第十三章 攻防
ついに真犯人が明らかになった。
この場にいる者達が彼に痛切な視線を向けた。
しかし、彼の顔は他人事のようである。
これから、一体どんな闘いが始まるのか?
「・・・・・全く何を言い出すかと思えば。私が真犯人X?今、君が述べた事は全て飛躍的で不確定な確率の上で成り立っている想像や仮定をただ陳述しているだけですよ。こんな事で犯人にして貰っては心外だな。場合によっては名誉棄損で訴えますよ」
今川が強気な姿勢を執った。
「十九世紀を代表する偉大な物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルは「この世界の真の理法は確率論にある」という言葉を残しています。しかし、私は、それは物理学の世界だけではなく、世の中全てに共通する事だと考えています。私は今まで何か重要な事を発表する際に悉く口癖のように「恐らく」や「可能性」と言ってきました。その理由は何事でもどんな確証があっても100%そうだとは言い切れないからです。しかし、貴方がこの事件の真犯人でない確率が限りなく0に近い事は自明なのです」
「だから何を根拠に言っているのですか?その篠坂さんの名刺が実は透さんの物だったら、貴方は私に対するこの仕打ちに対してどう責任を取るつもりなのですか?」
「その名刺には今川さんの指紋が付着し、透さんの指紋は検出しなかったという鑑識結果が既に出ています」
「ええ、それは間違いないわ」
安藤が追認した。
「名刺というのは初めて会った人と挨拶をする際に一枚だけ交換するものです。よって、篠坂さんと今川さんの指紋付きの名刺は世界で一枚だけであり、あの日、あの時、初めて完成したという事です。そして、それがグランドタワーで発見されたという事は貴方が真犯人Xと言っているようなものなのです」
「それはどうですかね。私が篠坂さんと名刺を交換した後、直ぐにその名刺を落としてしまい、私がそれに気付かず真犯人Xが拾って、グランドタワーで落としたのかもしれないじゃないですか?」
「その名刺には貴方と篠坂さんと利恵さんの指紋以外付いていませんでした。もし真犯人Xが貴方の言う通り、貴方が篠坂さんと名刺を交換した後、直ぐに落としてしまい貴方がそれに気付かず、直ぐに拾ったのならばその真犯人Xの指紋も名刺に付いている筈です。従ってそれはあり得ません」
「でも、少なからずその可能性はありますよ。だって、真犯人Xはずっと手袋をしていたのかもしれないじゃないですか?」
「この梅雨の季節に手袋ですか?そのオープンパーティー会場にいた真犯人Xは大層目立ちますね」
「手袋でなくても、例えば名刺をハンカチか何かで拾ったらどうですか?」
「一体どういった理由で落ちている名刺をわざわざハンカチを使い拾うのですか?」
「・・・・・まぁ、百歩譲って私がグランドタワーで利恵さんを殺害しに行く際、その名刺を落としてしまった。ここまでは取り敢えず受け入れます。それよりも貴方はそれぞれの事象に対する根拠や証拠、トリックを我々に提示していません。そろそろ勿体ぶらずにそれを話してくれませんか?」
「分かりました。今、貴方の抱えている審問は判っています。一、「岐阜県美濃市の山林で発見された死体が今回のハイジャック犯を演じた銀行強盗犯達だという決定的な証拠はあるのか?」二、「今まで私は何処に銃を隠していたのか?」三、「透さんと利恵さんが行方不明者達の死体と銀行強盗犯達の死体と透さんと利恵さんが着ていたハイジャック犯の服装を隠していた部屋はそれぞれ何処なのか?」四、「どうやってハイジャック犯達が用意したあのクジの中から利恵さんと私は当たりクジを引けたのか?」五、「十人のハイジャック犯が透さんと利恵さんに殺害された証拠はあるのか?」六、「どうやって私が透さんと利恵さんを殺害出来たのか?」七、「私が透さんと利恵さんを殺害した証拠はあるのか?」八、「そもそも透さんと利恵さんの死因は自殺や事故ではないのか?」ですね」
「・・・・・九、「そもそも透さんと利恵さんがハイジャック犯達と共犯である証拠は?」十、「私が真犯人Xである証拠は?」も追加でお願いします」
「先程私が言った、透さんと利恵さんがそれぞれのハイジャック犯達と共犯でなければあの状況が起こり得る可能性は限りなく0に近い事と、グランドタワーにあった貴方の指紋付きの名刺では納得して頂けませんでしたか?分かりました。でしたら質問九、十からお先にお答え致します」
「ええ、そうして下さい」
「しかし、予め言っておきますがこれ以上私が用意したその証明の為の証拠はありません。しかし、根拠ならまだあります。従ってその根拠で貴方を納得させるしか手はありません。それで宜しいでしょうか?」
「分かりました。それがちゃんとした根拠なら大人しく納得しますよ」
「有難う御座います。まず、質問九の「そもそも透さんと利恵さんがハイジャック犯達と共犯である根拠はあるのか?」なのですが、透さんにしても利恵さんにしてもあの彼らによる反撃の後のハイジャック犯達の行動に不可解な点がありました。先程も言いましたがハイジャック犯達が仲間を殺害された理由で透さんと利恵さんに復讐、つまり、透さんと利恵さんを殺害したのならば、わざわざ何処かに連れて行かなくてもその場で射殺すれば良い事です。また、そうすれば「反撃した人間はどうなるか」という我々への見せしめにもなった筈です。そして、行方不明者の死体十体、つまり、あのよう大量に目立つモノを誰にも気付かれず事前に持ち込められるのはスカイタワーのオープンパーティーの主催者で尚且つ、自由にグランドタワーに行く事が出来る透さんがそれに関与していなければ難しい事でしょう。また、スカイタワーのオープンパーティー会場でハイジャックが開始される時、透さんがハイジャック犯に向かって「おいおい、なんだ、お前達。私ですらこんなサプライズは聞いていないぞ。