幕間4『師匠、その力を失くした日を語る』
「それでは、こちらのお部屋でお待ちください。後ほどお呼び致しますので」
そう言って、私――リヲ・スオウと”五虹の勇者”オルディオとをここ……王都ズィガンマの城にある一室まで案内した使用人の男性は、さっさと去って行ってしまった。
オルディオから伝えられたズィガンマ王との接見。
それを果たすためにこうして王城を訪れたわけだが、やはり落ち着かない。
そして意外なことに、それはオルディオも同様らしかった。
この部屋に案内されてからというもの、そわそわと脚を揺すったり入口の扉へ何度も視線を走らせたりと、明らかに落ち着きを失くしている。
流石に一国の王と会うとなれば緊張するのだろうか?
なんだかオルディオに初めて人間味を覚えて、少し安心……などは、出来なかった。
(先程の"アレ"は一体……)
思い起こししていたのは、この部屋に来るまでの記憶……。
城の入り口で待っていた使用人に先導されながら、廊下を歩いていた時のことだった。
○
使用人に連れられ歩く、私とオルディオ。
その向かい側から騎士と思しき二人の青年が歩いてきたのだけれど……私の前を行くオルディオの顔を見て、露骨に顔を顰めた。
それに気づいた瞬間に、城に入ってから若干の緊張を纏っていたオルディオの表情に、愉悦が浮かぶ。
騎士2人は見るからにしまったとばかりの顔を見せるも既に遅く、オルディオは彼らに足早で歩み寄っていった。
「やぁやぁお久しぶりです〜。どうです、調子は?」
「い、いえ……どうも」
「あれぇ? 歯切れ悪いですねェ〜? 騎士がそんなんじゃ護れるもんも護れませんよ? ……訓練なら、いつでも付き合ってあげますからねェ?」
「……っ!! い、いえ、大丈夫、です……ありがとう、ございます……オルディオ……"様"」
……"様"?
オルディオの不快な態度に胸が気持ち悪くなるのを感じつつ、違和感を覚える。
"勇者"とは、国が冒険者に与える称号……それは確かに誉れに違いない。
だが、それも冒険者間での話。
一たび貴族や王族の跋扈する階級制度を前にすれば、どうしたって下になってしまうことは想像がつく。それは騎士相手にも同じだろう。
にも関わらず、鎮災の旅路を任されるとはいえ一介の冒険者なオルディオ相手に、騎士2人があんなにも萎縮し、"様"付けで呼ぶだなんて。
もしやオルディオは有力な貴族、ともすれば王族の人間だったのだろうか……いや、彼の性格上、そうであるならむしろそれを前面に押し出して主張してきそうなものだが……?
そんなことを考えている内に、騎士相手に思う存分嫌味を押し付けたオルディオは、スッキリした顔でこちらに戻ってくる……。
私は、仲間である人間の被害を受けた騎士2人への申し訳なさから、しばらく彼らに意識が向いていた。
そんな中で、再び使用人に連れられ進み出す。
騎士2人も気を取り直したように歩みを再会する。
そうしてドンドン離れていく二間の距離……やがて騎士たちの気も感じなくなりつつある頃だった。
彼らに向き続けていた意識が、修行で鋭敏になった聴覚が……誰にも聞かせるつもりのなかったであろうか細い会話を、その断片を……捉えてしまった。
『……なんで、あんな…が……くそっ……』
『仕……ない…唯……”完全成功体”……勇…計……ズィガ……の未来……』
(……? "かんぜんせいこうたい"……?)
唯一聞き取れた単語らしきそれ……聞き慣れない……いや、産まれてこのかた聞いたことのないような言葉に、内心で首を傾げてしまった。
よく分からないが、諦めたような物言いだったのもあり……オルディオがその"かんぜんせいこうたい"という……称号? 爵位? を持つから、彼らは騎士の身分でありながら頭が上がらないのだろうか。
とはいえ、オルディオにそれを確認する訳にもいかない。十分に距離を取った上で話していた訳だから、彼らもオルディオに話の内容を知られたくはないだろう。
浮かんだ疑問を胸に仕舞い込み、使用人の後に続く……"オルディオの後に"とは、申し訳ないがさっきの今では思いたくなかった。
○
そんな回想を打ち切らせるかのように、突如扉が開く音が響いた。ノックもなく、唐突に。
王城の使用人がそんな不躾なことを……? そんな疑問に先程までの回想を上書きされつつ、扉の方を見遣る
するとそこに立っていたのは、ここまで案内してくれた使用人とは雰囲気のまるで違うオドオドした男性。
メガネを掛けた猫背のその人は、それを持ってどう扉を開けたのか分からないぐらい大きな箱を抱えて立っていた。
「お、おまたせしまし――」
「おっせぇよ! 待たせやがって!」
男性が部屋の中まで入るのも待たず、オルディオが飛びつくように彼へと走り寄る。
少なくとも訪れた彼が王との接見の場へ案内してくれる方には見えず、オルディオの態度もそんな相手への態度とは思えない。
何かがおかしい……そう思い、狼狽半ばにオルディオに声を掛けた――
「オルディオ……? この方は――」
「ん? さぁて、誰でしょうね〜……っと」
オルディオが私を横目に、箱に触れる――瞬間に、箱から飛び出す四つの何か。
こちらに飛来し、手に、足に、纏わる。引っ張る。バランスが崩れる……。
ただの一瞬。気を練る間もない。
はたと気づけば、両手両足、その両方を上下に伸ばすように拘束されて、床に倒れ伏す。
咄嗟に身体をうごかそうとしても、身を捩る以外何も出来ない。
「な、な……っ!? 何が――」
首を動かし、手を拘束する何かを見て……目が自ずと見開かれる。
私を拘束していたのは――オルディオの大剣に備えられている魔石。
二個一対で発生させる魔法が、私の手足を拘束していたのだ。
「おっ、反応上がってんじゃん。”巨人の掌”の連中もいい仕事するな」
「い、いえいえ……それで、その、件の提供してくださ――って、ええっ!?」
彼らの会話を聞く余裕などなく、必死に拘束を解こうと気を練らんとする……だが、何故かそれが出来ない……ッ!!
