第10話キング様は新しい物好き

「ああ~これは部品取り寄せになります。温度ヒューズを交換しないとだめですね」


 エアコンの修理に来た『早井電機の小川さん』はそう言った。なんとも爽やかな笑顔で。


「こちらのエアコンは・・ちょっと古い機種ですよね? 修理でまだ使えますけど燃費や今後また修理が必要になるかもしれない事を考えると買い替えも検討された方がいいかもしれません」


 まだ20代半ばくらいの爽やかな好青年。日焼けして、スポーツでもやっているのか筋肉が盛り上がった腕をしている彼は、俺とキングの両方を見ながらそう付け加えた。


「ええっと両親に相談してみます。ちょっとだけ待ってもらっていいですか?」

「ええ、構いませんよ」

「どうぞ、掛けて下さい。今お茶をお持ちしますね」


 俺がキッチンに向かおうとするとキングが紅茶を入れたカップと砂糖を持ってキッチンから出てきた。

 いつの間に・・驚いた俺はすれ違うキングを目で追った。するとキングは初めて見せる満面の笑顔でソファに座っている小川の前に紅茶を差し出した。


「どうぞ」

「ありがとうございます」小川も笑顔で答える。


 今度は俺に向かって「おい、お茶菓子はないのか?」とキングは尋ねた。


 お茶菓子なんて言葉も覚えたのか、この世界に馴染むの早すぎない?


「あ、どうぞお構いなく」小川はすぐ手を振って遠慮した。


「じゃちょっと失礼して連絡してみます」俺はその場で母さんにメールした。その後すぐ電話を入れて呼び出し音2回ですぐ電話を切った。


 母さんは小まめにメールをチェックしない。だからと言って中国なんかに電話しようものなら電話代が恐ろしい事になってしまう。故にメールをチェックしろ、という意味を込めて呼び出し音を2回鳴らす方法を思いついたのだ。


 3分ほどしてメールの返信が来た。『新しいのを変え』ただそれだけ。母さん・・お金はどうするとか故障して大変だったわね、とかなんかあるんじゃないの、全く。それに『変え』じゃなくて『買え』でしょうが。


「あの、新しいのを購入しようと思います」返信を見た俺はすぐ小川に伝えた。

「そうですか。でしたらうちで取り扱ってるカタログを置いていきますね。ネットで買うほどではないですが値引きさせて頂きますし、取り付け費用はサービスします!」


 小川さん、商売熱心だね。若いのに。


「そうですか。じゃあ・・すぐ決めちゃおうかな。お勧めとかあります?」


 来週中ごろには梅雨が明けると天気予報で言っていた。ぐずぐずしてられない、と俺は考えた。


「すぐお持ちできる機種はこれとこれですね。こっちは2年前の型なのでかなりお値下げ出来ると思います」

「これがいいな」横からカタログを覗き込んで来たキングが最新型の一番高いやつを指さして言った。


「に、25万もするじゃないか!」

「それにしろ」


「これはいいですよ。値段だけの事はあります。光熱費もかなり抑えられますよ。あとハウスダスト除去率が高いので花粉症の方がいるお宅は特におすすめですね」


 やっぱり商売上手だよ、小川さん。ジャパネットに就職してもやっていけそう。テレビ映えしそうな好青年だしさ。



 結局おれは押し負けた。


 最新型なので割引率は低かったがそれでも小川さんは頑張ってくれた。会社に電話して値引きの交渉をしてくれ、梅雨が明けそうだからと月曜には取り付けに来てくれることになった。


 小川さんが帰った所で俺たちは先ほどの問題に戻った。


「俺さ、ちょっと気になった事があるんだけど今日は曇りだからまた今度にするよ」

「我の目と関係があるのか?」


「ちょっとあるかな。そうだ冷蔵庫の中身がどうとか言ってたよな。後で一緒に買い物に行くか?」

「スーパーマーケットに行くのか?」

「そうだな」


 俺はその後2時間ほどテスト勉強に打ち込んだ。


「よし、キング~買い物へ行くぞ」


 念のためマイバッグを多めに持って行く。玄関から出ようとするとまだキングが後ろで自分の靴と格闘していた。ふくらはぎの辺りまであるブーツはいちいち紐をほどいたり結んだりしないといけない。


「・・靴も買ってやるよ。それに服もだな」


 キングの方が俺より少し背が高かった。キングには俺の服は袖が少し短いし、ズボンの丈も足りてない。


 俺の家から5、6分の距離にショッピングタウンがある。スーパーを中心に、XYZマートという靴屋があるし、ムラシマという衣料品店もある。


 まずは靴から買うことにした。


「スニーカーでいいよな」

「ナイキにしてくれ」


 ナイキかぁ・・。俺もそろそろ新しいのを買おうかと思ってたのに。バイト代無くなっちゃうよ。


 そんな事を考えているともうキングは靴のサイズ合わせに入っていた。店員が持って来たサイズ違いの靴を履いて鏡で見ている。


「早いな。もう決めたのか?」

「そうだ。これが最新作だ。これにする」


「1万9千円! だめ。もっと安いのにしろ」

「これがいい」

「金ないって」

「クレジットカードは?」


 はぁ?! クレジットカードを使って買い物することまで知ってるのか! てか何でキングの為にカード使ってまで高い靴を買ってやらなきゃいけないんだよ! こっちは衣食住まで提供してやってるのに。


「ないって」


「あの、こちらのデザインはいかがですか? こちらも新しいデザインですよ」


 俺たちのやり取りを見て、店員さんが気をきかせて別のスニーカーを持ってきてくれた。それもちゃんとキングのサイズを。


 キングはそのスニーカーを履いてまた鏡に向かった。そして小川さんの時と同じように愛想よく笑いながら言った。「お姉さんはセンスがいいですね。どうでしょう? 似合ってますか?」


 キングにセンスを褒められ、うっとりするような笑顔を向けられたそのお姉さんは少し頬を染めながら答えた。「とてもお似合いですよ」


 彼女の表情には『あなたなら何を履いても似合うわ』という心情がはっきりと表れていた。


 ここで俺が『まだ高い』なんて言ったら完全に俺は悪役だよな・・1万4千円か。仕方ないここで手を打つか。


「・・それにするか?」

「ああ、お姉さんのお勧めだからな」キングは店員に向かってニコニコと微笑んでいる。


 くぁぁぁ~なんだよそれ! たらし! 完全に女ったらし!


 会計の時、その店員はスニーカー用の洗剤をおまけに付けれくれた。


 次は洋服か。まぁムラシマはそんなに高い物は置いてないから大丈夫だな・・。



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