第8話キッチンの惨状

 キッチンの惨状は凄まじかった。


 まるでキッチンの中で竜巻でも発生したかのような有様で引き出しと言う引き出しは開けっ放しで調理台の上には小麦粉がぶちまけられ、パスタやそうめんが散乱し、冷蔵庫の前には梅干しが何個も転がっている。


 ダイニングテーブルの上は空になったバターケースやベーコンの包装紙、牛乳の紙パックや諸々の食べ物の容器が散乱していた。

 

 テーブルに近づくと足が何かを踏んづけてぐにゅっと音がした。下を見るとマヨネーズの容器が真ん中ら切り裂かれ床に落ちていた。


「昨日食ったような美味い物はなかったぞ」いつの間にか後ろに立っていたキングが文句を言った。


「それどころじゃないよ! なんだよこの有様は?! あっ、昨日洗っておけって言った食器もそのままじゃないか!」


「お前がちゃんと我の食事を用意しておかないからだ。我のせいではないぞ」

「俺はお前の召使じゃない!」


「では召使に取り立ててやろう。有り難く思え」

「だ・れ・が・・なるかよぉぉぉぉ・・ハァハァ」握りしめた俺の拳は怒りでブルブルと震えていた。


「そうか。まぁいい。こんな物では腹の足しにならん、昨日の肉を食わせろ」俺の怒りなど意にも介さないキングはダイニングテーブルについてタンタンとテーブルを叩いた。


 冷静になれ、直巳。こいつは図体のデカイ3歳児だ。何もかも一から教えないとだめなんだ。怒ったら俺の負けだ・・。


「えっとなぁ・・まずゴミ箱はここだ。食べた物の容器はここに捨てるんだ。食器はシンクに持って行ってこのスポンジに洗剤を付けて洗い、その後水ですすぐ」


 俺は根気強くキングに教えて行った。洗った皿はふきんで拭いて食器棚に片付ける。引き出しは開けたら閉める。マヨネーズは切り裂かないでキャップを回して開ける。お湯を沸かすときはやかんに水を入れて・・・・・・・。


 元の綺麗なキッチンに戻すのに2時間はたっぷりかかった。


「このパスタはまだ食えるよな・・。夕飯はパスタだな」


 キングがパスタ容器から取り出して散らばしたパスタを一度さっと水洗いして調理することにした。


「この包装紙に茹で時間が書いてあるからそこから1分マイナスして茹で上げて、茹でてる間にソースを作るんだ」


 ベーコンはキングが全部食っちゃったからなぁ。玉ねぎとトマト缶とツナ缶でいいか。お、ナスもあったな。


 食べ物の事になると俄然興味を示すキングは俺に張り付いて料理する様子をじっと見つめていた。と、突然ズサァァっとキッチンの入り口まで退避して声を上げた。


「何をやっているのだ! キッチンを爆破するつもりか?!」

「なんだぁ何訳わかんねー事言って・・」俺はトマト缶の蓋を開けた。


「うわぁぁぁぁぁ・・・・・・・はっ?」

「でけー声!」


 キングはまた俺の背後にそおっと戻ってきた。「それは・・爆発物ではないのか?」トマト缶を覗き込みながらキングが独り言のように呟いた。


「そんなものキッチンに在るわけないだろぉ」


 キングは不審そうにしながらもまた調理を見ていたが、ツナ缶を取り出した時にはまたビクッと肩が反応していた。(最強のヴァンパイアがツナ缶にビクついてんじゃねぇw)

 


「よし出来た!」


 テーブルに着いたキングはじっと皿を見下ろして不満げに言った。「これは肉ではないようだが」


「魚が入ってるよ。この粉チーズをたっぷり振りかけて、好みでタバスコをかけてフォークでこうやって巻いて食べるんだ」


「むっ、これは・・難しいな」フォークを上手く扱えないキングがパスタに苦戦している。


 ハハハッ、いくらキングでもフォークの扱いは難しいみたいだな。


「俺、この後バイトだからまたテレビでも見て時間潰しててよ。夜になっても外に出るのは控えてくれよ」

「バイトとは何だ?」


「仕事だよ。夜中の2時過ぎには帰って来るから。ところでよくテレビをつけられたな」

「適当に押しまくったらついただけだ」

「んじゃチャンネルはリモコンで変えられるから。後で使い方教えとく。今日こそは皿、洗っといてくれよ」


「・・分かった」キングはしぶしぶ了解した。




 バイト時間まで自室で勉強を始めた俺は今朝早く起こされた事もあり、いつの間にかウトウトして眠ってしまっていた・・。


「やばっ、また遅刻ぎりぎりだ」


 22時からバイトだというのにあと10分しかない。自転車の鍵とスマホ、財布だけポケットに突っ込んで玄関から飛び出した。


 車庫から自転車を押して歩道まで出たが何かおかしい。後輪を見るとパンクしちまってる。「うわぁっ何でこうなるんだよ」


 走っても22時までには間に合いそうにない。遅刻したらオーナーにどやされるな・・。


 自転車を車庫に戻していると玄関からキングの顔が覗いた。「急いで出た割にはまだいるのだな」


「自転車がパンクしてたんだよ。あーあ、今日は遅刻確定だ」

「そんなに遠い場所で働いているのか?」

「遠くはないよ。駅前のコンビニだから。じゃ行くよ、ほんと時間やばい」


 駆け出そうとしたした瞬間、体が宙に浮いた。


「おわっっ」

「どこまでだ? 飛んで行ってやる」

「いや、人に見られたらやばいって」またキングに後ろから抱きかかえられた俺は焦って言った。


 だがキングはぐんぐん上空に上がって行く。「これ位なら地上からは良く見えまい」


「んじゃあ、あっちへ飛んでくれ」俺は駅の方を指さした。その途端、キングは物凄いスピードで飛びだした。


 い、息が出来ない。顔にぶつかる強風が透明な渦を巻き酸素の取り込みを阻害するせいだ。声が出せなくて手で方向を示す。コンビニの裏手なら空き地だしビルの陰になって人に見つかる可能性は低い。


 上空に上がってからここまで2分くらいだった。地面に下ろされた俺は地に足が付いている感覚がなかった。「ぷはぁっ。た、助かったよ・・じゃ行ってくる」


 少しフラフラしながら事務所に入って行くとオーナーがパソコンに向かって仕事をしていた。


 オーナーは30代半ばくらいだろうか。両親と3人でこのコンビニをフランチャイズ経営している。ちょっとだけヤンキーっぽさを有した面倒見のいい兄貴といった感じの頼れる存在だ。常識ある大人だが切れると怖い。


「おはようございます~」

「おはよう」


 制服に着替えてタイムカードを押す。店内に出て行こうとするとオーナーが俺を見て吹き出した。


「お前、髪直して行けよ。なんか凄い事になってるぞ」


 慌てて備え付けてある姿見を覗くと短髪のスーパーサ〇ヤ人みたいになっていた。


 

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