第17話 感謝とお礼(7)

 あの男は、やはり騎士崩れであったらしく捕まえにきた警察達が「また騎士崩れの犯行か・・」と頭を痛めて男を連行していった。私の蹴りを喰らって顔が潰れた男は声にならない恨むごとのようなものを呟きながら手錠を嵌められて連れて行かれた。

 マダムは、私に散々「女の子とは!」についての小言を言い続け、四人組は「私達もあんな下着買おうか?」となどと言いながら帰っていった。

 そしてカゲロウは、キッチン馬車で忙しく手を動かし、甘く香ばしい香りが公園を包んだ。


 マナの前に白い厚紙で作られた箱が置かれる。

 その中に入っているものを見てマナは大きな目を輝かせた。

 その中に入っていたのは一つ一つ丁寧に透明な袋に梱包されたお菓子の詰め合わせだった。

 チョコの粒の入ったクッキー、砂糖をまぶしたラスク、小さなマドレーヌ、そして白とピンクの水玉の紙に包まれ、おさげのように左右を縛った丸いものが何個も入っている。

「その飴玉はサービスだ。新鮮な蜂蜜が大量に手に入ったからな」

 そう言ってカゲロウは、口元を釣り上がる。

「アレルギーのある子には上げないでな」

 そう言ってガラスの器に入った濃厚な金色の丸い飴玉を円卓に置く。

 マナは、じっと飴玉の入ったガラスの器を見て、そしてカゲロウを見上げる。

「味見してみ」

 カゲロウが言うとマナは嬉しそうに微笑んで飴玉を口に入れ、そして幸福に顔を緩ませる。

「食べるか?ちゃんと調理してるからもうベタつかないぞ」

 カゲロウは、悪戯っぽく笑う。

 私は、あの時のことを思う出しむすっと唇を結ぶも甘い香りの誘惑に勝てず飴玉をひとつ取り、口に運ぶ。

 上品で柔らかな甘さが舌に転がり、花のような香りが鼻腔に抜ける。

 私は、甘さに蕩けそうになりながら一つの疑問が浮かぶ。

「あのカゲロウ」

 私は、マナに聞こえないよう小声でカゲロウに声を掛ける。

「これって本当に予算内なんですか?」

 確か赤目蜂の蜂蜜は高級品のはずだし、袋詰めされたお菓子も多い。金勘定の出来ない私でもあの額では足りないくらいは分かる。

 カゲロウは、無精髭の生えた口元を綻ばせる。

「俺からの感謝と礼だよ。愛想のないスタッフの面倒をずっと見てくれてたんだからな。」

 私は、目を大きく見開く。

 胸がきゅっと絞まるのを感じた。

 この人は・・・本当に・・・。

 カゲロウは、お菓子の入った紙の箱を丁寧に梱包し、紙袋に入れてマナに渡す。

「また来てくれよ。君が来たらエガオがとても喜ぶから」

 カゲロウがそう言うとマナは、頬をほんのりと赤らめ、嬉しそうに「はいっ」と答えた。

 そして私は約束通りマナにチョコレートのケーキと紅茶をプレゼントし、少しだけ雑談をした。

 マナは、とても嬉しそうに話し、名残惜しそうに家路に着いた。


 最後の客が帰ってから私たちは店仕舞いを始める。色とりどりの傘を円卓から抜いて畳み、円卓と椅子を綺麗に拭き、食べ溢れた石畳を綺麗に掃除する。メドレー時代は掃除はそれこそマナがやってくれていたのでやる方が分からず戸惑ったが、今では綺麗ななっていくのを見るのがとても楽しくなっている。