それにお遊戯にしては少しやり過ぎではないのか?」と言いました。そして、その後ハイジャック犯はこう答えました。「なんだ、貴様、俺はさっき勝手に喋るなと言った筈だ」と。つまり、この時点ではハイジャク犯が今目の前で話している人物がこのオープンパーティーの主催者、笹野透だとは知らなかった風に聞こえます。そしてその後、ハイジャック犯が「ここの最高責任者である笹野透氏は自動的にグループ2のメンバーに入って貰う」と言った直後、ハイジャック犯から「笹野透、さっさと壇上に上がれ」や「ああ、貴様が笹野透だったのか」がなく、ごく自然な形で透さんは壇上に居続けていました。これは透さんとハイジャック犯達が共犯でなければ少し不自然な事だとは思いませんか?そして質問十、「私が真犯人Xである根拠は?」なのですが、これは貴方がハイジャック犯に連れて行かれた透さんを詮索しに行く直前の十階の1007号室での会話を思い出せば良い事です。貴方はあの時、部屋の外を覗いてハイジャック犯の有無を確認し、「ハイジャック犯達が外にいないから透さんを詮索しに行こう」と言い出しました。あの時間にそれを言ったのは透さんと利恵さんの犯行が丁度終わる頃だったからです。そして、貴方はその場を仕切り、全員に「グループ行動だとハイジャック犯に見付かる可能性が高い」と心理的不安を煽り、頑なに単独行動を推していました。よくよく考えてみたら単独行動だろうがグループ行動だろうが全員が動けば、ハイジャック犯達に見付かる可能性は大して変わらないと思いませんか?もしあの時、自分だけ単独行動を執っていたのなら真犯人Xの候補者は貴方だけですからね。つまり、貴方がそれを推したのは出来るだけ多くの真犯人Xの候補者が欲しかったからです。また、貴方は自分の話や私と囲碁、皆でトランプをする事を積極的に勧めて姑息し、透さんと利恵さんがハイジャック犯達を殺害する為の時間稼ぎをしていました。そして、あの十三時の集合時間に遅れたのも貴方でした。その詳しい理由は後からお話しますが、恐らく利恵さんを殺害する為のトリック回収や矛盾を回避する為に予想以上に時間が掛かってしまったので遅れたのでしょう」
「・・・・・しかし、質問九は岐阜県美濃市の山林で発見された死体が今回のハイジャック犯を演じた銀行強盗犯達で、ツインホテルで死体となって発見されたのは銀行強盗犯達の代わりになった行方不明者達だったのが正しい前提の場合と、質問十はハイジャック犯達が透さんと利恵さんに殺害されたのが正しい前提の場合に成り立つ根拠でしょう」
「はい、その通りです。ですから、私は先程自ら、貴方が私に投げ掛けるであろう質問を幾つか挙げました」
「だったら早くその自分で投げ掛けた質問に答えて下さい」
「分かりました。今から全てお話します。まず質問一、「岐阜県美濃市の山林で発見された死体が今回のハイジャック犯を演じた銀行強盗犯達だという決定的な証拠はあるのか?」なのですが、これは決定的な証拠があります。実は山林で発見されたのは銀行強盗犯達だけではなく、もう一つある物が発見されました。それに貢献してくれたのは妙子です」
「わっ、私が?」
「一体、秋山さんはどんな貢献をしたんだい?」
篠坂が興味津津に訊いた。
「妙子がハイジャック中にスカイタワーのハイジャック犯一味にお菓子をあげた事です」
「おっ、お菓子?」
私はあの時の事を思い出した。
「はい、実は山林で発見された銀行強盗犯達の死体の内、浦木次郎のポケットの中から妙子が六月八日の名古屋観光の際、大須で買ったクッキーが発見されました。つまり、この事はあのハイジャック犯達が銀行強盗犯達だったという決定的な証拠です。恐らくこのような流れで、浦木次郎の死体のポケットの中に妙子のクッキーが入っていたと思います。まず、スカイタワーで生き残っていたハイジャック犯三人は透さんから行方不明者の死体を二十七階の2714号室に運び、今自分達が着ているハイジャック犯を演じる為の服装を脱ぎ、自分達は人質達の中に紛れても可笑しくないスーツに着替える事を予め指示を受けていた。その際にクッキーを妙子から貰った浦木次郎は今まで着ていたハイジャック犯の服装のポケットから新しく着替えたスーツのポケットの中に入れ替えた。そして、それに気付かず、貴方は浦木次郎の死体を山林まで運び、放置した。だから、妙子のクッキーが浦木次郎のポケットの中から発見されたのです」
「・・・・・それが秋山さんから貰ったクッキーである証拠は?」
今川がまるで今までと性格が変わったように証拠の提示を求めた。
「そのクッキーには妙子の指紋が付着していました。これは山林で浦木次郎の死体のスーツのポケットの中から発見されたクッキーが妙子が大須で買ったクッキーだという決定的な証拠です。妙子はそのハイジャック犯とここにいるスカイタワーで人質にされていたメンバー以外にはそのクッキーをあげていません。よって、あの山林で死体となって発見された浦木次郎はスカイタワーでハイジャック犯を演じていた一人です。つまり、発見された内の一人がハイジャック犯だったとしたら残りの二人もハイジャック犯だったという事です」
「・・・・・」
「反論がないようなので次の質問に行きます。質問二、「今まで私は何処に銃を隠していたのか?」なのですが、まず、貴方は透さんと利恵さんが犯行を終えるまで銃を持っている必要はありません。ですから貴方はあの透さんの詮索の時、真っ先に今まで隠していた銃を取りに行った筈です。その銃の隠し場所は具体的には私には判りませんが、人に見付けられにくい場所に隠していたのでしょう。例えばトイレの用具入れなどです」
「・・・・・ですけど私が銃を隠していたはっきりとした証拠はない」
「ええ、確かにその証拠はありません。しかし、この事はそれよりも実際に貴方にそれが出来るという方がよっぽど重要なのです」
