第59話:最愛の彼女と悪女の邂逅
「こんな偶然があるんだね、まさかここで出会うとは思ってなかったよ」
地元から鈍行列車に乗って片道四時間。
リゾート地として有名な海水浴場の浜辺にて。
俺は予備校のクラスメイトと出会ってしまった。
「あれ? 時縄くん? 何か顔色が悪いけど大丈夫?」
ただの予備校のクラスメイトではない。
一度カラダの関係を持ってしまった女の子だ。
それも最愛の彼女が隣に居る状況で。
「…………勇太」
隣に佇む結愛は俺の名前を俯いたままに囁いた。
蚊が鳴くほどに小さな声だ。聞き取り辛さがある。
ただ、次に続く言葉はハッキリと聞こえてきた。
「——誰かな? この人」
結愛はそう呟き、この人呼ばわりした相手を指差した。
その仕草は、明らかに敵意を向けたものだ。
抱き抱えられた黒猫——にゃこ丸も野生の勘が働いたのか、逃げるように飼い主の元へと戻っていく。そんな小柄な猫をよしよしと撫でながらも、彩心真優は抱き寄せた。映画のワンシーンならば、感動の再会シーンになるかもしれないと悠長なことを考えていると——。
睨みを利かせた瞳を向けたまま、結愛は強い口調で言い放つ。
「勇太に馴れ馴れしい態度を取ってるけど何者なの?」
ここまで言われれば、大半の人間が危険を察知するだろう。
自分はこの人に嫌われている。そう自覚するはずだ。
と言えども、彩心真優は全くその様子に気が付いていなかった。
気付いていないのか、それとも気づかないフリをしているのか。
俺には全く判断できないまでも、彩心真優は優しい笑みを浮かべたままだ。
とりあえず、この状況はどうにかしたほうが良さそうだ。
このままだと俺の胃がもたない。
「悪いな、結愛。えっと紹介するのが遅れちまったな」
俺はそう呟き、彩心真優の方へと手を向けて。
「こちらは彩心真優。予備校の知り合いだ」
知り合いという表現に間違いはない。
そう思いたいのだが、彩心真優は若干不機嫌な表情だ。
これ以上、俺と彩心真優の関係を適切に語る方法はないと思うのだが。
「彩心真優……真優、真優」
結愛は名前を数回呟いた。
まるで難事件を解決する名探偵のように。
ひとまず、真優の紹介は終わったはずだ。
お次は、結愛の紹介をしなければならない。
「で、こっちは——」
「知ってるよ。結愛さんでしょ?」
彩心真優は笑みを作る。
クリスマスプレゼントを開く前から箱の中身に気付いた子供のように。
「どうして知ってるの?」
結愛は訝し気に目を細めた。
「どうしてって聞かれてもなぁ〜」
彩心真優は、俺の方へと目線を向けてきた。
それはあたかも、俺と彩心真優の関係が何かある。
そう思わせるような素振りだ。
相手の術中にまんまとハマり、結愛の瞳が蝋燭のように揺らいでいる。
「だって、時縄くん言ってるもん。結愛は最高の彼女なんだぁーって」
最高の彼女だと自負しているのは事実だ。
だが、それを本人の前で言われるのは大変恥ずかしい。
俺は顔を押さえてしまうのだが、それは結愛も同じようだった。
「勇太……そんな恥ずかしいことを人前で言ってるんだ」
「結愛、追撃するのはやめてくれ。余計に恥ずかしくなるから」
「……でも嬉しいな。勇太がそんなふうに予備校でも言ってるなんて」
俺には最愛の彼女——本懐結愛がいる。
彩心真優以外にはそう話したことはないがな。
何はともあれ、先程まであった不穏な空気が消えた。
一歩間違えれば、殺人事件が起きそうな雰囲気が漂っていたのに。
「真優〜〜〜!? アンタどこまで行ってるのよ〜!!」
彩心真優の背後から新たな女性が息を切らしながら走ってきた。
その女性は、彩心真優に似た感じの綺麗な人だ。
肩に当たる程度のサラサラな黒髪に、圧倒的な大きさと形を持つ巨乳美人。
紫色のビキニ姿に、腰からは白色のパレオを身に纏っただけである。
「……こっちは二日酔いでもう歳だってのに走らせて」
愚痴を溢しながらも、その女性は現在の状況に気付いたようだ。
「って……誰? この男?」
その美人な女性は俺の方を見るなり、睨みを利かせてきた。
