第7話 湖
「ここでええ」
樹木医の老人とセインは街の東門へと向かう途中で別れた。
「これを持って行くが良い。
エルフへの紹介状じゃ」
別れ際に老人はセインにエルフへの紹介状をくれた。
それは老人がカシーヴァ伯爵から報酬を貰う時に書いたものだった。
セインのことを思い、用意してくれていたのだ。
「ありがとうございます」
セインは頭を下げながら老人を見送った。
老人が大通りから見えなくなるまで、その会釈は続いていた。
「そういえば、恐獣の素材代と報奨金を貰えなかったな」
カシーヴァ伯爵が険悪な雰囲気で、お金を要求するような空気では無かったとはいえ、セイン自身がそのことを忘れていたのだ。
セインはまた旅に出た時と同じ状態になっていた。
食べ物は鳥や獣を狩れば良かった。
また気ままな旅を続けるだけのことだった。
「まあ、この街の東にもエルフの森があるってことだけでも判って良かった」
エルフの森とは、特定の1カ所を指すものではない。
国のあちこちにある森にエルフが居て、エルフ独自に立ち入り制限をしている場所をエルフの森と呼ぶ。
本来、そこへの立ち入りも困るところだったのだが、樹木医の老人の紹介状があればどうにかなった。
樹木医とはエルフにも認められた職業なのだ。
セインは老人と会えただけで、ある意味、カシーヴァに来て良かったのだ。
◇◇◇◇◆
カシーヴァの東に進むと、そこには湖が広がっていた。
その対岸が目的のエルフの森だった。
湖の周囲には道が無く、ここは船で渡らなければならなかった。
「駄目だ駄目だ! そんなデカブツ載せられねぇよ」
だが、どこの渡し船でもトレントの騎士を渡すことは不可能だった。
エルフとトレントの騎士には深い繋がりがある。
トレントの苗を育て剪定し、鎧を着せ騎士として完成させているのはエルフなのだ。
それなのに何故、渡すことが出来ないのか?
「以前、カシーヴァ伯爵がエルフと揉めて、エルフの渡しが来なくなったんだよ」
セインがまともな騎士の格好だったため、親切に教えてくれる者がいた。
これはカシーヴァ伯爵が用意した衣装だったが、そのまま着て来てしまったものだ。
まあ、報奨金他を貰っていないので、それを持って来ても別に構わなかったのだが、セインは案外気にしていた。
その人の話により、カシーヴァにトレントの騎士が居なかった理由が判明した。
エルフに取引を停止されたのだ。
そして、それがトレントの騎士を載せる船が無くなった理由だった。
「カシーヴァ伯爵は老人が言うように良くない人物だったんだ……」
セインは自らの世間知らずに項垂れた。
あのまま伯爵に取り込まれていたら、どうなっていたことか。
「僕が出て行く時、報奨金を渡すことも出来たのに、何も言わずに行かせた。
それだけ伯爵はあくどかったんだな」
騎士服など貰って良かったんだとセインは思い直した。
だが、セインは途方に暮れてしまっていた。
他でもない、エルフの森まで行く手段が無かったのだ。
「とりあえず、湖を迂回して道なき道を行くしかないか。
そのためには保存食料なんかを買い溜めしないと」
旅程にどれだけ時間がかかるか判らない。
迂回中に食料不足で遭難なんてことにもなりかねない。
だが、セインには、その保存食を買う金が無かった。
「はは、カシーヴァに戻ってお金を貰おうかな」
それはセインにはあまりにも恥ずべき行為だった。
お金をもらい忘れましたなんて言えるわけがない。
いや、カシーヴァ伯爵のこと、知らぬ存ぜぬと追い返されかねない。
「どうにかして、お金を稼がないと」
まずはお金稼ぎ。
それが直近の目的となった。
◇◇◇◆◇
セインに出来るのは弩弓による狩りしかなかった。
だが、ここらは水鳥しか居ないため、船が無いと狩った鳥の回収も出来なかった。
狩猟犬に泳がせるという手もあるが、それこそ無理な話だ。
金の無いセインに船を出してくれる者などいなかったし、犬を飼って調教する時間も暇も金も無かった。
「兄ちゃん、トレントの騎士なのか?」
セインがトレントの騎士の横で項垂れていると、男が声をかけて来た。
トレントの騎士は湖畔の邪魔にならない場所に駐機してあったのだ。
そんな場所までわざわざやって来たその男は、チャラそうでいかにも怪しい雰囲気だった。
「そうですが、何か?」
声をかけられたのだからと、一応セインも返事をした。
断るにしても、無視するとそれだけで揉める可能性があったからだ。
「俺と一儲けしねーか?」
男は儲け話があるという。
それは……。
「ゴーレムの闇試合がある。
そこにトレントの騎士が出れば盛り上がるってもんだ」
怪しい、そもそもこのチャラ男は、どういった立場なのか?
「勝てば賞金が出るぜ」
だが、セインはお金が必要だった。
その言葉に思わず頷いてしまっていた。
「やります」
セインは知らなかった。
そいつが詐欺師だとは。
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