「・・・・・ああ、そう言えば、まだどうやって、十体ものハイジャック犯の死体を森林に運んだのかを聞いていませんでしたね。いや、そもそもどうやって、現場検証の間、警察にばれずにハイジャック犯達の死体を隠していたのか?幾ら、多くの部屋があるとは言え、警察の捜査なんだから、気付かれるでしょう普通」
「それは質問三の答えと合わせてお答えします。十体ものハイジャック犯の死体を森林に運ぶ方法は大きい車に乗せて、運べば良いですから、深夜といった時間帯に警察や他人に気付かれずに、貴方が侵入出出来る部屋に死体を隠しておけば良い事です。そして、両ホテル自体に侵入出来る方法ですが、ツインホテルには裏口があります。その存在は透さんの口から出たのはスカイタワー組の皆さんは知っている筈です。貴方はそれを使って、ツインホテルに侵入したのでしょう。そして、透さんはその時、その一枚で両ホテルに出入り出来る裏口のカードキーはホテルのフロントに保管されているとも言いました。貴方がその裏口のカードキーを手に入れた流れはこうでしょう。透さんがホテルのハイジャック犯達を殺害した後に、爆破スイッチを置きに行く時にフロントから裏口のカードキーを奪い、それを貴方が透さんを殺害した後に奪った。そして、ハイジャック事件後は我々は警察の事情聴取に応じる為に直ぐにホテルを後にしたので、裏口のカードキーがフロントにない事に気付きませんでした。そして、貴方方がハイジャク犯達の死体を隠していた部屋は警察の現場検証の範囲ではない場所つまり、今回の事件とは関係のない部屋です。以前、安藤警部が私にスカイタワーとグランドタワー全ての部屋を捜査する訳ではないと言いました。つまり、死体達を隠せられる部屋は少なからず存在するのです。例えばスカイタワーなら専用のプールが付いているVIPルームがありますし、グランドタワーなら専用の人口温泉が付いているVIPルームがあります。つまり、その部屋の中にそれぞれ五体の死体を隠すスペースは充分にあるという事です。また、グランドタワーの方のVIPルームには冷凍した死体達を一気に大量に解凍出来る温水付きのシャワーが多く付いています。そして、その部屋のカードキーとスペアキーはスカイタワーの方は透さんが主催者の特権で「私が預かっておく」と言えば簡単に手に入れられますし、グランドタワーの方は事前に利恵さんか透さんがホテルのフロントから盗み出しとけば良い事です。そして、その部屋の有力候補として、やはりスカイタワーもグランドタワーも透さんが全て管理していたVIPルームの何処かの部屋だと考えられます。根拠は事前に行方不明者達の死体を誰にも気付かれずに運び込み放置する事も仮に透さんが生きていて、警察の捜査が事件後及ばない可能性が高くなるからです。そして、そのVIPルームは恐らくスカイタワーの方は3608号室です。何故なら、昨日、安藤警部に頼んでVIPルームの全ての部屋を捜査して貰ったのですが、3608号室から身元不明の血痕が発見され、恐らくそれはまだ発見されていないハイジャック犯の誰かの血痕でしょう」
安藤が頷いた。
「・・・・・ああ、そう言えば透さん、オープンパーティーが始まる前にグランドタワーの三十六階のVIPルームから出て来たんだった。何号室かは確認出来なかったけど」
ここに来て半籐君が初めて喋り、御神君の推理を援護射撃した。
「あっ、私も思い出しました。確か、オープンパーティーが始まる少し前にグランドタワーの従業員の方が昨日からずっと3603号室のVIPルームのカードキーとスペアキーがなくなっていると言っていました」
氷室さんも的確に援護射撃をした。
これで決定的だ。
「そうだったのですか。・・・・・・・・・・分かりました。それは事件後、警察の捜査からハイジャック達の死体を山林に運ぶまでにその死体を隠しているVIPルームから目を背ける為のちょっとした透さん達の工夫ですね。もしハイジャック犯達の死体を運ぶ前に両ホテルのVIPルームのカードキーやスペアキーが盗まれた事を知られたら、警察はその部屋を捜索してしまいます。そうならない為に恐らく、ハイジャック事件以前に行方不明者達の死体をVIPルームに運んだら、フロントに一旦カードキーの方だけを返したのでしょう。そして、行方不明者達を隠していたVIPルームと関係のないVIPルーム、つまり、グランドタワーの3603号室のカードキーとスペアキーを盗み出した。勿論、スカイタワーでもその小細工をしたかどうかは分かりません。そして、結果的にはオープンパーティーが始まる直前まで、ハイジャック犯達を隠している部屋はおろか、その昨日まで3603号室のカードキーとスペアキーがなくなっている事すら、気付かれませんでした。そして、透さんと利恵さんがそれぞれのホテルにハイジャック犯達の死体を部屋に運び、爆破スイッチを一階に置きに行って、暫く時間が経った後にまた一旦、両ホテルのVIPルームのスペアキーを返すつもりだったのでしょう。何故なら、まだこの時は二人共ハイジャック犯の服装をVIPルームに隠していないので、その時には返せないからです。勿論、その服装は後で貴方がハイジャック犯達の死体を運ぶ際についでに処分した筈です。そして、警察の捜査が終了したらまた裏口から両ホテルへ侵入し、フロントからハイジャック犯達の死体を隠しているVIPルームのスペアキーを奪い、山林に運ぶ前に返すつもりだったのでしょう。しかし、それは貴方に透さんと利恵さんは殺害されたので幻の三回目になってしまいましたが。よって、VIPルームのスペアキーは一週間程度のフロントにあるつもりだったのですが、貴方が奪った事によりその予定がなくなってしまったのです。そして、私が先程確認して来たのですが今は勿論、フロントに全ての部屋のカードキーとスペアキーはありました。貴方がハイジャック犯達の死体を山林に運ぶ前に戻したのですね。そして、グランドタワーの3603号室のカードキーとスペアキーを持っていた透さんか利恵さんから奪い、ハイジャック犯達の死体を運ぶ前に一緒に返したのでしょう。