鋭く尖った眼差しには思わず尻込みしてしまいそうになる。
結愛も、変な女性に絡まれたと認識したのか、俺の背後へと隠れてしまう。
無理もない。
彩心真優も目算で170近くあると思うのだが、この女性はそれより高い。
「もしかして真優にちょっかい出してるんじゃないでしょうね〜?」
変な言いがかりを付ける女性は喧嘩腰で近寄ってくる。
顔は美人なのに、意外と頭の中は空っぽなタイプなのかもしれない。
顔と体だけは百点満点な彼女を諫めるように、真優が言う。
「待って待って。サユちゃん。知り合いだから!!」
◇◆◇◆◇◆
彩心真優からの説明を聞き、その美人な女性は全てを理解したようだ。
「ごめんね〜。何か変な勘違いしちゃってさ」
両手を合わせ、ベロを出しながら謝る姿にムカつく気もするが……。
ていうか、謝り方が全体的に甘すぎる。
まぁ、美人なので許してやらないこともないがな。
「アタシはさ、真優の保護者として遊びに来てるわけよ」
難し気な表情を浮かべつつも、謎の美人は語る。
その話を遮るように、彩心真優が眉を潜めて。
「保護者という表現は些か疑問点があるんだけど?」
「アタシのほうが歳上なんだから当たり前でしょ?」
「世話を焼くのは私の方だと思うんだけど?」
図星だったのか、彩心真優にそっくりな顔立ちの女性は「まぁまぁ」と話を切る。それから俺の方へともう一度視線を向けてきて。
「だから、変な虫が付かないように少し口調が悪くなっちゃった」
結愛は未だに怖いのか、俺の後ろに隠れている。
俺の背中に隠れて、顔だけを覗き込む姿は最高に可愛いはずだ。
と言っても、俺の視点からは全く見えないがな。
「ん〜??」
謎の女性はビー玉のように目を真ん丸くさせる。
嫌な予感だ。何か起こるのではないか。
そう思った頃には、全てが遅かった。
アリの巣を発見した悪ガキのように謎の女性は目を煌々と輝かせ、俺の愛する彼女の元へと飛びついてきたのだ。
「えっ!!!!!!」
突然の事態に結愛は幽霊を見たかのように表情を歪めてしまう。
だが、謎の女性は相手の気持ちを慮ることはしないようだ。
逆に嫌がる姿を楽しむかのように、彼女は結愛へと襲い掛かる。
回避を試みる結愛だが、謎の女性の方が明らかに上手であった。
「ねぇねぇ、名前は何て言うの? お姉さんに教えて。可愛い子ちゃん」
「……や、やめて……やめて……抱きつかないで……く、くだ」
「お姉さん。可愛い女の子には理性が止まらないんだよ」
ぐへへへへへと気持ち悪い笑みを浮かべる謎の女性。
自分の彼女が知らない女性に襲われている。
その姿を見ているのだが、俺は何とも言えぬ興奮を抱いてしまう。
「……勇太。助けて。この人……変態さんだよ、女性なのに……怖い」
「怖くないよ。お姉さんは良い人だから。うん、とっても良い人!! 小銭を拾ったら募金活動に寄付するぐらい良い人だから!! うんうん!!」
自分は怖くない人アピールしているものの、彼女の両手はパクパクとワニの口のように開いたり閉じたりを繰り返している。
それはもはや、もっと触らせろとでもいうように。
「ちょ、ちょっと……これ以上ち、近寄らないで」
「大丈夫大丈夫。お姉さんは手慣れてるからさ」
端から見ている分には、美人な女性たちが戯れているだけだ。
何の問題もないだろう。
ていうか、顔を真っ赤にさせ、抵抗する結愛が最高に可愛かった。
「……どこを触ってるんですか。や、やめ……やめ。ん、きゃああ」
謎の女性は結愛の胸を激しく、けれど優しく揉み始めた。
上下左右に揺れ動く愛する彼女の胸。
服の上からでも分かるほどに柔らかそうだ。
俺も揉みたいと思ってしまうのは男の性なのだろうか。
「ねぇねぇ、可愛いね。可愛い子ちゃん、お名前教えてよ。お姉さんに」
「……名前教えたらやめてくれ……んうううう。そこはちょっと……」
「うん。名前を教えてくれたらやめてあげる。ほら、教えて」
「………………結愛です。本懐結愛です」
「へぇ〜。結愛ちゃんって言うんだ。可愛いお名前だねぇ〜」
