第31話 相思相愛②
お昼前くらいにここへ到着したけど、もうすっかり辺りは暗くなってしまった。ヘラルドが作っておいてくれた薪に火を吹いて、灯りをつける。竜は夜目が利くらしく火がなくても周りを見ることができる。それに、この辺りは寒くないから焚き火は必要ない。
それでもつけた理由は、火の揺らめきを眺めているのが楽しいというのもあるけど、帰ってくる目印になるかと思ったから。
ちゃんと帰ってきてくれるか心配だったけど、人影が見えて安堵する。
(おかえりっ!)
「ただいま、ヨリ」
尻尾の先が小さく左右に揺れているのが自分でも分かる。嬉しい。でも、それ以上にドキドキする。
テントの近くに買ってきた食材を置いて、すぐにごはんの準備を始めた。
(わたしも、手伝うね)
「そう? じゃあ、野菜切るから、それ焼いてくれる?」
(うん、任せて!)
ヘラルドはわたしの横でトントンと軽快な音を鳴らして野菜を切っていく。それを置いてあった金属の板の上に乗せて、こちらに振り向いて「お願い」と一言告げたあと、また別のものを切り始めた。
わたしの方を見ると思っていなくて、ほんの数秒だけど目が合った。鼓動が速まる。ヘラルドがすぐ隣にいる。そう改めて意識してしまったせいで。
(あっ!)
「え? ……あ、真っ黒」
金属の板の上にあった野菜は見事に真っ黒に染め上げられていた。一瞬だったし、中はそれほど焦げていないと思いたい。いつかのプラトのように完全な灰にはなってないはず。
(ご、ごめんなさい! 火力間違えて……)
「久しぶりに焦がしちゃったね」
(手伝うって言ったのわたしなのに、ごめんなさい)
「いいよいいよ。大丈夫」
(! ぁ……)
隣にいるヘラルドの手がわたしの頬に触れる。その優しい手付きに、思わずそれから逃れるように顔を逸らしてしまった。おずおずとヘラルドの顔を見ると、少し寂しそうにしたあと、笑顔に戻った。
「……それ、俺が食べるね。食べられないこともないし」
(え、いや、わたしが!)
「ヨリはこっちのまだ焼いてない方、食べて。次は火力抑えてね」
(わたしがやっちゃったし、責任とって食べるよ!)
「俺、香ばしいの食べたいから。ね?」
香ばしいというにはあまりにも焦げすぎている。そんなものを、人間であるヘラルドが食べたら病気になるかもしれない。生肉を食べても問題ない竜のわたしが食べた方が絶対にいいに決まっている。もしくは、もったいないけど捨ててもいい。そう伝えても、ヘラルドは自分が食べると譲らなかった。
何回か同じ応酬を繰り返したあと、結局ヘラルドに押し切られてしまった。
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ごはんを食べ終わり就寝までの食休みの時間。
片付けをするヘラルドを見ることしかやることがない。そのせいで、頭の中をいろいろな考えが駆け巡る。当たり前だけど、ヘラルドと今ふたりきりだな、とか……。
この近さだと速くなっている鼓動が聞こえていないだろうか。一度そう思うと、伝わっているような気がして、少しでも小さくなるようにヘラルドから距離をとった。
「……俺のこと、嫌いになった?」
(え!? なんで!?)
片付けを終わらせたらしいヘラルドが、なにか荷物を漁りながらそう言った。思わぬ質問に、驚きと焦りと、それから不安から大きく言葉を発してしまった。
ヘラルドは、それに少しびっくりしたようにわたしの方をちらりと見たあと、悲しそうに笑った。
「飛ぶ前、俺のこと落としたり、今も、ちょっと俺から離れたし……まあ、置いていくようなことをした俺が悪いんだけどさ」
(そ、れは、ヘラルドは、悪くないっていうか……)
「無理しなくていいよ。嫌いだったら、いつでも言ってね」
(ちがっ! 無理してない! むしろ逆で……ぁ)
ヘラルドがしっかり乗る前に飛んでしまったのは、ヘラルドに触れられてドキドキしてしまったから。
ヘラルドから距離をとったのは、速い心臓の音が聞こえてほしくなかったから。
全部、全部、ヘラルドのことが、好きだから。
嫌いなんてそんなわけない。そう強く考えていたら、思いっきり告白みたいなことを言ってしまった。顔に熱が集まる。どうか、ヘラルドに真意が伝わっていませんように。
その願いは、虚しく散っていってしまったようだ。今、二人の間に静寂が流れているのがなによりの証拠だった。
沈黙を破ったのはヘラルドだった。
「逆って……好きってこと?」
(、……)
もうこれ以上なにか言ったら、絶対にまた余計なことを言ってしまう。確信を持たれるようなことを。だから、わたしは黙っているしかなかった。
その返事を否定と捉えたのか、それとも、自分の方を向かせようと思ったのかは定かではないけど、ヘラルドは小さく呟いた。
「やっぱり、嫌い?」
(っそんなことない!)
わたしはその罠にまんまとかかって、ヘラルドの方に振り向いて力いっぱい言った。ヘラルドと目が合う。綺麗なコバルトブルーの瞳。逸らしたいのに逸らせない。
(き、嫌いじゃない、だけ、で……)
「そっか。俺はヨリのこと、――愛してるよ」
(なっ! あ、あい!?)
予想外のことを言われて、思わずうろたえる。
わたしは自分の気持ちに見て見ぬフリをしていたけど、ヘラルドからの気持ちにも気付かないフリをしていた。きっとそうなんだろうと心のどこかでは思っていた。
でも、わたしみたいなのを好きになるわけがない。犬や猫に向けるような『好き』はあっても、恋人に向けるような『好き』はない。だって、わたしは竜だから。そう自分に言い聞かせていた。
勘違いだと気が付いた時に、傷付かないように。
「ヨリは?」
(え、え? い、や、わたし、は……)
「ヨリも俺のこと、好きでいてくれたら、嬉しいなぁ」
そう言ってヘラルドは少し寂しそうに笑った。その顔に胸がキュウと締め付けられた。
わたしは逃げてばかりだった。今も、……昔も。でも、彼は真正面からぶつかってくる。そんな表情をしているのは、きっとわたしと同じで傷付くのが怖いからなはずなのに。
こんな後ろ向きなわたしが、もっと幸せになってもいいのだろうか。
……ううん。違う。だめだと誰かに言われても、わたしは、ヘラルドと一緒に幸せになりたい。
そう思えるようになったのは、ヘラルドと出会えたから。
(わ、わたしも、ヘラルドの、こと……)
「俺のこと?」
(す、すき……だと、思うよ……っ?)
しどろもどろになりながらも、自分の思いを伝える。今だけは表情が分かりにくい竜でよかったと思った。きっと頬だけでなく耳まで赤くなって、変な顔をしているに違いないから。
黙ったままのヘラルドを目だけでちらりと見る。先ほどまでの寂しそうな顔とは真逆で、満面の笑みだった。
「……嬉しい」
(わっ!)
ヘラルドは勢いよくわたしの首に抱き着いてきた。その手のひらはじっとりと湿っていた。緊張していたのはわたしだけじゃなかった。鼓動を聞かれるのは恥ずかしいけど、同じように速くなっているなら、彼にだったら聞かれてもいいかもしれない。
そう思いながら、ヘラルドの背中に顔を擦り付けた。
――わたしを好きになってくれて、ありがとう。
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