そして、透さん達が何故そのような回りくどい事をしたかったというと警察の推理がもしハイジャック犯達を山林に放置するまでにあの事件の人質の中でハイジャック犯達との共犯の存在やそのハイジャック犯を殺害した者の存在まで行き着いたら、ハイジャック犯達を隠している場所の存在まで必ず捜査する事になります。そうなった場合に警察はハイジャック事件の前から盗まれているカードキーとスペアキーの部屋を疑う筈です。しかし、当然その部屋からは何も出てきません。盗まれているカードキーとスペアキーの部屋から何も発見されなかったら捜査は振り出しに戻り、撹乱出来ます。そして、当然、自分達が立てた計画を全て推理しなければ、カードキーを手に入れられる過程、戻す過程も分かりません。そうなると警察は推理が間違っていたのかもという幻想に陥り、また、そうする事で本当は見られたくない部屋から注目を背ける事が出来る筈です。何故なら、カードキーやスペアキーが盗まれていないその近くにハイジャック犯達の死体がある筈がないという心理が働くからです。このようにして、透さん達は死体を隠しているVIPルームの存在を警察の捜査から目を背けさせ、撹乱させる工夫をしようとしたのです。そして、もしかしたら、透さんはオープンパーティーが始まる前のグランドタワーでの半藤達の存在に気付いていたのかもしれません。つまり、透さんはスカイタワーからグランドタワーへ渡り廊下を渡って向かう半藤達に偶然見てしまった。そして咄嗟にこう思った。「この状況を利用しようと」。だから機転を利かせこう考えた。「半藤君達は渡り廊下の扉が開いているという事は昨日の話を聞いているから、私が開けたと思っているに違いない。だったら、理由は分からないが私がグランドタワーにいる事自体は不思議に思ってはいない筈だ。だったらいっその事、こっちのホテルで私の姿を見られた方がいざとなった時に私が事前にスカイタワーの犯罪に加担している時間はなかった事の証人になってくれる。だから、ハイジャック事件が始まる前のアリバイがある事を証明してくれた方が今後有利だ」そして、半藤達の後をつけ、三十六階まで上がった時、再びこう思った。「ラッキーだ。今丁度、予め盗んでおいたVIPルームカードキーがある。彼らと直接会うよりも、私を見ただけにして先回りして渡り廊下の扉を閉め、グランドタワーのオープンパーティーに参加してくれた方が事件中には最低でも渡り廊下が開いていた事を多くのスカイタワーの人達に知られなくて済む。もし今彼らの背後から部屋の扉を自然に開ければ、絶対に気付いてくれる筈だ。今、彼らは部屋の前を歩いているから、その部屋が3603号室だとは気付かれない。カードキーが例え盗まれている事を知ってもこの部屋の物だとは絶対に気付かれない筈だ。後で私にこっちにいた理由を訊かれたら、適当にシステムチェックと嫁に会う為にしよう」。恐らく、こう考えた筈です」
御神君の頭の回転の速さと豊かな想像力に恐れが入った。
「・・・・・では仮に君の言う通りだとして、もし現場検証中にハイジャック犯達・・・・・いや、銀行強盗犯達の死体を警察に強引に部屋を突破され、見付けられたら私はどうするつもりだったなのかな?」
「その時はその時です。もし警察に銀行強盗犯達の死体を隠している部屋が両ホテル共ばれたら、銀行強盗犯達がこのホテルに別の要件つまり、強盗で押し入りそれがハイジャック犯達に見付かって殺害された被害者達かハイジャック犯達と何処かで組んでいて、何か計画としてハイジャック中に何処かに隠れていて、実際にやっていたハイジャック犯達が自殺したからそれを追って自殺したという事で一応筋は通ります。そして、最悪、透さんと利恵さんの罪までを貴方が自ら喋り、それが原因で悔恨し、透さんと利恵さんが自殺したと我々に言えば良い事です。そうなったら、貴方にとって銀行強盗犯達の死体が警察に見付かられようが見付かられないようがどっちでも良い事です。しかし、そうならない為に先程も言いましたが、透さん達はハイジャック犯達の遺書に「一階のロビー以外では爆弾が仕掛けられていない」という内容の文を付け加えたのでしょう。また、もし貴方が透さんの詮索の時、多数決で負けていたら、今回は透さんと利恵さんの殺害は中止し、計画を練り直し、後日殺害するつもりだったのでしょう」
「・・・・全くさっきから君の空想が多いですね」
「次は質問四、五、六と一気に行きます。質問四、「どうやってハイジャック犯達が用意したあのクジの中から利恵さんと私は当たりクジを引けたのか?」のトリックですが、まず、利恵さんと貴方はそれぞれ計画を立てられたという事から、当然ハイジャック犯の計画を事前に全て知っていた訳です。つまり、貴方と利恵さんはあのクジ引き大会が開かれる事を事前に知っていたという事です。しかし、貴方と利恵さんでは違う事があります。それは、利恵さんはハイジャック犯達と共犯で、貴方はハイジャック犯達と共犯ではない事です。更に言うと貴方は、ハイジャック犯達はおろか、透さんとも、利恵さんとも共犯ではありません。従って、貴方が使ったトリックと利恵さんが使ったトリックは若干違いますが、根本は同じです。それを踏まえてまずは貴方がどうやって当たりクジを引けたのかを明らかにします。まず、そのトリックを実行する為の下準備として貴方はオープンパーティーに長い袖のシャツか上着を着て、そのクジ引き大会に参加する必要があります。また、事前にその当たりクジの形や大きさ、文字の色、文字の形を知っていなければならない事も必要条件です。ここまで言えばもうお解りになった方がいらっしゃるかもしれませんが、貴方はまず、その当たりクジと全く同じ物を事前に自分で作り、貴方がクジを引くまでそれをシャツの袖に隠しておく。