そう呟くと、美人なお姉さんは微笑んだ。
約束通り、胸を揉む手を止める。
けれど、それで終わるほど、大人な女性は甘くなかった。
「結愛ちゃんの耳ってさ、小さくて可愛いね。食べちゃうね」
「たべ……たべ……たべる? んんんんんんんんんん??????」
恥辱の色に顔を染めて戸惑いの声を上げる結愛。
そんな愛すべき彼女を更なる快楽へと導くように、彩心真優と容姿が似ている女性は結愛の耳をパクリと口に含んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜!?」
瞬間、結愛の声とは到底思えない絶叫が周囲一体を震わせる。
流石にこの状況はやりすぎだと判断したのか、彩心真優は身体だけはやけにデカいくせに、子供みたいな真似ばかり女性を手の甲で思い切り叩いた。
◇◆◇◆◇◆
「……勇太、あの人は危険。もう近寄りたくない」
俺の愛すべき彼女——本懐結愛はトラウマを植え付けられたようだ。
ベッタリと俺の背中に引っ付き、プルプルと震えている。
で、元凶となった謎の巨乳美人は爽やかに笑い飛ばしていた。
「ごめんごめん。悪気はなかったんだよ。引っ込み思案な結愛ちゃんが少しでも笑顔になればいいなと思って……うん、スキンシップを取ったの!!」
スキンシップを取ることは大切かもしれない。
しかし、出会った直後の相手にあそこまでされるのは恐怖だろう。
彩心真優が本気で注意しているのに、全く聞く耳を持つことはない。
「で、彩心真優。この女性は何者なんだ?」
紹介するのが遅かった。
そう思い出したかのように、彩心真優が口を開いた瞬間——。
「どうもサユです〜。よろしくね、勇太くん」
根が明るい巨乳美人は「いぇ〜い」と如何にもバカそうな声を上げ、片手でピースを作り、更にはウインクまでしてきた。
うん、とりあえず分かったことがある。俺もこの人苦手なタイプだ。
俺と全く異なる陽気な世界で育ってきた人物なのだろう。
それにしても、彩心真優とはどんな関係なのだろうか。
「私の従姉なんだよね。サユちゃんはさ」
「そうそう。子供の頃から仲良しなイトコ!!」
「仲良しっていうか……サユちゃんのワガママに付き合ってるだけだけど」
「と言いながらも、真優だっていつも楽しんでるじゃん!!」
「いや……まぁ〜それはそうだけど……」
二人だけで話を進めていく空気は、居心地が悪かった。
会話に参加する隙がないと思っていたところ——。
「ん? アタシみたいな人種は嫌いかな? 時縄くん」
「嫌いではありませんが……苦手ですね。バカそうな感じが」
遠回しで嫌いだと言ってみたが、サユさんは豪快に笑うだけだ。
別に面白いことは何もないと思うのだが……。
「ちゃらんぽらんに見えるけど、医者の免許を持ってるよ、この人」
医者の免許を持っているだと……? この人が?
「いぇーい」
また、バカそうにダブルピースを決め込むこの人が??
「人は見かけによらずと言うけど本当だよね。こんな人が医者なんだから」
彩心真優も思うところがあるようだ。
大人な女性とは到底思えない子供みたいな人が、医者免許持ちとは。
そのギャップが良さなのかもしれないが、ちょっと不安になってしまうな。
本当に信頼に値する人物なのかとね。
「あの……」
俺の背中に隠れていた本懐結愛が恥ずかしげに前へと出てきた。
その姿を見て、サユさんは目を輝かせて。
「どうしたの? お姉さんともっと遊びたいのかな?」
「違う……もうあなたとは関わりたくない」
そう断言して、本懐結愛は彩心真優へと目線を移らせる。
波風が吹き渡る。
彩心真優の長い黒髪が極上の絹糸のように靡いた。
その髪を押さえる彼女の元へと、結愛は歩み寄った。
夕陽の光を浴び、黄金色に輝く栗色髪と琥珀色の瞳を持つ少女は言う。
「…………ちょっとだけあたしと二人きりでお話しないかな?」
◇◆◇◆◇◆
本懐結愛と彩心真優は少し離れた浜辺に居る。
あの二人はどんな話をしているのだろうか。
それに二人きりで話す内容なんて一体何なのだろうか?
