第10話 旅立ち
テントも購入し、旅の準備も終わりと行きたいところだったが、奴隷を買ったことにより、他にも必要な買い物が増えてしまった。
奴隷の犬獣人は、まともな服を着ておらず、靴も履いていなかったのだ。
セインが村を出た時よりもみすぼらしい恰好だった。
「服と靴を買わないと。
あと下着の替えも」
だが、その前に水浴びだろう。
奴隷の犬獣人は、洗われてなかったのか、ちょっと臭かった。
このままでは古着屋の露天で試着も出来ないだろう。
そして、奴隷の犬獣人に声をかけようとして、名前を知らないことにセインは気付いた。
いつまでも奴隷の犬獣人よばわりでは面倒だとセインは思った。
「そういや、名前は?」
「ない」
奴隷の犬獣人は名前が無いという。
奴隷の犬獣人の外観は、茶色いボサボサの髪に丸っこい犬耳が出ていて、貫頭衣の尻からフサフサの尻尾が出ている感じだった。
見た目のイメージはポメラニアンだろうか?
「じゃあ、僕が勝手につけるからな」
名付けは奴隷を買った主人の仕事だった。
「うーん、ポメで良いか?」
セインはボキャブラリィが乏しかった。
だが、その名前は前世の記憶によるものなので、珍しい名前ではあった。
「今日からおまえはポメな」
ポメが嫌そうな顔をしたがセインは気にしないことにした。
「ポメ、ちょっと湖で水浴びするぞ」
「嫌!」
セインがそこらで水浴びさせようとしたところ、ポメに拒否されてしまった。
さすがに人目があるところは嫌なのだろう。
そうセインは思った。
「わかったよ。
あっちならば良いか?」
人目につかない岩陰、セインはそこを指さして言った。
「嫌っ!!」
先程よりも強い拒絶があった。
このままではセインが奴隷を虐待しているようだ。
「こっちに来いよ!」
セインは、人目が恥ずかしかったこともあって、強引にポメを引っ張って岩陰に連れ込んだ。
そして、人目が無いことを確認すると、ポメの貫頭衣に手をかけた。
「洗わないと服が買えないじゃない……か」
セインが言葉に詰まる。
貫頭衣を脱がされたポメが女の子だったからだ。
思わずポメの全裸に見とれてしまうセイン。
そういや、年齢も知らなかったと思い出す。
しかし、そのポメの身体の特徴は、どう見てもこの世界の成人年齢(15歳)に達しているようだった。
身長が低いので男の子供と思っていたセインは混乱するのだった。
「女の子? え? 成人?」
「そう!」
いろいろダメなご主人様だった。
セインは石鹸とタオルをポメに渡すと、岩の向こうに退避した。
「ポメという名前は、女の子にはまずいかな?」
そう思いながら。
◇◇◇◇◆
古着屋の露天に寄り、ポメの服と下着、そして靴を買った。
露天に一通り揃っていて助かった。
まさかポメが女の子とは思っていなかったため、いろいろと買うことになった。
「水着、いるよね?」
セインはポメに湖で狩った鳥や魚を泳いで取って来る任務をさせるつもりだった。
そのために奴隷を買ったと言っても過言ではなかった。
男の子ならば、パンツ一丁で泳がせても問題ないが、女の子ならば別だった。
セインは、なぜかこの世界に存在するビキニをポメに買い与えた。
「名前もポメじゃない方が良いよね?」
「ポメでいい」
どうやらポメはその名前が気に入っているわけではないが、容認は出来るようだ。
そこにはこの世界での侮辱的なニュアンスは含まれていないし、響きも珍しかったたえめ、呼び間違えられることもなかったからだった。
◇◇◇◆◇
旅の準備も整い、セイン一行は出発することになった。
セインはトレントの騎士の胸部に乗り、ポメはその左腕の上に乗った。
そして、湖を右回りに迂回するように歩を進めた。
ちなみに、この世界に文字盤と針のある機械時計は無いので、時計回りという言い方は存在しない。
道なき道を進むが、トレントの騎士の歩みならば、何も問題はなかった。
暫く進むと、湖畔に開けた土地があった。
「今日はここまでにしよう」
セインはトレントの騎士を停めると、日が落ちる前の湖を観察した。
「いた」
そして、水面を泳ぐ水鳥を見つけた。
セインは、弩弓を構えると慎重に狙いを定め、引き金を引いた。
ビュン!
ボルトが勢いよく飛び出し、水鳥に当たった。
そして、次のボルトを発射するために弓の弦が勝手に引かれる。
これは弩弓となっているトレントが行っていることだった。
セインの父の能力である弩弓のトレントは、トレントを使役出来る額の模様か種がある人物の誰もが使用できるものだった。
なので譲渡が可能なのだ。
セインは次弾を撃てる状態になった弩弓にボルトを装備して直ぐに撃った。
それは水面下の魚を射抜いた。
水面下は水による光の屈折があるので、案外狙いが難しいのだが、セインは難無くそれを熟していた。
セインのボルトはトレントの枝のため、その浮力も加わって魚が浮き上がる。
そうやって魚を2匹仕留めた。
「ポメ、夕飯だ。 取って来てくれ」
「りょーかい!」
現金なもので、夕飯だと言ったことで、ポメが張り切って水鳥と魚2匹を回収しに行った。
その間にセインはテントを設置して、焚火を起こしていた。
「大きい」
ポメが水鳥と魚2匹を回収して来た。
大きかったことを喜んでいる。
泳ぎが得意というのは本当のようだ。
ポメは、柴ドリルをして水を飛ばす。
そしてセインが差し出したタオルで水気を拭きながら焚火にあたった。
それを眺めながら、セインは水鳥の血抜きをするために首に切れ目を入れて木に吊るす。
血が抜ける間に、魚の鱗を取り、内蔵を取り出して塩を振り、トレントの枝を串にして刺した。
それを焚火の外側に立てて遠赤外線で焼く。
魚が焼き上がるまでの間、次は血抜きの終わった水鳥の羽をむしる。
水鳥のお腹を割き内臓を取り出して捨てる。
湖で汲んで来た水で良く洗ってお腹に乾燥ハーブを詰めた。
皮に塩をまぶして枝を刺し、これは焚火の上に枝が横になるように渡して焼いた。
「はやく、はやく」
ポメが思わず急かすような台詞を呟く。
なぜかそれが平和すぎて、セインは心がほっこりするのだった。
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