 カゲロウもキッチン馬車の中を綺麗に掃除し、スーちゃんに遅いご飯とお水を上げる。そしてキッチン馬車の裏手に回って鍵を回す。

 キッチン馬車は、ゆっくりと鋏が物を切るように左右から寄り添って閉じていく。それを見る度に今日1日のカーテンが閉じていくような感慨が訪れる。

「今日もご苦労さん」

 カゲロウは、唇の端を吊り上げて言うと、大きな紙袋を私に渡してくる。

 中身は今日の余った食材で作った賄いご飯。しかも夕食と朝食分だ。夕食だけでも主食と副食で器2つあるのに朝食も同じだけの量があり、しかもおかずの種類も全く違う。

 しかも美味しい。

 本当に余った材料で作っているのかと疑わしく思うが料理の出来ない私は有り難く受け取ってしまう。

「いつもありがとうございます」

 私は、紙袋を抱えて頭を下げる。

「あの子にあげた飴も入ってるから口寂しい時に舐めな」

 そう言ってまだご飯を食べてるスーちゃんを優しく撫でる。

 スーちゃんも撫でられて気持ち良いのか食べながら目を細める。

「それじゃあまた明日な」

「はいっ」

 また明日・・。いつもはそう言って彼に背中を見せて家路に着く。

 しかし、今日は違った。

 私は、彼の方を向いたまま。

 どうしても聞きたいことがあったから。

 彼は、怪訝な表情を浮かべる。

「どうした?」

「あの・・・」

 私は、口を開いてからどう話したら良いか悩む。下手に言うと怒られる気がしたから。

 しかし、彼の訝しげに顎に皺を寄せるのを見ると話さない訳には行かない。

「あの・・・赤目蜂へのお礼ってどうすればいいですか?」

 案の定、目こそ見えないが彼はキョトンっとした顔をする。

「蜂蜜をもらう時、彼らに言ったんです。私の出来ることでお礼しますって。でも、何をしたらいいか分からなくて・・」

 私は、紙袋を持つ両手の指をモジモジと動かす。

 彼は、ぷっと小さく吹き出す。

「ふふふっはははっ」

 彼は、堰を切ったように笑い出す。

 私は、何で笑われてるか分からず、むすっとする。

「お前は純粋だな」

 彼は、優しく口元に笑みを作り、私の頭の上に手を置く。

 ほんのりと温かい。

 私は、頬が熱くなるのを感じる。

 何で彼に頭を触られるだけでこんなにも気持ちが揺らぎ、安らぐのだろう?

「今度、行った時に川の周りに花の種を蒔いてやるといい。それが彼らにとって最大の感謝とお礼だ」

「お花・・・」

 何の花が好みなのかな?

「今度一緒に見にいくか?」

 私の心を読んだように彼は言う。

「お願いします・・・あと・・」

「・・・まだ何かあるのか?」

 カゲロウは、苦笑いをしながら私の頭を撫でる。

 私は、恥ずかしくなって目を反らす。

「マダムにも感謝とお礼がしたいです・・」

「おおっなるほ・・・」

「貴方にも」

 私が消え入りそうな声で呟く。

 頭を撫でる彼の手が止まる。

「俺に?」

 私は、か小さく頷く。

「私を救ってくれたのは・・・貴方ですから」

 あの時、メドレーを除隊クビになり、何をしたらいいのか分からず、自分の存在意義すら見失って失望の中にいた私を救ってくれたのは間違いなく貴方なのだから。

 彼は、そっと私の頭から手を下ろす。

 それだけで私の中に小さな喪失感が生まれる。

「マダムには・・・お前が手作りでスコーンかクッキーでも作ってやれば喜ぶよ」

 手作り・・私は不安に頬を引き攣る。

「今度一緒に作ってやるよ」

 私は、ほっと胸を撫で下ろす。

「貴方には・・・」

「俺には・・・」

 彼は、無精髭の生えた顎を摩り、にっと笑う。

「お前が考えてくれ。お前が一生懸命考えてくれたものならそれが最高の感謝とお礼だ」

 そう言って彼はもう一度私の頭を撫でた。

 温かい。

 目が潤み、頬と口元が緩んでいく。

「はいっ」

 私は、心弾ませて頷く。

 彼は、照れ臭そうに笑う。

「いい・・・笑顔だ」

 私の顔には微かに笑顔が浮かんでいた。

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