俺がそう思い、二人の姿を遠目で見ていると——。
「で、真優とはどんな関係なんだい?」
残ったのは、俺とサユさんのみ。
美人な巨乳お姉さんと二人だけのビーチというのはさぞかし最高のシチュエーションだろう。
だが、彼女と話していると、何か小馬鹿にされてる気がしてしまう。
「ただの医学部を志す仲間なだけですよ」
「ふぅーん」
つまらなさそうに呟き、「で、勇太くん」と話を切り出してきた。
「キミはさ、あの子たち二人のどっちを選ぶの?」
「…………はい? 意味が全く分からないんですけど」
「結愛ちゃんを選ぶのか、真優を選ぶのか。どっちかって話だよ」
「いやいやいや、どうしてそこに真優が出るんですか!!」
「どうしてって……勇太くんさ、真優とセックスしたでしょ?」
全くブレがない直球の質問に対して、俺は沈黙を貫いてしまう。
だが、時に何も言わないことが肯定を示すこともあるのだ。
バカだと勝手に思っていたサユさんは口元をイジワルそうに歪めて。
「セックスしたとき、真優どんな表情してた? どんな声を上げてた? ねぇねぇ、あの凛としてて鼻に付く感じの小娘の中はさ、気持ちよかった?」
「答える義理はありませんよ。で、どうして分かったんですか?」
「あの子が大人になったなとは久々に会ったときに分かったかな」
サユさんは哀愁漂う表情を浮かべた。
それは大切なイトコの初めてが最低な男に奪われたことにか。
それとも小さな頃から仲が良かった彼女の成長を思ってか。
「でも彼氏はいないと言うし、何があったんだろうと思ってた」
あの子を振るような男がこの世界に居るわけないじゃない?
そう呟くサユさんを見るに、彩心真優を高く評価しているらしい。
確かに彩心真優を振る男など、この世界に居るはずがない。
だって、彼女はどんな宝石も敵わないほどの美しさを持っているのだから。
「だけどさ、今回の旅行中に分かったんだよね」
遠い眼差しを向けるサユさん。
もしかしたら、彼女は過去の記憶を辿っているのかもしれない。
サユさんが彩心真優と歩んできた今までの出来事を。
優しげな瞳を一度瞬きした後、サユさんは続けた。
「ずっと旅行中の車でも、キミの話をしていたんだよね」
「俺の話?」
「そうだよ。キミの名前を出すし、キミのことばっかり話してた。時縄くんが、時縄くんがってさ。本当に小さな子供みたいに? ずっとキミの話」
だから、会ってみたかったんだよね。
あの真優が惚れた男がどんな男なのかってさ。
そう優しげに微笑み、サユさんは両手をパチンと鳴らす。
「で、キミと実際に喋るあの子を見て、アタシはすぐに分かったよ」
夕陽に輝くのは美人な女性の姿。
予備校内屈指の美女と名高い彩心真優の従姉——サユさん。
彼女は、彩心真優の心を見透かすように言い放つ。
「真優の奴、キミに本気で恋しているよ。もう完全にメロメロ状態だね」
知っている。
彩心真優が俺のことを本気で好きなことなんて。
言われなくても、鈍感じゃない俺なら気付いているさ。
一夜限りの関係だったけれど、あの日に彼女の気持ちにはもう既に。
だけど、俺は。だけど、俺には——。
「それを伝えてどうするつもりですか? 俺には結愛がいるんですよ」
「知ってる。それも真優から聞いたから。彼は可愛い彼女持ちだってことは」
「なら、どうしてわざわざそんなことを……俺に言うんですか?」
「決まってるじゃん。アタシはさ、真優の味方なんだよ」
サユさんは、俺と真優をくっ付けさせようとしているのか。
現在、俺と結愛が付き合っているというのに?
