同じところと違う所



「先ず名乗らせてください。俺の名はユウで、職業はアークメイジ……魔術師です。俺は『デュナミス』というクランのリーダーもしていて、俺たちは、この世界とは別の世界から来ました」


「クラン……ということは君たちは同じ血族なのか? みな姿が違うが」


 トリオンさんからスッと質問が飛んできた。

 そうか、クランって言葉は、元々はそういう意味だもんな。


「いえ、俺たちは同じ目的で集まっただけです。

『デュナミス』のモットーは……あるがままの世界を生きる。ということです」


「それは随分……難しい事を求めているな」


 トリオンさんは彫りの深い顔をしている。

 眉頭が作る影の中に沈んだ青色の瞳で、クランのメンバーを一人一人見ていった。


 彼の瞳には人間、ライカン、そして二足で立ち上がる猫、ロボットといったバリエーションに富んだ俺たちのアバターが目に入っているはずだ。


 トリオンさんは全員の姿を確認するとゆったりと頷き、口を開いた。


「なるほど――君たちはそういう存在か。それについては納得した。そのライカンは君の右腕か?」


「はい。彼の名前はウルバンと言います。彼の愛称を聞いたら驚きますよ」


「ほう?」


「彼のあだ名は『ママ』です。本当に面倒見が良くて優しいんですよ」


「――ハハッ、生意気な悪ガキも震え上がるライカンが『ママ』と来たか!

お前たちが言う『あるがまま』の意味が分かってきたぞ」


「ありがとうございます。」


「ユウ、どうやら僕やマウマウは、ブギーマンみたいな扱いらしいね」


「ブギーマン?」


「ユウが子供のころ、食べ物の好き嫌いをしたら、お父さんやお母さんからオバケが出るよ、なんてことを言われなかった?」


「なるほど、そういうことか」


「おぉ、それよそれ。懐かしいものだ……わしの子供の時分、悪さをしたら母上からこう脅かされたものだ。――『ライカンは悪い子を袋に入れてさらい、ライカンにするよ』とな。」


「へぇ……そういうのって、場所や世界が変わっても、変わらないものなんですね」


「まったく、そうらしい。」


 トリオンさんは僕に向けていた視線を宙にやる。

 それは何事かを頭の中で思い浮かべているようだった。


「別の世界といったな?」


「はい。すでに僕たちの姿や、使う魔法で察しているとは思いますが……」


「そうだな。この世界にも魔法はあるが、お前たちのそれは強すぎる」


「それはお互い様だと思います。僕らの世界には『創造魔法』がありません」


「……違うのか? お主らが使うのも炎や氷、血のトゲを創造していると思うが?」


 トリオンさんにそう言われてハッとなり、俺は言葉に詰まった。


 クロス・ワールドの「魔法」とこの世界の「創造魔法」の違いってなんだ?

 両者とも「呪文を唱えることで何かが出る」という事は共通している。


 それを指す言葉が違っても、やっていること自体は変わらないだろう。

 実はどっちも同じようなものなのでは?


 ……いや、違う。

 明確に違う部分がある。「創造」の部分だ。つまり――


「かなり似通ってますが、ちがいます。『創造魔法』は概念を現実に出現させるという異質さがあります。一方の「魔法」は、この世界にあるモノを変化させたり操作する力です」


「ほう……もっと詳しく話せ。ユウといったな、お前の話に興味が出てきた」


 え、すっごい興味津々!?


 そんなこと聞かれても、俺は魔法の専門家じゃ――いや、だったわ。

 自分でアークメイジって名乗っちゃってるぅぅ!!!


 ……えーっとどうしよう。

 クロス・ワールドの設定を思い出せ、俺!!


 うーん、えーっと、たしか――


「まず、俺たちが使う魔法……たとえば炎の魔法を例に取りましょう。」


「うむ。」


「炎を出現させているのは、この世界にある火の元素を操り現実化させているからです。そしてその効果は一定のものになります。――しかし創造魔法は違う」


「クリエイト・フードは、同じ食物を出さない。これは異常なことなんです」


「ふむ、一定ではないことの、何が異常なのだ?」


 えーっと……。


「例えば『食べ物』や『火』と言われても、人が思い浮かべるモノは人によって違います。だから魔法は儀式や呪文で『どんな火を出すか?』ということを呪文で示し、結果を制御してるんです」


