第4話突然の口づけ。

「綺麗なバラですね。私のことは名前で呼んでくれる約束ですよね。約束を3回破ったら私の言うことを聞いて貰いますよ」


レナード様は私の頭にバラの花を摘んで付けてきた。

私は頭に手をやると、あることに気がつく。


このバラは全く棘がない、どういうことだろうか。

気がつくと私はルビーを精巧に細工したバラ型にかたどられたネックレスをしている。

いつのまに掛けられたのだろうか、彼の仕業以外は考えられない。



アカデミーで一番有名で優秀だった2学年上の彼。

舞踏会では彼と踊るために女性が列をなしていた。


私に接近してくることなどなかったはずだ。

なにが自分もカモフラージュ彼氏になりたかっただ。

女など選び放題だったくせに。


「アーデン侯爵、私とまともに話すのは今が初めてですよね。父にに請われてこんな態度を取っているなら軽蔑します」

私は強い口調で彼を見据えた。


まだ彼の見た目や香りや、甘い声色に感覚を侵され心臓の音がうるさい。

それでも、私はそんなくだらないものに屈する女ではない。

ずっと苦しい時に寄り添ってきたサイラスが私にはいる。


「あと、一回で約束を破ることになりますよ」

レナード様が私をじっと見つめてくる。


破ったらどうなると言うのだ。

馬鹿馬鹿しい、私は公女だ。


彼に言うことを聞かせられる身分でもない。


「アーデン侯爵、立場をわきまえ⋯⋯」

私が言葉を言いかけると同時に口づけをされたので最後まで言えなかった。

したことがないような大人の口づけに膝がガクガクする。

立ってられなくなって、膝から崩れ落ちた私を彼が支えた。


「何をなさるんですか、していいことと悪いことがありますよね。随分と女慣れなさっているんですね。レナード様は⋯⋯」

私は変な感覚に陥っていた。


突然の口づけにときめくような気持ちとサイラスへの罪悪感、それとレナード様が女慣れしてそうということにショックを受けている。


とにかく今は名前で呼ぶ約束を破らないために彼を名前で呼んだ。

それが今のぐちゃぐちゃな私にできる精一杯だった。


「ずっと触れてみたかったミリアの唇に触れさせてもらいました。ミリアにとっては罰でしたか? 私はずっと前からミリア一筋で、貞操を守り続けてますよ」

緊迫した雰囲気になっていたのを破るように、彼は私に笑いかけながら言ってくる。


確かに気持ちよかったが、だからなんなのだ。

私はサイラスを今の彼の行動により裏切ってしまった。


「貞操を守り続けてるって、貴族令嬢じゃあるまいし。結婚したら妻をたくさんとって情婦も抱えて好き放題するんですよね」


私は自分の父、カルマン公爵を思い浮かべながら言った。

父は複数の妻だけでは飽き足らず、情婦もたくさん抱えている。


権力を持った男とは所詮そういうものなのだ。

そして、私も父の抱えた複数の妻の1人が産んだ子に過ぎない。


だから利用されて、駒にされている。

それだけのことだ。


「ミリア、私を信じてください。私はあなただけを愛しています」

美しい瞳に美しい声で私に告げてくる彼を私はあえて冷たく見据えた。


「愛しているなんて言葉を簡単にお使いになるんですね。レナード様は約束を破ったら口づけするんですか? 流石ですね、そんなふしだらなこと私は思いつきませんでした。多くの女性は喜んで約束を破るでしょうね。私はそんなことをする男を信頼などできません。てっきり、約束を破ったから、私の秘密を教えてくれとか頼んでくるのかと思いましたよ」


私はレナード様が簡単に私を落とせそうと思った気がしてショックを受けていた。

口づけではなく、秘密を聞かれたり、好きな食べ物を聞いて私を知ろうとして欲しかった。

まともに話すのなんて今日が初めてなのに、私の中身を知ろうとしない彼に失望していた。


「ミリアにしか口づけなどしません。ミリアは秘密を聞けば教えてくれるのですか?」

彼は私に目線を合わせようとしてくるが、私は惑わされたくないので目線をはずした。


「私の秘密は、私には好きな人がいて、レナード様とは結婚はできないということです」

私は彼にきっぱりと言い放った。

この結婚話はお断りだ、彼も私を利用しようとしているに違いない。

父にも姉にも利用されて、もう振り回される駒のような人生にうんざりしているのだ。


「ミリア、あなたはたくさんのことで傷ついています。私がその傷を全て癒せるかは分かりません。努力します、だから私を信じて頼ってあなたを傷つける全てのものから守りますから」

美しい瞳、惑わすような香り、甘い声。


彼の全てに惑わされてしまいそうになるが、私には恋人がいる。

彼の助けなどいらないくらい強くあれると思う。


「レナード様が私を守るですって?私が傷ついている?傷のない人なんていませんもの。そう言って今までも何人の女を口説いてきたのでしょう。あなたが、そう言えば女は大抵自分を理解してくれていると勘違いするでしょうね。あいにく私はそんな愚かな女とはちがいます。確かに、地位も名誉も美しさもあなたはサイラスより優っています。でも、私にあなたは必要ありません。私には支えてくれる愛する人がいます。さようなら、レナード様。もう、お話しすることはありませんわ」