「残念ですが、俺と結愛の絆は深くてそう簡単に——」
「結愛ちゃんの件だけど、あの子……相当の闇を抱えてるよ」
「闇? 何を言ってるんですか?」
「女の勘だよ、女の勘。ただ、分かるんだよね〜」
知ったような口振りの歳上女性は言う。
「あの子、キミが思っているような可愛いだけの女の子じゃないよ?」
「どういう意味ですか……? それは」
「何か危険な雰囲気を醸し出してるし、狂気を孕んでるからね。あの子は」
あの子。
その言い方には、明らかにトゲが存在している。
先程まであれほどくっ付いていたのに。
女性同士の関係は怖いと思っていると、サユさんは「あの子さ」と言う。
「本気で真優に殺意を抱いてたから、ちょっとイジワルしたんだよね」
「殺意? 結愛が? そんなまさか」
「本当だよ。嫉妬深いのかもね、結愛ちゃんはさ」
「結愛は確かに嫉妬深いですけど、殺意までは……」
「勇太くんさ、早くあの子と別れたほうがいいよ」
俺が結愛と別れる……?
何を言ってるんだ、この人は。
俺と本懐結愛がどうして別れなければならないのだ?
全く意味が分からない。この人は勝手なことばかり言いやがる。
「で、真優に乗り換えたほうがいい。そっちの方が確実に幸せになれるから」
「幸せは自分の力で掴み取るのでいいです。それに俺は結愛と一緒の未来を歩みたい。結愛と一緒に歳を重ねたいし、結愛と一緒に今後も居たいんです」
俺が激昂している間に、結愛と真優の話も終わったようだ。
こちら側へと二人揃って戻ってきた。
結愛はニコニコ笑顔で、真優の腕を組んでいる。
逆に、真優は結愛の変貌ぶりに戸惑いを感じているようだった。
「人生の先輩としてお姉さんからの忠告」
結愛が戻ってくるまでに言わなければならない。
そんな義務感があるのかは知らん。
サユさんは続けた。
「あの子には気を付けていたほうがいいよ」
自称人生経験豊富なお姉さんは「そうしないと」と切り出して。
「あの子の闇に呑み込まれて、キミも壊れちゃうかもしれないから」
◇◆◇◆◇◆
【本懐結愛視点】
「ごめんね、こんなところまで連れて来ちゃって」
本懐結愛は申し訳なさそうに呟く。
それに対して、目前の黒髪ロングな少女は気にしていない様子だ。
ただ、二人きりで話したいことがあると言われて緊張しているようだ。
「それで話って?」
「予備校での勇太の話とか聞こうと思って」
「うん。いいけど……どれから話せばいいかな?」
「とりあえず、全部かな? 勇太のこと」
彩心真優から告げられたのは——。
自分のために医学部を目指す愛すべき彼氏の話。
毎日朝早くから夜遅くまで必死に勉強に励む姿を赤裸々に語ってくるのだ。
その話が本当なら堪らなく嬉しい。
だが、同時に疑問もあるのだ。
どうしてと思ってしまうことがあるのだ。
どうしてこの女は、こんなにも詳しいのだろうかと。
どうしてこの女は最愛の彼氏——時縄勇太をこんなにも知っているのか。
「次はさ、真優ちゃんの話を聞かせてもらってもいいかな?」
「真優ちゃん……? ええと、ちゃん?」
「ごめん。馴れ馴れしかったかな? ちゃん付けでダメなら、真優さんにするけど」
「いや、別にいいけど……」
許しを得た本懐結愛は爽やかな笑みを浮かべる。
その後、彩心真優の情報を聞き出した。
彩心真優がどんな人物なのか。彩心真優がどんな女なのか。
それを全てニコニコ楽しげに聞き、本懐結愛は興奮した声で言う。
「真優ちゃんは凄いなぁ〜。あたしと違って何でも持ってるんだから」
「何でもは持ってないわよ。別に、私は」
彩心真優は謙遜するように言うが、自信満々な表情である。
もしかしたら褒められて嬉しかったのかもしれない。
「医学部を狙えるぐらいの頭を持ってて、顔もとっても美人さんで、スタイルも良くて、性格も良くて、お友達も多くて、お家も凄くお金持ちで——」
本懐結愛の口から漏れる褒め言葉の数々。
それは、彩心真優が持っているもの。
ただ、それが一つ、二つ、三つと増えていくにつれ、嫌味にも聞こえる。
