第16話:本懐結愛視点『目撃』

 爆竹が弾ける音が聞こえ、本懐結愛は目を覚ました。

 頭上に広がるのは、真っ白な天井。彼女が毎朝見る景色だ。

 外出日には、一時的に帰宅することもできる。だが、もう一度入院となる度に、彼女はこの空虚な天井を目にし、溜め息を吐くことになってしまう。自分が病人だと再確認するからだ。


 本懐結愛は十八歳だ。来年の二月、十九歳になる。

 彼女は進路を持っていない。持つことを許されない。

 彼女の人生を狂わせた元凶——病魔が進行するから。

 別段、本懐結愛が抱える病気は「死」に直結するものではない。引き換えに「自由」を奪ってしまう病なのだ。


 普通の人生を歩めるのならば、本懐結愛は大学に通っていたはずだ。大学のテストやレポートにはうんざりしつつも、毎日気が合う友達と楽しくランチを取り、サークルやバイト生活に明け暮れる日々を送ってみたり、偶には合コンに参加して、気になる殿方と一夜だけの関係を持ってみる。


 そんな少女漫画にありがちな空想を思い描くことがある。

 だが、こんな夢物語が現実で起きるはずがない。

 だって、本懐結愛の人生には、病魔が付き纏うのだから。


 賢い彼女は現実を受け入れる。

 夢は決して叶わない。夢は夢のままにしていたほうがいい。

 そう自分に言い聞かせることで、自我を保っている。

 そうしないと、あまりにも自分が惨めな存在に思えるからだ。同年代の少女たちは高校を卒業したあと、進学や就職を機会に、今まで自分が住んでいた土地を離れていく。

 異なる場所での生活は、彼女たちに刺激を与え、人生を華やかなものにしていくはずだろう。

 でも、本懐結愛には、そんな未来は決して訪れない。


「……ふふふふふ」


 自分が立たされた現状に、本懐結愛は不敵な笑みを漏らす。

 どうして自分がこんな身に遭わなければいけないのか。

 どうして自分はもっと自由な生活を送れないのだろうか。

 何度も何度も同じ質問を自問自答したことがある。

 それでも、結局「運がなかった」という答えしか出てこなかった。別に、彼女自身何も悪いことはしていないのに。


 一度目が覚めると、なかなか寝付けなかった。

 必死に目を瞑っても余計なことばかりを考えてしまう。

 最近は眠れない夜も増え、睡眠剤なしでは眠れない身体になってしまった。痺れを切らした本懐結愛は、新たに薬を飲むことにした。暗く静かな夜は、涙が止まらなくなるからだ。


 身体を起き上がらせ、結愛は薬と水を準備する。

 何度も胃袋に収めたカプセル錠だが、やはり飲む際には抵抗感がある。自分を救う大切なものだとは分かっている。

 ただ、これがない限り、自分は上手く生きられないことを新たに実感してしまうから。


 薬を飲み終え、結愛はベッドへと横になる。

 肌に纏わり付くシーツが気持ち悪く感じてしまう。

 病院は、お風呂に入れる日が決まっている。

 毎日ご自由に入れるわけではないのだ。

 更には、ベッドのシーツを替える日にも決まりがあるのだ。

 結句、梅雨特有の湿気に敗北し、全体的にジメッとしているのだ。


 と、そんな折——。

 キィーキィーと甲高いブレーキ音が聞こえてきた。

 本懐結愛は、この音を知っていた。

 この音は——。


 本懐結愛はベッドから飛び降り、窓を見る。

 その先には自転車に乗って、坂を下る彼氏の姿。


「勇太……? こんな時間に? どうして……?」


 目を擦って、もう一度見る。

 幻覚でもまやかしでもなかった。

 彼と思しき人物はブレーキを掛けながらも、坂道を下っていくのであった。


「……何しに来たんだろ? 勇太はここに……」


 そう呟きながらも、結愛はベッドへと戻る。

 愛する彼氏がここに来た理由は一体何だろうか。

 その真意を考えていると、彼女は一睡もすることができなかった。

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