そして、クジを引く際、貴方はあの箱の中でクジを引く振りをし、袖口から当たりクジを取り出せばクジは絶対に当たる事になります。つまり、私が当たりクジを引き、クジ引き大会が終了したあの時点ではまだ当たりクジは一枚残っていたのです。また、貴方は当たりクジが全て出る前にクジを引きたく、出来るだけクジ引きする場所の近くにいて先の方にクジを引いた筈です。実際、貴方が引く時にはまだ当たりクジは五枚残っていました。そして、その根拠として、貴方はクジを引く時もたついていました。あれは袖口からクジを取り出すのに手間取ったからですね。また、あのハイジャック犯による身体検査を行われてもその貴方が袖に隠し持っていたクジは小さな紙ですからまず気付かれないでしょう。そして、利恵さんが使用したトリックも貴方が使ったトリックと同じです。ただ、利恵さんの方はクジ引きを早く引く必要はありません。何故なら、利恵さんとグランドタワーのハイジャック犯達は共犯ですから、クジ引き大会の内容を事前に打ち合わせしていた者同士だったという事です。しかし、もしかしたら、それを逆手にとって敢えて早めにクジを引いてハイジャック犯達との関連性を気付かせない工夫をしたのかもしれません。よって、グランドタワーのクジ箱の中には元々当たりクジは七枚しかなかったという事です。そして、利恵さんは貴方と同じく自分の上着の袖口に全く同じ形、大きさ、同じ文字の色、文字の形の当たりクジを隠しておき、箱の中からクジを引く振りをして袖口から当たりクジを取り出したのです。私はオープンパーティーの時着ていた利恵さんの服装を見ていませんでしたが、後日三堂が、利恵さんが死体となって発見された時の服装とオープンパーティーの時着ていた服装は同じだったという事を証言してくれました。私が利恵さんの死体を見た時の服装は貴方と同じく長い袖のスーツを着ていました。続いて質問五、「十人のハイジャック犯が透さんと利恵さんに殺害された証拠はあるのか?」なのですか、実は私が3008号室で透さんの死体とハイジャック犯の死体を発見した後、単独で3501号室に行った時、わずかに壁に付着していた血痕を見付けました。恐らく、透さんと利恵さんは早く犯行を終わらせたいが為、その拭き残しの血痕に気付かなかったのです。そして、後日安藤警部にお願いしてその血液型とそこで死体となっていた青葉悟の血液型を調べて頂いたら壁に付着していた血液型はB型で、青葉悟の血液型はA型でした。つまりその部屋で発見された死体とは違う血液を流した者がいたという事です。さて我々が七時にハイジャック犯達に脅され、その部屋を出る時にはその血痕は壁に付着してありませんでした。それは貴方も知っている筈です。そして、私が十三時五十分頃に再び、その部屋に行った時には壁に血痕が付着してありました。さてその間に誰がその壁に血痕を付け、誰がその者を殺し、誰が死体を運んだのでしょうか?最後にその部屋のカードキーを持っていたのは3008号室で死体となっていたハイジャック犯で、それをポケットの中に入れたのは透さんと解釈出来、その間一階のロビーで足音が聞こえたのは一回だけでそれは透さんの可能性が高いので、他の者がスペアキーを取りに行った形跡はありません。よって、あの時間帯フリーで、その部屋のカードキーを持っていた可能性があるのは透さんと利恵さんとスカイタワーのハイジャック犯達だけで両ホテルのハイジャック犯達が透さんと利恵さんを殺害していない以上両ホテルのハイジャック犯達が透さんと利恵さんに殺害された事にしかならないのです。続いて質問六の「どうやって私が透さんと利恵さんを殺害出来たのか?」のトリックをお答えします。まず、予定通り正午に貴方は透さんを詮索しに行く振りをして何処かに隠していた銃を取りに行きます。そして、透さんが帰って来る筈の部屋、つまり三十階の3008号室の近くで待ち伏せし、取り敢えず透さんの右肩を撃つ。私は佳純、妙子、二宮さんと共に透さんを詮索しに行き、少し時間が経った時、かすかに「ドーン」とした音を聞きました。恐らくそれは貴方が透さんに発砲した銃声音だったと思います。そして、貴方は廊下に散らばった血を拭き、今度は指紋付着防止の為手袋をし、透さんから三十階の3008号室のカードキーを奪い、部屋の床に血を流す為にもう既に瀕死状態の透さんを部屋に入れてもう一度透さんに今度は左胸に向かって発砲する。そして、既に死体となってその部屋の中にいる行方不明者の死体をバスルームに移動させ、温水のシャワーを浴びさせ、ニット帽を置き、その行方不明者の床に散らばっている血を掃討し、部屋の冷房の温度を十八度と「切りタイマー」を十八時に設定し、透さんからグランドタワーに行く為のIDカードと銀行強盗犯達の死体と透さんが着ていたハイジャック犯の服装を隠している部屋のスペアキー、透さんが仮に持っていたらグランドタワーの3608号室のカードキーやスペアキーを奪い・・・・・」
「ちょっと待って御神君。その温水のシャワーと冷房は何の為に行ったの?それにさっき言いそびれたけど透さんと利恵さんの死体は行方不明者達の死体より暖かく、死亡推定時刻は行方不明者達の死体より前だったじゃない」
二宮が疑問を投げ掛けた。