「それに比べて、あたしは頭も悪いし、全然可愛くないし、ファッションセンスもダサいし、お家はお金持ちじゃないし、おっぱいも小さいし、沢山食べられないし、毎日病院で暮らさないといけないし、明日死ぬかもしれないし」
放たれる言葉の数々に、彩心真優は励ましの言葉を掛けたほうがいい。
そう判断したのか、性格も良い才女は言ってしまうのだ。
「結愛さんだって良いところが一つぐらいはあるでしょ?」
「あたしの良いところ……?」
う〜ん、と難しげな表情を浮かべ、腕を組む結愛。
彼女はポンと手を叩いた後。
「真優ちゃんさ、あたしとお友達になってくれる?」
「お友達……? ええと、別にそれはいいけど」
「やったああああああああああああああああ」
結愛は興奮気味に大きな声を吐き出した。
その後、彩心真優の両手を掴んだ状態で。
「あたしの良いところできたよ。真優ちゃんっていうお友達ができたこと」
「…………ええと、それは良いところに入るのかな?」
「入るよ。だって、あたしにはお友達一人もいないもん」
彩心真優の瞳に反射して見える本懐結愛の瞳。
それは限りなく透明に近い黒色であった。
間近で見ているのに、全く焦点が合っていないかのように。
「あ、そう思えば……もう一つあったよ。あたしの良いところ」
今思い出しましたとでもいうように、本懐結愛は微笑んだ。
どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろうとでもいうように。
「——あたしにはこの世界で一番大切な彼氏が居るってこと」
微笑む本懐結愛の口元はぐにゃりと曲がる。
最初から、彼女の狙いはこれだったのだ。
本懐結愛が彩心真優をここまで連れてきた理由。
それは——。
「だからさ、真優ちゃんは絶対に奪わないでね」
お友達という関係を築くことで、彩心真優の行動を牽制したのだ。
敵対する関係ではなく、味方にすることで。
自分の邪魔となる存在の動きを止めてしまうのだ。
「あたしの
彩心真優は固唾を飲み込み、本懐結愛を見つめる。
一目見るだけでは、可愛らしい少女にしか見えない。
だが、彼女からは威圧的な空気を感じてしまうのだ。
「…………返事は?」
震える今にも壊れそうな声で訊ねられ、彩心真優は我慢できなかった。
曖昧に首を縦に振る。
そうするだけで、先程まで怖い顔をしていた結愛の表情は変わるのだ。
「ありがとう、真優ちゃん」
目尻に涙を溜めて、今にも滲み出そうな本懐結愛。
夕暮れ時の光を浴び、向日葵のような満点の笑顔を浮かべて。
「あたしたち、これからもずっとお友達でいようね」
「…………う、うん」
弱々しく声を出す真優に対して、結愛は微笑む。
「指切りしよっか? もし約束破ったら針千本飲んでもらうルールで」
本気か冗談かも分からない指切り宣言。
本懐結愛の表情を読み取る限り、彼女なら本気で針千本飲ませるかもしれない。そう危険を察知した真優はえへへへとぎこちない笑みを浮かべた。
「冗談だよ、冗談。お友達を傷付けることなんてできないよ」
すると、ケラケラと笑いながら結愛はドスの利いた声で言う。
「でも、お友達じゃなくなったら、話は別だけどね」
————————————————————————————————————
作家から
はい、個人的な神回ありがとうございました!!
もうね、やっぱり曇らせ結愛ちゃんが最高にいいのよね!!
可愛いだけの結愛ちゃんじゃなくて、ヤンデレ味ある結愛が最高!!
結愛と真優。
二人の関係性をどうするか、死ぬ気で迷いました。
昔までの結愛なら「この人嫌い」「もう行こう、勇太」「あの人たちと関わるのはもうやめよう」「変な人たちのせいで、折角の旅行が台無しだよ」
とか言って、逃げ出していたと思います(´;ω;`)
ていうか、私自身も結愛と真優は敵対関係のまま書こうと考えていました。
しかし、もう一度検討し直して、今回の形を取ることに( ̄▽ ̄)
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