「だけど、創造魔法はたったひとつの言葉だけで動く」


「創造魔法は呪文による制御をほとんどしていないんです。ならば創造魔法はいったいどうやって動いているのでしょう? ヘンテコなものを思い浮かべて、危険な結果をもたらしても、何もおかしくないはずなのに」


 さっきママが言ったように、創造魔法は一歩間違えれば、湯気を上げて歩くチキンが出てきてもおかしくない。


 なのにちゃんと料理が出てくる。ここが奇妙なんだ。


「なるほど……お前の言わんとすることが分かってきたぞ。」


「創造魔法は誰が作り出したんです?」


「それが、創造魔法の起源については良くわかっておらんのだ」


 あら、そうなのか。


「それがしは副伯といっても魔術師ではないからな……」


「いったん話を戻しましょう。僕らがこの世界にやってきた目的についてです」


「おぉ。さきほどは確か『エネルケイア』なるものを追ってきたと言ったな」


「はい、彼らは挑戦者です」


「挑戦者?」


「こちらの世界とは別の世界におもむき、そこで自分たちが誰よりも強いことを示す。それに喜びを感じ、それを目的としたクランが『エネルケイア』なのです」


「なんと迷惑な……気持ちはわからんでもないがな。あれだけの力を持っているのだ。きっとそちらの世界では退屈なのだろう」


「まぁ……そんなところですね。僕らは彼らを止めようとしています」


「お前たち『デュナミス』は『エネルケイア』は宿敵同士なのか?」


 む、これはどうするか。


 彼らと俺たちが宿敵同士、という風にするのは不味そうだ。

 そう発言すると、エネルケイアと最後まで戦わないといけなくなる。


 エネルケイアのメンバーやリーダーの気が変わることだって十分ありうるからな……戦うつもりだが、草一本も残さない、とかそういうつもりは無い。

 

「いえ……実は今回が初めてですね」


「何故だ?」


「それは……この世界が、これまで訪れた世界とは違うからです。これまで俺たちやエネルケイアが訪れた世界は、山の様に大きな怪物がいたり、天地が割れるような大災害が荒れ狂っている場所でした。

この世界のように穏やかで争いも何もない世界では――」


「お前たちが怪物になる、か。」


「……そういうことです。」


 ここで、俺とトリオンさんの会話に、ママが割って入った。


「閣下、領内でエネルケイアを追跡する許可をいただければ、我々『デュナミス』は、彼らを止めてみせます」


「合い分かった。そのように取り図ろう」


 彼がパチンと指を鳴らすと、従者が現れ、トリオンさんになにかの紙を渡す。


 トリオンさんは従者から受け取った紙の上で軽やかにペンを動かして署名をすると近くにあった蝋燭の蝋を垂らし、指輪で捺印した。


 なるほど、あれがエネルケイアを追跡するための許可証になるのかな?


「よし、ママとかいったな。これを持て」


「は、はいッ、ありがたく受け取らせていただきます……!」


 ママはちょっとしどろもどろになって紙片を受け取った。

 それを見たトリオンさんは何か嬉しそうだ。


「それはお主らに、人を捕まえて良い権利を与える許可証だ。衛兵どもに何か言われたら『それ』を見せると良かろう」


 わ、思ったよりも重要そうなのをもらった。

 無くさないようにしないといけないが、ママなら大丈夫だろう。


 ――ふぅ。これで第1段階はクリアっぽいな。

 あとは創造魔法に関する取引をしよう。


 あ、でも俺って魔法のプロフェッショナルなんだから、魔法の研究に必要なんですってそれっぽいことを言い張れば良いのか。


 ありがとう俺! アークメイジで良かった―!


「あとはトリオンさん、研究用に『創造魔法』をいくつか提供してくれませんか?」


「む、そういえばユウどのは魔術師だったな。我々が使う創造魔法に、何か気になることでもあったのか?」


 トリオンさんはいちいち鋭い質問を飛ばしてくるな……。

 んーっと……どういう理由にしよう……ま、こんな感じでいいか。


「はい。創造魔法がどうやって動くのか? それと、我々とこの世界の人々の間に、どうしてそこまで魔法の威力に差があるのか? これについて調べたいのです」


 創造魔法を調べたい理由を俺がトリオンさんに告げると、彼はぎゅっと眉間にしわを寄せ、渋い顔をして続けた。


「うーむ、それは少し難しいかもしれんな……」



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