「今川さんが両者の死体の温度調整を行ったからですよ。良いですか。今から話す事は複雑なので頭の中が混乱しないように詳しくお話します。まず、透さんと利恵さんが犯した事のおさらいからです。透さんはオープンパーティーが始まる前にグランドタワーへ行っています。そして、恐らくその理由は利恵さんと計画2の最終確認をする事と行方不明者達の死体が、我々が発見した時に死後数時間程度になるよう丁度良い温度になっているかの様子を見る為です。何故ならば、透さんと利恵さんは両ホテルのハイジャック犯達が全員、大体同時刻で自殺した事にしたかったからです。正確に言うと、グランドタワーで人質にされていた方々が最後にハイジャック犯達を見た六月九日の八時から、我々がハイジャック犯達の代わりの行方不明者達の死体を発見するまでの間です。しかし、いざ行方不明者達の死体を放置してみれば、予想以上に死体の温度は解凍されるスピードが遅く、冷たかったのです。そこで、透さんと利恵さんはそれぞれの死体の温度を我々が死体を発見した時点で死後五時間以内位にする為に各部屋に「切りタイマー」を設定し、暖房を掛け、死体の温度を上げたのです。そして、我々が発見した時の行方不明者達の死体は思惑通り少し冷たかった程度でした。また暖房を掛ける事で、まだその時、解凍したハイジャック犯の服装が湿っていても乾かせられ、透さんと利恵さんがオートロックストッパーをして、明かりをつけたのも正午以降出来るだけ行方不明者達の死体の発見を我々に早くさせる為なら頷けます。次に、今川さんの立場からお話しします。今川さんは透さんと利恵さんがハイジャック犯によって殺害されたという事にしたかった筈です。よって、最低でも透さんと利恵さんと同じ部屋のバスルームで発見されたそれぞれの行方不明者の死体を透さんと利恵さんより後に死んだという事にしなくてはなりません。しかし、殺害された当時の透さんと利恵さんは幾ら部屋が暖まっている部屋に長い間放置した行方不明者の死体といってもその時には行方不明者の死体より暖かかったのです。そして、このまま放置しておけば当然既に死亡した者が生きている者を射殺する事は出来ないですから透さんと利恵さんはハイジャック犯より後に死んだ事が我々にばれてしまいます。そこで、今川さんはある行動を執ります。それは冷房を掛け、その温度を非常に低く設定する事によって透さんと利恵さんの死体の体温の低下を促進する事です。しかし、それぞれの行方不明者の死体もその部屋にそのまま置いて涼んでしまえば透さんと利恵さんの死体と一緒に体温が下がってしまい本末転倒になってしまいます。そこでそれぞれの行方不明者の死体をバスルームに連れて行き、シャワーで温水を浴びさせて死体を更に温めたのです。更に、そのハイジャック犯の血液がなくて、バスルームに行方不明者の血液が流れていなくても、シャワーで血液を流したと我々に思わせれば、自然な形で行方不明者達の死体を放置する事が出来ますし、まだその時、解凍したハイジャック犯の服装が湿っていても、シャワーの温水をその服装に掛ければ、誤魔化せるのです。また、今川さんは出来るだけ透さんと利恵さんとそのハイジャック犯達の死体の発見を遅くする為にその部屋のオートロックストッパーをせず明かりもつけなかったのです」
「でも利恵さんの方はもうこの時点では、とっくにグランドタワーの三十階の3004号室に戻って、着替えや後処理や自傷行為をしていた筈です」
「ええ、ですから貴方は利恵さんのいる部屋に入って利恵さんを殺害したのです」
「君は私が閉まっている扉を通り抜けたとでも言いたいのですか?」
「いいえ、貴方はハイゼンベルクの不確定性原理によるトンネル効果を期待して、扉に体当たりし続ける必要はありません。単純に利恵さんに扉を開けさせれば良い事です。それに必要なのは一枚の紙だけです。私は先程貴方の指紋付きの篠坂さんの名刺はグランドタワーの利恵さんの部屋で発見されたと言いましたが、その中でもその具体的な場所が今からお話しするトリックの解明の為のヒントを与えてくれました」
「一体、それは何処で発見されたのかい?」
思いがけない手柄をした篠坂が自分の名刺の行方を訊いた。
「その今川さんの指紋付きの篠坂さんの名刺は棚の上で発見されました。果してこれはどんな出来事が起こってそうなったのか?恐らくこうです。まず、貴方は透さんから奪ったIDカードを使い、グランドタワーの三十階の3004号室の前に行く。そして、貴方は財布の中から一枚の紙を抜き取り、それを扉の隙間から入れ、扉をノックしたかチャイムを鳴らした。そして、それに気付いた部屋の中にいる利恵さんがその紙を拾い見ればほぼ100%の確率で扉を開ける筈です」
「今川さんは一体どのような呪文を紙に書いて利恵さんに扉を開けさせたのだい?」
「恐らく「言い忘れた事がある。外で声を出すと、もしお前を探しに出ている人質達がいれば、俺の存在を気付かれる可能性があるし、そもそも、この部屋は防音でお前には聞こえない筈だから中に入れてくれ」といったような内容の紙です。まさか、この計画を知っているのは夫以外いないと思っていますから、利恵さんは安心して扉を開けた筈です。そして、貴方はもしかしたら利恵さんが覗き穴から一応、外にいる訪問者の正体を確認するかもしれないという可能性に備えて扉の右側に隠れ、利恵さんが扉を完全に開けるのを待っていたのかもしれません。そして、利恵さんが扉を完全に開けたら、直ぐに利恵さんの左胸を撃って射殺した。そして、今川さんが扉から入れた紙を利恵さんの手の中から回収し、透さんを殺害した時と同じく既に死体となってその部屋の中にいる行方不明者の死体をバスルームに移動させ、温水シャワーを浴びさせ、その行方不明者の床に散らばっている血を拭き、部屋の冷房の温度を十八度、「切りタイマー」を十八時に設定する。そして、右肩にも銃が撃ってあったのはその時には既に利恵さんが自ら手負いを負った後だったからです。そして、恐らく今川さんは紙を扉の隙間から入れる時、誤って篠坂さんの名刺も一緒に抜き取ってしまい、それも一緒に部屋に入れてしまい、それに気付いた利恵さんがそれも拾い、無意識に棚の上に置いたのでしょう。今川さんは一刻も早くスカイタワーへ戻りたかったので、その棚の上に置いてある名刺には気付かなかったのです。・・・・・三堂、確か君と氷室さんは十二時五十分頃に少し鉄臭い匂いを感じ、三十階の3004号室を訪ねたがその部屋からは利恵さんの返事がなかったそうだったね」
「えっ・・・・・うん」
御神君の突然のキラーパスにただただそう返事をするしかなかった。
