第5話 強奪

 恐獣の始末が終わり、トレントの騎士からセインが降りてきた。

その姿を見て、マッドシティの騎士は驚いた。


「ばかな! あんな小僧がトレントの騎士だと?」


 マッドシティから来た騎士は、セインを見て驚きを隠せなかった。

そして、同僚の騎士と内緒話を始める。


「いや、トレントが優秀なのだ。奴が優れているのではない!」


 彼らは、自らのプライドによりセインを認めることはなかった。

その結果、トレントが優秀なのだという結論に達した。


「バートランド、あのトレントは奴には過ぎたものだと思わんか?」


 騎士の目に欲望の光が灯る。


「ああ、そうだな。バイロン、我らが使ってこそ役立つというものだ」


 2人は、騎士にあるまじき思いを抱いていた。

そう、セインのトレントの騎士を強奪する気だったのだ。


「夜陰に紛れて行うぞ。明日は新月、そのまま走って逃げる」


「だが、我らのトレントの騎士が1つ余るぞ。置いて行くつもりか?」


「いや、この街には工作員スパイが潜入している。奴らに手伝わせる」


 カシーヴァとマッドシティは、同じ王国に属する友邦のはずだった。

だが、裏を返せばお互いに牽制しあう間柄でもあったのだ。

領主が同格の伯爵同士というのも仲がよろしくない原因でもあった。

その情報収集のために、工作員スパイが入り込んでいた。


 トレントの騎士を戦闘が出来るまで動かすのには才能がいる。

だが、多少移動させる程度であれば、そこそこ出来る者は存在していた。

それこそ、整備の度に騎士が移動させていたのでは非効率だろう。


「だが、我らが疑われるぞ?どうするのだ?」


「そこは策がある。俺に任せておけ」


 決行は明日の夜に決まった。


◇◇◇◇◆


 夜の闇にポツポツと火の手が上がる。


「敵襲!」


 その様子、どう見ても敵襲だった。

それはマッドシティの工作員スパイの仕業だった。

この隙にセインのトレントの騎士を奪おうというのだ。


「出るぞ!」


 バイロンがセインのトレントの騎士に乗り込む。

それを見ても誰も気にも留めていない。

では、セインは?

セインは部屋に閉じ込められていた。

部屋のドアをバイロンたちに封鎖されてしまっていたのだ。


 残りのトレントの騎士にもバートランドと工作員スパイが乗り込む。

だが、その時……。


「ぐわぁ!!!!!」


 バイロンの叫びが上がる。


「どうしたバイロン!」


 慌ててバートランドがトレントの騎士をセインのトレントの騎士に歩み寄らせる。

その左胸にはバイロンが乗っているはずだった。


 開かれた胸部からバートランドが覗き込む。


「うっ!」


 その光景にバートランドがえづく。

そのまま吐いてしまう。


「どうしてこんなことに!」


 そこには干からびたバイロンが居た。

その姿はまるでミイラのようだった。


「どうにかしないと」


 このままではマッドシティの背信がバレてしまう。

バートランドは焦り、証拠隠滅を謀ることにした。


 その方法は?

バイロンの身体をセインのトレントの騎士から引きずり出すことだった。

そして、何事も無かったかのように逃走する。

バイロンの姿は、それが本人だとは判らないほどのものとなっていた。

装備品を回収すれば、このまま撃ち捨ててもバレることはない。


「我らは急を要して帰還しただけ。バイロンも生きている」


 そう偽装するしかなかった。


「なんなのだ?あのトレントの騎士は?」


 セインのトレントの騎士の不気味さだけが残されていた。


◇◇◇◆◇


 翌朝、事態が収拾され、襲撃ではなくただの放火だと判明した。


「結局放火かよ」


「なんだったんだろうな?」


「ああ、出撃したマッドシティの連中も帰ってしまったしな」


「急すぎるだろ。まだ何があったかもわからなかったのに」


 徹夜作業で疲れ果てた兵たちが帰って行く。

そして、隠されていたバイロンの死体を見つけた。


「おい、死体だ!死体があるぞ!」


 兵がバイロンのミイラ化した死体を発見した。


「なんだこれは?」


「何か得体の知れない侵入者がやったに違いない」


「待て、ではこの死体は誰だ?」


 領主館の中で点呼が行われたが、死体の主は判明しなかった。

現代の地球のようなDNA鑑定など無いのだ。

顔も判らないほどに乾燥した死体の正体など判明するわけがなかった。


 むしろ、それが侵入者だったのだと結論付けられた。


「何があったんだろう?」


 セインは、昨夜の騒ぎを知らずに朝になって庭へとやって来ていた。

そして、トレントの騎士を見て愕然とした。


「枯れている?」


 そこには青々としていたはずの小枝を枯らしたトレントの騎士の姿があった。

どうして良いのか分からず、セインは立ち尽くすだけだった。

セインにはトレントの騎士の知識など一つも無かったからだ。

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