第四章 開幕 妙子

十八時四十五分。




二十八階のオープンパーティーの会場には既に大勢の招待客が宴の始まりを待機している。




男性陣は黒や灰色にストライプが入った柄のスーツやイギリス紳士を思わせる蝶ネクタイ付きのタキシードに、女性陣は赤や青、紫といった多様な色で描かれた華やかなパーティードレスに身を包み会場に花を咲かせている。




「亜理紗達、本当に何処に行ったのかな?」




妙子が亜理紗達の不在に対して気遣わしくしている。




「ああ、もう直ぐパティーが始まるっていうのにな」




白のストライプが入った黒色のスーツにパープルのネクタイを合わせた姿の御神がそう愚痴をこぼす。




「ほっとけば。三人共、単独でいなくなる事なんて可能性が低いから恐らく、皆一緒にいるでしょう。三人共、子供じゃないんだし、万が一、半籐が何かやらかしたとしても大谷さんがいるからまぁ大丈夫でしょう。多分、杞憂に終わると思うよ」




ベージュのジャケットを着ている宮内は比較的悠長だ。




「そうだと良いけど」




妙子がそれでも不安を隠せないようだ。




「それより、やっぱり大企業の宴だけあって大勢の招待客や関係者がいるな」




御神が話題を変える。




この会場は五百名を超える人々で賑わっており、テーブルには和洋折衷の料理が並べられている。




それぞれ集団を作り、立ちながら飲み物を片手に持ち、談笑やら雑談をしている者達や、両手で皿と橋を持ちながら料理を食べている者達と会場は既に坩堝と化している。




「名刺交換している人、沢山いるね。なんか私達場違いみたい」




ふと私が適当に目線を向けた。




すると、透さんを見付けた。




その近くで会話をしているのは六月というのにキャメルのレザージャケットに身を包んだ大きな一眼レフカメラを持った中年の男とコバルトブルーの長袖のワイシャツにスーツに身を包んだ気弱そうな三十代後半だと思われる男だ。三者が名刺を互いに差し出している姿を凝視してしまった。




ふと、目線を御神君に変えた。




私の長い凝視が気になって、彼も透さん達に目線を向いていた。




「普通にしていれば良いんだよ。佳純もそう言っていたんだし」




こっちを向いてそう言った。




「そうだけど・・・・・やっぱり緊張しちゃうわよ」




「そうか、じゃあ何か料理取って来てやるよ」




妙子が「お願い」と言うと御神と宮内が料理の並んでいるテーブルの方へ向かい歩き出した。




妙子は安堵の表情を浮かべた。








暫く私達が料理を食べていると、突然、さっき透さんと誰かに名刺を差し出していた一眼レフカメラを首から下げている男が近づいて来た。




もしかしてさっきこっちが見ているのを気付いて、近づいて来たのか?




「君達、若く見えるけど、高校生位かい?」




声を掛けて来た。




しかし、どうやら違ったようだ。




「はい、近々笹野透さんの弟の誠さんと結婚する予定の佳純さんの友人という事で本日のオープンパーティーに招待して頂いた御神と申します。こちらは宮内君と秋山さん」




御神が宮内、妙子と順に手を指す。




「へぇー、私はフリーカメラマンの篠坂純一だ。君と友人という事は誠さんの婚約相手の佳純さんという人は相当、お若い方なんだ」




「いえ、私と佳純とは年が六歳離れていますので今年二十三歳になりますが、家が近所だったので幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしています」




「だったら、君達はこの近くから来たの?」




「いえ、東京からです。私は元々名古屋に住んでいたのですが、最近東京に引っ越したのでここにいる同級生らも佳純に誘って頂いたのです」




「そうなんだ。所で佳純さんという人はどういう人なんだね」




この人、しつこいな。会った事もない人の領域に土足で踏み入るなんて少し失礼だ。




「・・・・・佳純は名古屋に本社がある山鍋興業の社長の令嬢です。ちなみにその結婚相手の誠さんも山鍋興業の社員です」




「佳純さんって方は山鍋興業のご令嬢なのか!・・・・・という事はその誠さんという人はゆくゆくは重役だな。でもあそこには確かまだ小学生の男の子がいるから社長になるのは無理だがね」




