え、これって本当に大丈夫なやつ?


 俺たちはトリオンさんの後ろをついていき、館の図書室についた。

 しかし、俺はそこで目にしたものに驚いた。


(――えぇ……これが本当に図書室ぅ?)


 俺たちがついた図書室は、2つの本棚の半分くらいに革張りの背表紙の本が並んでいたが、本棚はスカスカだ。本棚の他には、ひし形の穴が並んだ棚があり、そこには巻物が突っ込まれているようだ。


 いやまぁ、本があるにはあるけど……。

 そこらのご家庭の子ども部屋のほうが、本があるんじゃないだろうか。


 図書室と言う割には、明らかに本の量が少ない。

 これが図書室なら、ラーメン屋や床屋は図書館を名乗れるぞ。


 これが文化レベルの差ってやつなのかな?


 俺が部屋をキョロキョロして見ていると、ママが腰を曲げて俺に耳打ちした。


「ユウ、気持ちはわかるけど、絶対口にしないでね」


「あっ、うん」


「この時代の本は、とても高価なんだ。貴重な本には盗難防止のために、鎖や呪いの文言を書き込むことだってあるんだ」


「へー……」


「気をつけてね。この世界には本当に呪いがあってもおかしくないんだから」


「ひえっ」


 言われてみれば、ママの言う通りだ。この世界は俺たちの世界に似ているが、全部が全部同じものだなんて誰も言ってない。


「俺たちの常識が通用しないっていってもさ、ならどうすればいいんだ?」


「え、うーん……僕たちの世界の常識はいったん忘れる。それで、見たまま、感じたままに考える。かな?」


「簡単に言うけどさぁ……」

「うん、とっても難しいね」

「はあ~……」


「本がいっぱいあるまうー!」


「見てください。この本、ぜんぶ背表紙の素材や形が違うでありますよ、わ! これなんか、鉄で作っているであります!!」


「でも、それを簡単にこなしちゃう子もいるね」

「だなぁ……」


 マウマウやエミリンは図書館にある本を興味津々で見ている。

 本棚には、本なのか怪しいものもチラホラあるな。


「トリオンさん、どれが創造魔法が書かれた本なんですか?」


「この中にはない」


「へ?」


「まぁ見ておれ」


 そういうとトリオンさんは本棚にあった赤い背表紙の本を引っ張った。


 すると、本棚の後ろでガコンと何かが落っこちた音がして、カラカラと音を立てながら本棚が回りだした。


「おぉ~! であります!」


 ゆっくりと回りだした本棚にエミリンは興味津々だ。

 本棚の継ぎ目や裏側出回っている歯車を食い入るように見ている。


 しかし……まさかの隠し部屋とは恐れ入ったな。


<ズン……ッ!>


 重々しい音を立てて止まった本棚の先には、小部屋が見える。トリオンさんはその中に入っていき、俺たちのもとにいくつかの紙片を持ち帰ってきた。


「これが我が家に伝わる『創造魔法』だ。どうかユウ殿の研究に役立ててくれ」


「は、はいっ……!」


 トリオンさんが俺に手渡したのは、二つの呪文の写しだ。

 えーっと……『クリエイト・ジェム』と『クリエイト・ウェポン』?!


 え、ちょ、おま、これ……使っても大丈夫なやつ?


(ママ……思ったよりもやばそうなのが来た。どうしよう?)

(まぁ、濫用しなければ大丈夫じゃないかな?)


 何でママはこんなに冷静なんだ……?


 ――あ、そっか。『創造魔法』が現実世界でも使えることは、俺はママやマウマウにまだ伝えてない。まいったな、どうやって伝えよう……。



★★★



 ――一方その頃。


 クロス・ワールドで「ガチ勢」として知られるクラン、「エネルケイア」の面々は、町や村で奪った物品を荒れ野に積み上げて話し合っていた。


 町で奪ったものは、金や宝石、装備品といったわかりやすく価値のあるものの他、タンスやテーブルといった家具、オモチャ、何に使うのかまるで分からないガラクタまであった。


「エイドス。とりあえず拾えるモンは全部持ってきたけど……よかったのか?」


「あぁ……取れる・・・んだ。それに何か悪いことがあるのか」


「いや、ゲームならそうだろうけど……」


 エネルケイアのメンバーの一人が、リーダーのエイドスに問いかけた言葉は、にべもない答えになって返ってきた。


 取れるから取っていい。彼の言うことは確かに正しい。


 クロス・ワールドにおいて、ゲーム中に存在するマップのオブジェクトは、基本的に全て固定されている。


 もちろん、一部には動かせるものもある。

 だが、それはギミックに関係しているものに限られるのだ。


 ダンジョンの扉を開けるために石像を動かす。ボスを召喚するために、オーブや石板を取って何かに乗せる。だがこういったモノはダンジョンを出ると消えてしまう。

 

 プレイヤーが自由に取れるものとなると、それはさらに限られたものになる。


 そういったものは数日、あるいは数週間、数ヶ月かかってダンジョンや町に出現するレアアイテムなどになる。


 例えば町の民家のテーブルの上にランダムに出現するフルーツバスケットや、ダンジョンの中に現れる絵画といったレアアイテムがそうだ。


 そういったアイテムは、プレイヤーが手にとって持ち帰ることが出来る。


 だからエイドスは「取れるものなら取っていい」と言ったのだ。

 それがクロス・ワールドの常識だから。


 そう、それは正しい。

 この世界が本当にゲームならば。


 エイドスに声をかけた彼は、他のメンバーがしている略奪の光景を見ていた。


 思い返すが、あまり気持ちのいいものではない。泣き出す子供。すがりつく女性。

 あれがゲームの中のNPCの反応だとは、彼にはとても思えなかった。


 自分たちは何かとんでもないことをしているのでは?

 その予感は確信に変わりつつある。


「なぁエイドス。この世界には、他にも来ている人がいるはず。彼らと連絡を取って情報を交換してみるのはどうだろう?」


「……ふむ、それはいい考えだ」


 エイドスの声を聞いた彼は、ほっとしたように息を吐いた。


 クロス・ワールドの障害情報、ネットの状況を見るに、自分たちが別の世界にいることは確実だ。エイドスもそれは知っている。


 しかし、知ったからと言って、違う世界で何をどうすればいいかまでは教えてくれない。そもそも、自分たちは、あまりにもこの世界の事を知らなすぎる。


 他の連中の話を聞いて、少しでもこの騒ぎが収まればいいと彼は思っていた。

 しかし、エイドスからは、彼の期待とは全く逆の言葉が返ってきた。


「俺たちが得た『創造魔法』は少ない。他の連中からも集めないとな」


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