身体に渦巻く気に意識を集中させても、次の瞬間には離散してしまう……ッ!?
こんなものは知らない、分からない、有り得ない……ッ!
そもそも気に干渉する何か――それこそ膨大な魔力なんかがあればすぐに気づく筈だ。
この城に入ってからずっとそんなものは感じなかった、だとすれば……今しがた入ってきたこの男の仕業か!?
「お、オルディオ・ゼイ……ビス……ッ!! なに、を……ッ!?」
「おおおオルディオ様!? この方アレですよね!? 例の処分の協力者の方ですよね!? ま、ま、マズイのでは!?」
「あーうっせうっせ、両方うっせぇわ。……オイ」
オルディオは私を尻目に、もう一人の男の頭を掴んでグラグラと揺らす。
「――ガタガタ抜かしてねぇで、俺の言う通りにしときゃいいんだよ。お前らの尻ぬぐいに関しちゃ、面子以外ぜんぶ俺が一任されてんだ……分かってるよな?」
「か、か、かしこまりました……」
足音が、近づいてくる。
必死に気を練ろうと、拘束を解こうと……この理不尽から逃れようと、足掻く、足掻く……。
でも無理だ。できない。力が入らない。ダメだ。嫌だ。誰か……カザク……ッ!!
「じゃあな、これまでのルヲちゃん。次目ェ覚ましたら……多少は従順になっててくれよなァ?」
オルディオの……悪魔の声が、頭に響いて……全身に走る痛みに、私は気を失った……。
〇
「ふぅー……すぅ……」
そして、少し時と場面が移る。
星々が夜空に煌めく王国ズィガンマ、その外れにある空き地……。
そこに、私は……ズィガンマ城での”何か”を経た……”はず”の私は、一人立っていた。
あの後……二度と目を覚ませないのではと恐怖を覚えるような意識の消失の後……私は、宿のベッドで目を覚ました。
上質な寝具の柔らかさを堪能する間もなく、すぐに先程までの恐怖がぶり返す……。
外を見れば、昼前だったはずの外はすでに夜が更けていた。
ふらつく足でベッドから這い出て、部屋の外に出れば……ロビーでは一息ついている様子のオルディオの姿……。
未だ神経に焼き付く恐怖を振り払って、当然問いただした。カラカラの喉が痛むのも構わず。
――私に何をしたのか。王城での出来事は、いったいなんだったのか……!?
けれど、オルディオは平気な顔でこう言った。
『……なんのことだよ。お前、外でぶっ倒れてたんだぞ? まぁ無茶言ってた俺も悪いけどよ、大事な国命の途中なんだから体調管理はしっかりしろよな』
そう言い、虫でも払うように手をしっしと振って追い払おうとしてくる。
そんなことで納得いくはずがない。あの時の記憶も……恐怖も、絶望も、全て焼き付いている。
だが、私は退いた……それは、オルディオを前にした瞬間にぶり返した血の凍てつきのせいもあった。
けれど一番は、ある予感がそうさせた。
感じた途端、確認せずには居られなかった。
それさえ私の勘違いなら、もう城に行ったことも、その時の恐怖も、全て悪い夢でも構わないとすら思って――否、縋っていた。
そうして私は人気のない場所を探し、こうしてここに立っている。
誰もいない空間……喧噪もなく、集中するには持ってこいだ。
ここでなら、いくらでも試せる……ここですら、無理であるのなら……そんなのはもう……。
「すぅ――ふっ!」
気を練り、四肢へと満たし、拳に纏う。
イケる。出来る。当然だ。ずっと繰り返してきたのだ。出来ない筈がない。
それはそうだ。当たり前だ。そうだ、そうだ、そうだ!
続けて気を放つ――私が最も得意とする技術。ああ、カザクはこれが苦手だった。帰ったらしっかり修行をつけてあげないと! 災魔獣を討って、故郷に帰って、皆にカザクを自慢の弟子だと――!!
「……ッ!? ぁ”、ぃ”……ぁ”!?」
――全身の血の流れを、呼吸を……気が、堰き止めている。
脚から力が抜ける。ぐらぐら揺れて、倒れ伏す……。
体を打ち付けた痛みすら鈍い。最悪を察してあふれる涙までキレが悪い。
嗚呼、嘘……うそだ……こんな……こんなの……っ。
「お姉さ~ん! またね? 美味しそうなの見つけてきたよぉ~! あっ、でもコレ一個しかないかお姉さんは食べられないねぇ~ざんねェ……お姉さん!?」
誰かの声が聞こえる。でも聞こえない。分からない。思考に回るべき血すら流れを止めている……。
そんな思考でも……薄れゆく意識でも……理解した……できて、しまった……。
私は……産まれた時から共にあった力を……今日まで培ってきたすべてを……カザクの師であるための資格を……。
輝皇拳を扱う力を……完全に、喪失したのだ……。
――――――――――
幕間4、読了ありがとうございます。
『しゃいあく~』、『出来るだけ苦しんで〇んでほしい』、『頑張れ』
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