「恐らくその原因はその時には利恵さんがもう既に亡き者になっており、その匂いは利恵さんの血でその部屋の中に今川さんがいたが居留守したのか、利恵さんはまだ今川さんに射殺されていなかったが着替えや後処理や自ら手負いを負う最中だったから居留守し、その匂いは行方不明者の血か利恵さんの血だったのかの二択ですが、この時間帯の事を考えると恐らく前者の場合でしょう。そして、最後に仕上げとして今川さんは利恵さんから銀行強盗犯達の死体と利恵さんが着ていたハイジャック犯の服装を隠している部屋である3603号室のスペアキーと利恵さんが仮に持っていたらグランドタワーの3608号室のカードキーやスペアキー、3004号室のカードキーを今川さんに殺害される前に利恵さんがハイジャック犯のポケットの中に入れたかどうかを最終確認し、利恵さんが着ていたハイジャック犯の服装を3603号室に隠し、急いでスカイタワーに戻り、透さんとハイジャック犯の死体がある三十階の3008号室に行き、透さんのポケットの中にIDカード、ハイジャック犯のポケットにその部屋のカードキーを入れ、銃をある場所に隠し、少し遅刻して堂々と我々と十階の1007号室の前に集合した。以上が、貴方があの時行った事で、後日そのハイジャック犯達の死体をそれぞれの森林に放置する時、透さんと利恵さんが使った台車を使い、その台車を破棄し、何処かに放置したのでしょう」
「・・・・・」
「そして質問七、「私が透さんと利恵さんを殺害した証拠はあるのか?」なのですが、名刺の件は貴方が十二時から十三時の間にグランドタワーの三十階の3004号室に行った事しか証明していません。それも透さんからIDカードを奪わず、セキュルティーを掻い潜って、警察にも気付かれずに外からグランドタワーへ行き、名刺を偶々落とし、利恵さんがそれを拾い、スカイタワーに戻って来たという限りなく不可能な事をしたと言っても、他人の心理状況など結局は理解出来ないものですから、その絵空事の理由をついても幾らでも言い逃れが出来、貴方は本心を吐露しないでしょう。しかし、人を殺す理由はどんな奇人、変人であってもそれは持ってはならず看過出来ない狂気です。しかも、貴方が求めているのは十二時から十三時の間にグランドタワーの三十階の3004号室に行った事ではなく、透さんと利恵さんを銃を使って殺害した事の証明です。しかし、もしかしたら貴方が着ていた硝煙反応が出る筈の服や貴方の指紋付きの銃があったとしても、それは既に貴方が隠滅していますからもう我々は手にする事は出来ませんし、貴方の犯行現場が写っている映像もありませんし、貴方の犯行の目撃者もいません。しかも、例え貴方の髪の毛が3004号室から発見されたとしても貴方は「そういえば以前グランドタワーの3004号室に行く用事があって実際に行った」と言い訳するでしょう。ですから、ホテルに残した貴方が銃で透さんと利恵さんを殺害した証拠がなければ「貴方が銃で透さんと利恵さんを殺害したのは高確率だ」に持って行くしか手はありません。透さんと利恵さんが自殺していない事、透さんと利恵さんがハイジャック犯達に殺害されていない事、透さんと利恵さんが死んでいた事、スカイタワーの一階のロビー以外には透さんが死体となって発見された時点で生きていた人間は我々八人だった事から、一時間だけ自由に動けた我々八人の中に少なくとも透さんを殺害した犯人がいたという事になります。そして、それが可能だったのは、一時間程アリバイがなかった今川さんと篠坂さんと榎本さんと誠さんだった事、榎本さんと誠さんは銀行強盗犯達の死体を運ぶ時間がなかった事から、貴方と篠坂さんだけです。そして、グランドタワーで一階のロビー以外には利恵さんが死体となって発見された時点で生きていた人間は三堂達八人だった事、利恵さんを殺害する時間があった福田社長と桜庭さんが利恵さんを殺害していない事、貴方と篠坂さんのアリバイがない時グランドタワーに行く事が可能だった事、貴方と篠坂さんが3004号室の扉を利恵さんに開けさせる事が可能だった事、貴方の指紋付きの篠坂さんの名刺がグランドタワーの3004号室で発見された事、利恵さんが死体となって発見された3004号室に行った可能性が高い貴方が利恵さんに何も危害を加えない確率が低い事からこれはもう貴方が透さんと利恵さんを殺害したという事を証明していると言っても宜しいではないでしょうか?」
「・・・・・結局は確率か」
「ええ、そうです。私は貴方と議論する前、予めこの世界は全て確率論から成り立っていると言いました。最後に質問八、「そもそも透さんと利恵さんの死因は自殺や事故ではないのか?」なのですが、これは証拠云々よりもこの考え自体論外です。まず、透さんと利恵さんの死因が、自殺か事故ならば今から話すパターンしかありません。透さんと利恵さんがハイジャック犯の持っていた銃を奪い、それを発砲し、その弾丸が不幸にも自分の右肩と左胸に当たり事故で死亡した。また確率の話で申し訳ありませんが、それが両ホテルで起こる確率は限りなく0に近いでしょう。そして、透さんと利恵さんが自殺した場合ですが、その可能性はまだ事故よりもありますが、もし透さんと利恵さんに自殺する理由があったとしても、普通銃で自殺する時は自分の顳顬に向かって撃つのが定番です。しかし、透さんと利恵さんは右肩と左胸が撃たれ死亡していました。自殺ならそれはかなり不自然な状況です。つまり、自殺の線も薄いのが現状です。また、貴方がそうしなかったのは勿論射殺する時それが出来る状況ではなかった事もありますが、最高は透さんと利恵さんがハイジャック犯によって殺害されたと我々に思わせたいが為、つまり、我々に透さんと利恵さんが自殺したと見せたくなかった為です。ここに来てそれが裏目に出ましたね」
