムは、怪訝な顔をして近寄ってくる。

「エガオちゃんが虐められたの!」

 マダムの白と金の混じった髪が怒髪天をついたのは言うまでもない。

「私がいないところでそんなことをするなんて・・」

 4人から話しを聞いたマダムは怒り心頭しながら注文したダージリンティーを右手で飲み、左手を優しく優しく動かす。

「あの・・・マダム?」

 私は、マダムに呼びかけるが怒りが耳を塞いでるのか反応してくれない。

 4人組もマダムがご馳走してくれたショコラクッキーを頬張りながら怒る。

「ひどいと思わない!まるでエガオちゃんがここにいちゃいけないみたいに言うのよ!」

 サヤは、怒りを砕くようにバリバリクッキー食べる。

「居場所がどこか?ここに決まってるじゃないかにゃ!」

 チャコは、ヤケ酒するようにメロンソーダを啜る。

「あのみんな・・・」

 私は、みんなに呼びかける。

 しかし、みんな怒っていて気がついてくれない。

 声が小さいのかな?

「弱いのは自分らのせいだろうが!エガオちゃんのせいにするな!」

 イリーナは、頬を大きく膨らます。中に入ってるのは空気だけではない。

「私が言うのも何だが17歳の小娘に頼らなきゃいけないような組織に未来はないな」

 ディナは、冷静に呟きコーラを飲む。

 そういう風に言う時に飲むのって紅茶かコーヒーではないかな?

「あの・・・マダム・・みんな・・・」

 私は、勇気を振り絞って声を上げる。

 私は、大きく声を上げるとようやく気がついてくれて私のことを見下ろす。

「あらっエガオちゃんどうしたの?」

 マダムは、真上から優しく微笑んで私の髪を撫でる。

「寝ちゃってもよかったのに」

「いえ、仕事中なんで・・・そろそろ起きてもいいですか?」

 私は、恥ずかしくなって頬が熱くなるのを感じた。

 マダムの注文を届けた私は、そのままマダムの隣に座らされるとゴロンと横にさせられた。そしてマダムの膝枕の上で子どものように髪の毛を優しく撫でられていたのだ。

「いや、寝てていいのよ。嫌なこと言われて傷ついたんでしょ?」

 マダムは、そう言って眉を顰める。

「そうそう」

「そう言う時は甘えちゃっていいんだから」

 イリーナもサヤもマダムに同意し、他の2人もうんうんっ頷く。

「いや、そんな小さな子どもじゃないんですから・・」

 私は、唇を尖らせて起きようとする、と。

「あら、やっぱカゲロウ君の手じゃなきゃダメ?」

 ぼんっ。

 私の頭が小さく爆発し、頬がお湯を沸かせるくらいに熱くなる。

 私は、両手で顔を覆う。

「いつも撫でられて気持ちよさそうにしてるもんね」

 そう言ってマダムは朗らかに笑いながら私の髪を撫でる。

 気持ち良さそうって犬じゃないんだから・・・。

 私は、恥ずかしさのあまり身体を起こすことも忘れてしまう。

「ねえ、エガオちゃん・・・」

 マダムが優しく声で話してくる。

「はいっ・・・」

 私は、恥ずかしさのあまり両手で隠したまま小さな声で返事する。

「貴方・・・メドレーに戻りたい?」

 私は、息を飲む。

 マダムは、優しく頭を撫でる。

「メドレーに戻って昔の仲間と一緒に戦いたい?英雄に戻りたい?」

「私は・・・英雄なんかじゃ・・・」

 私は、王国騎士団の補填として組織された寄せ集めメドレーの1人。入れば役立つけどいなければいないでいい存在。

 でも・・・もし・・・。

 私は、言葉を紡ぐことが出来なかった。

 指の隙間からマダムが寂しそうに眉を顰めるのが見えた。

「おーい、エガオ!」

 カゲロウの声に私は反射的に身体を起こす。

「ひゃいっ!」

 寝ぼけたような声が私の口から出てまた恥ずかしくなる。

 マダムと4人組がくすりっと笑う。

「お仕事中にごめんさない」

 私は、しゅんっと肩を縮めて頭を下げる。

 また、やってしまった・・・。

 しかし、カゲロウは、怒った様子もなく無精髭の生えた顎を摩る。

「いや、別にそれはいい。時間的に今日は客はもう来なそうだし・・・」

 カゲロウに言われて私は空を見上げる。

 気が付かなかったが日が大分西の方に落ちかけていてもうすぐ夕方になろうとしている。キッチン馬車という手前上、屋外での営業となるため、当然、夜は暗いから客は少ないか全くいなくなる。

 それでもいつもは日が落ちるまでは営業しているのに・・・。

「今日は早めに店仕舞いして街に行こうかと思ってな」

「そうですか・・・」

 それじゃあ今日の仕事は終わりだ。

 片付けしてもまだ夕暮れ前。

 アパートに帰って何しようかな?

 とりあえずお風呂にでも・・。

 そこまで考えてから私はカゲロウの様子がおかしいことに気づいた。

 いつも明朗快諾なカゲロウが何か言いづらそうに顎に皺を寄せている。

「どうしたんですか?」

 私が訊くとカゲロウは鳥の巣のような頭を掻く。

 何か・・照れくさそうに。

「お前・・暇か?」

「はいっまあ特にやることもないので」

 私がそう答えるとカゲロウはさらに頭を掻く。

「良かったら一緒に行かねえか?」

「街に?」

 私は、首を横に傾げる。

「ああっちょっとデートしようぜ」

 デート?

 デートって・・・なに?

 私が頭に疑問を抱いてるのをよそに女性陣の目が猟奇的に輝いていた。

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