私は自分に言い聞かせるように彼にきっぱりと言い放った。


「私にはミリアが必要です」

まともに話すのは初めてなのに、彼が私にすがるような目つきで言ってくる。


100人いたら99人は彼のこの目に屈するだろう。

私は残りの1人になってみせる。


「私には必要ありません。今まで16年生きてきて、あなたを必要と思ったことはありません。どうぞ、お帰りください。あなたを必要とする女性がたくさんいるでしょう」


自分で言っていて、なぜこんなにも苦しいのだろう。

私がありえない程、レナード様に惹かれているのは自覚していた。


心臓の音がうるさくて会話に集中できないし、目線を合わせると取り込まれそうで目線を合わせられない。

しかし、レナード様が私に惹かれているのは演技ではないだろうか。

私は女らしい性格をしていないし、彼のような特別な男を引きつける魅力は要していない。


彼のような完璧で魅力に溢れた男が今まで寄ってくる女を相手にしなかったのは私のためだと言っている。

冗談にもほどがある、男とはそんな理性的動物ではない。


だから、私にはサイラスが必要だったのだ。

男ばかりの世界に放り込まれても、守ってくれた彼が。


「私が必要なのは、ミリアだけです」

私を見つめてくる美しい瞳、彼はこのまなざしで何人の女を落としてきたのだろう。

そう思うと急激に心が冷えてくるのが分かった。


「レナード様って香水でもつけてるんですか、男性が女のように香水をつけるの私は好きではありません」

私は彼の嫌いなところを懸命に探すように言った。

私を惑わすような彼の甘い香りが嫌いだ。


「私は騎士なので香水などつけていませんよ」

レナード様が言い返してくる言葉に、私はハッとした。


確かにアーデン公爵家は騎士団を持っていて、彼はその騎士団の団長だった。

この惑わすようなクラクラする香りは彼のフェロモンというやつなのか、とんでもない男だ。


「弱小騎士団ですよね。出兵もしたことがないと伺っております。レナード様は、そんな騎士団の団長なのですね。私があなたを騎士だと分からない訳です」

私は自分の間違いを取り繕うように彼を非難した。


つくづく性格の悪い自分に、きっと彼は愛想をつかすだろうと確信する。

彼の機嫌を取り、常に笑顔で優しく接したいと思う令嬢が山ほどいるはずだ。


「ミリア⋯⋯あなたが拒否しても婚約は成立します」

急に鋭く私をみてくる碧色の瞳に身動きができなくなる。

私が彼を避けようと厳しい言葉をわざと向けていることに気がついたのだろうか。


彼を傷つけたくはないが、私には彼を突き放す義務がある。

私には4年間ずっと私を支えてくれた恋人サイラスがいる。


サイラスのことを放って、条件もよく素敵な婚約者が現れたからそちらにいくなどできるはずもない。


「婚約が成立したとしても、結婚まであと2年もあります。それまで、レナード様は女断ちできるかしら。きっと婚約は解消すると思いますよ」


私は強がりのように彼に言い放った。

一夫多妻制の帝国だけれど、私は公女だ。


婚約者になれば公女である私をないがしろにして、他の女と噂がたてば十分に婚約解消の理由になる。

これまで女の噂がなかったのは、彼が噂を鎮めるのが上手い出来る男のせいに違いない。

そうでなければ、あれほど頭がおかしくなくような口づけができるはずがない。


「もしかして、レナード様は男色ですか? 騎士には多いと聞きますし、アカデミー時代もよく男性に囲まれてましたよね」

私は絞り出すような声で彼を攻撃した。


ノーマルな男が男色だと言われれば怒るに違いない。

私は彼を突き放さなければならない、私にはずっと不安定な時期を支えてくれた恋人のサイラスがいる。


「アカデミーで、私ばかりがミリアを見てると思っていました。ミリアも私を見てくれていたのですね。すぐにまた会いにきます。愛しています、ミリア」

彼は私のおでこに軽く口づけをすると背を向けて去っていった。


「愛しているだなんて、初めて言われた」

私は愛という言葉はなかなか口にできないと思っていた。

サイラスからも好きだとは言われても、愛しているなどと言われたことがない。


胸元のルビーのネックレスを握りしめる。

こんな精巧なバラの細工をして、私のために用意してくれたのだろうか。

そのことを喜んではいけないと首を振ると、髪につけられたバラから花の香りがする。


「どうして、このバラには棘がないの?どこから出してきたの?それとも瞬時に棘をとったの? 本当に私を愛してるの?」


私にはサイラスという恋人がいるはずなのに、レナード様が自分を本当に愛しているかが気になって仕方がない。

そんなことを気にするふしだらな自分が嫌いだ。


「サイラスと逃げなきゃ。私が私であるために!」

私はバラのネックレスを首から外して握りしめながら呟いた。









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