「・・・・・本物の真犯人Xが透さんと利恵さんが一仕事終えるまで何処かの部屋或いは天井裏といった巣窟に隠れて、それまで静観していたのかもしれないじゃないですか?それとも、両ホテル共ハイジャック犯達はやっぱり五人ではなく六人で生き残ったハイジャック犯が透さんと利恵さんの計画2に気付き殺害したかもしれませんし。私の真犯人X説に固執せずもっと柔軟な考え方をして下さい。それとも、単に貴方の頭はこの程度っていう事ですか?」
「・・・・・今川さん、もうそんな言い逃れ誰も聞いてはくれませんよ。普通だったら貴方の指紋付きの篠坂さんの名刺がハイジャック事件後、直ぐに利恵さんが射殺された部屋で警察に発見された時点で、貴方が少なくとも利恵さんを殺害した事は自明なのです」
「・・・・・先程も言いましたが私は他社の社員ですよ。よって、私には透さんと利恵さんを殺害する動機はありません」
「他人の殺意の機微など他人に解る訳ありません。つまり、言い換えれば人が人を殺す動機は誰にでも幾らでも可能性があるという事です。貴方はもしかして山鍋興業にヘッドハンティングされていたのではないでしょうか?そして、重役候補として透さんと競い合っていた、いや邪魔だった。そして、今回のプロジェクトの成功とハイジャック犯達からスカイタワーを守ったという英雄という評価を世間や大株主から下されるであろう透さんを殺害し、ついでに利恵さんを殺害した。例えば、このような殺害動機も十分考えられます」
「・・・・・猪口才な。いいですか?そもそも私がどうやって透さんと利恵さんの計画を知ったのですか」
「・・・・・人殺し」
今までやり取りを静観していた佳純が無表情で冷たくそう言い放った。
「・・・・佳純さん・・・・・」
今川がそう哀愁そうに呟いた。
「まだ議論を続けますか?」
真剣な眼差しで御神が問う。
「・・・・・いや、結構です。最後に一服させてくれませんか?」
「・・・・・良いですよ」
今川がポケットから煙草を一本取り出し、火を点け口にくわえる。
「確かに君の言う通・・・・・り・・・・・ウッ・・・ゴフォ、ゴフォ、ゴフォ・・・・・」
煙草をくわえて直ぐに、今川が大量に吐血した。
「いっ、今川さん!はっ、早く救急車を!」
数秒後、今川が藻掻きながら死んだ。
この場にいる者達殆どが暫く、その場を動かず、硬直して今川の死体に注目していたが、御神だけは床に落ちた煙草をずっと見つめ何か考えている様子であった。
数分後、今川の遺体は警察に運ばれ、今川が最後に吸った煙草からは毒が検出された。
「今川さんの殺害動機は結局御神君が推理した通りだったのかしら?」
一階のロビーで一段落した二宮が冴えない表情の御神に訊いた。
「・・・・・今川さんの死ぬ直前の様子を見ると恐らくそうだと思います。我々はこれから、山光興業で今川さんにヘッドハンティングの誘いがあったのかを徹底的に調べます」
安藤が無言の御神を見ての代わりにそう答えた。
「あの気弱そうな今川さんがね。・・・・・透さんと利恵さんと銀行強盗犯達が着ていたハイジャック犯の服装と今川さんが使用した銃は今何処にあるのかしら?」
「恐らく銀行強盗犯達の死体を運ぶ際に纏めて処分したのだろうと思います」
今度の質問はちゃんと御神が答えた。
「そうだよね・・・・・でも、今川さんはどうやってハイジャック犯達と透さんと利恵さんの計画を知ったのかしら?」
「・・・・・恐らく、何処かで透さんと利恵さんの会話を盗み聞きしていたと思います」
安藤がまた無言になった御神の代わりに答えた。
「そうよね」
「・・・・・佳純、さっきの事は気にするなよ。今川さんが毒塗り煙草を持っていたって事は、最初から自分が犯した罪が暴かれたら自殺するつもりだったって事だ。今川さんが自殺したのは君のせいではない」
御神がずっとソファーに座りながら俯いている佳純を見付け、安藤達の集団を抜け出し、そう声を掛けた。
「・・・・・うん。蓮司君の言う通り人間って誰でも二面性以上の顔を持っているのかしら。それだったら私も実は自分でも知らない顔を持っているのかな」
「ああ、でもそれを悲観してはいけない。何故なら、それも人間の人格を構成する重要な性質の一つなのだから・・・・・また何かあったら、何時でも連絡して来いよ」
「・・・・・うん。有難う」
優しい声に佳純は人目もはばからず泣き始めた。
御神はそれを宥め、暫くしてそれを誠にバトンタッチし、「またな」と告げ二宮達の元へ戻って行った。
「あのー、二宮さん、推理中は横柄な態度を執ってしまい申し訳ありませんでした」
御神がまだ安藤と会話していた二宮に寄って詫びた。安藤は「では、私はこれで」と言って去って行った。
「もう、いいのよ。貴方には敬服したし、私、実は好きな人には反抗したがる性分なの」
「それって、俺の事が好きって事ですか?」
「・・・・・諧謔よ。全く、こういう事に関しては疎いんだから」
「さぁ、さぁーてと、俺達も帰りますか」
もう事件の事はすっかり切り替えた様子の半籐がそう御神達に促した。
「そうだな・・・・・妙子、もう大丈夫か?大丈夫なら早く帰ろう」
御神がソファーに座りながら、ずっと俯いている妙子にそう声を掛けた。
「・・・・・うん」
「私は車で帰るわ。・・・・・じゃあ皆、機会があればまた何処かで」
「はい、またお会いしましょう。二宮さん」
亜理紗がそう別れの挨拶をすると五人が軽く頭を下げ、金山駅に向かって歩き出した。
「・・・・・御神君。また何処かで」
御神一行の背中が見えなくなった事を確認すると二宮が一言そう呟いた。
ここにはもう一生来ないだろう。
半藤君が「凄かったな」と言った。
しかし、誰も反応しない。
僕は一番後ろを歩いている。
前を行く皆に知られたくない。
さっきから涙が止まらない事を。
皆、後ろを振り向かないで欲しい。
すれ違う人は仕方ない。
しかし、やらなくてはならない。
駅に着く前に涙を止める事を。
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