佳純さんに歳の離れた幼い弟さんがいたんだ。それより誠さんがゆくゆくは重役ってどういう意味だろう。




「・・・・・恐らくそうなるでしょうね」




「ここは典型的な社会の野心と嫉妬の塊が渦巻いているからね。おっと話が過ぎたようだ。では私はこれで」




更に「また何処かで」という言葉を残し、篠坂が去って行った。








それから五分程経過した。




まだ佳純と三堂、亜理紗、半籐は御神達の前に現れない。




「蓮司君、お待たせ」




女の声だ。




恐らく、亜理紗か佳純のどちらかだろう。




でも確か俺を君付けで呼ぶのは・・・・・。




御神が振り返るとパープルのパーティードレスを着た笑顔の佳純がいた。




赤色のローズのコサージュとダイヤモンドのハート形のネックレスとブレスレッドが更に艶麗さを引き立たせる。




アイメイクもいつもよりも濃い。




それは正に女優を思わせる。




「きっ、綺麗」




佳純さんの嫣然に圧倒された私は思わず小さく呟いた。




「有難うね。・・・・・あれ、大谷さん達は?」




「それがこの会場に向かう途中まで全員一緒だったんだけど、突然三人共いなくなってしまったんだ」




「何かあったのかしら?」




「多分、彼らは大丈夫ですよ」




宮内がそう述べる。




「それより佳純、物凄く綺麗だな」




「そう見える?」




「ああ、見えるよ。でも誠さんと一緒ではないのか?」




「誠さんは山鍋興業の他の社員の皆さんとお話し中よ。あの人もいろいろ鞅掌なのよ」




「他の山鍋興業の社員も来ていたのか。偵察に余念がないな。そうそう佳純、まだ何も食べていないだろ。なんか取って来てやるよ」




「お願いします」




佳純がそう礼を言うと御神がテーブルに並べてある料理を取りに行った。




「蓮司君はこういう大勢の人達がいる大きな場で一般的な感情を持っている女性が料理を盛る姿を男性に見られるのが女性には恥ずかしく思うという事を知っているよね」 




「優しいですね」




私は益々、御神君の事が好きになった気がした。




その時、誰かの視線を感じた。




振り向くとさっき透さんと篠坂さんと名刺交換していた人だ。こっちを見ている。




何なんだろう?




そう思っていると御神君が料理を持ちながら、戻って来た。








十九時。




予定通りスカイタワーのオープンパーティーが始まった。




「本日お集まりの皆様方、私本日の司会進行を務めさせて頂きますと前田と申し上げます。・・・・・・・・では今回のオープンパーティーの主催者である山光興業株式会社部長、笹野透様よりご臨席の皆様方にご挨拶と乾杯の音頭を取って頂きます」




前田がそう切り出すと透が壇上に上り、マイクの前に立った。




「只今ご紹介に預かりました、本日のオープンパーティーの主催者を務めさせて頂きます山光興業株式会社部長の笹野透で御座います。本日は皆様大変お忙しい中、今回のスカイタワーのオープンパィーにご参加下さって誠に有難う御座います。今回のプロジェクトは我が社の一大・・・・・・・・・・それでは皆様、無事に本日のオープンパーティーが開けました事を祝して乾杯!」




「乾杯!」




オープンパーティーが始まって十五分が経過した。




それは今から始まる予期せぬ事態が起こる時刻になったという事だ。




「全く、あいつらパティーが始まっても来ないな。携帯、部屋に置いて来て失敗だったな」




御神が周りを見渡しながらそう愚痴る。




「そうね。一体何処に・・・・・」




妙子がそう言いかけた時、御神達は黒いジャケットと手袋を着用し、更に黒い覆面で顔を覆い、黒いニット帽を被り、サングラスを掛けた四人が突然この会場に入って来た事に気付いた。




他の客達もそれに気付き騒ぎ出した。




「おい、なんだ、あれ?」




「何あの格好」




「もしかしてサプライズか何か?」 




覆面男達四人の内、身長180センチメートルを超える体格の持ち主が壇上に上がった。




私は非常に嫌な予感がした。




「お客様、本日は仮装大会か何かと勘違いしていませんか?」




透が覆面男に問う。




しかし、そう言われた覆面男はそれを無視し、内ポケットから銃を取り出し、天井に向かって二発発砲した。




ドーン!ドーン!




六月八日十九時十五分。




唐突にスカイタワーのオープンパーティー会場に銃声が二発鳴り響いた。




もう既に名古屋の空は薄暗い曇りから激しい豪雨に変わっていた。

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