第27話 竜にとっての『幸せ』④

 遠くの方に人影が見えた。いつもはひとつだけど、今日はふたつ。

 ヘラルドとオズウェンが帰ってきた。嬉しくなって伏せていた身体を起こして、二人が近くに来るのを待つ。


(おかえり!)

「お出迎えありがとねぇ、ヨリ」

(ううん。オズウェンも買い出しありがとう)

「……」

(ヘラルドもおかえり)


 いつもなら真っ先にただいまと言って、わたしと目を合わせてくれる。そのヘラルドが黙ったまま、顔もこちらを向いていなかった。

 心ここにあらずといった感じで荷物をテントの近くに置いていた。名前を呼んでも、反応がない。街でなにかあったのだろうか。また竜が閉じ込められていた、とか。


(ヘラルド……?)

「おーい、ヘラルド。ヨリが呼んでるよ」

「っ! ご、ごめん、ヨリ。どうかした?」

(……ううん。ヘラルドの方こそ、なにかあった?)

「いや……、何もないよ。今日はドーナツでも作ろうか」


 一瞬、ヘラルドの視線が下に動いたけど、すぐに取り繕ったような笑顔に戻った。なにをかは分からないけど、きっと隠し事をしている。しかも、それはわたしには言えないこと。

 どうして教えてくれないんだろう。わたしが頼りないから? わたしが、竜、だから……?


 今までなんでも話してくれた。だから、余計に寂しかった。


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 二人が戻ってきてから、わたしは普通に接しているつもりだったけど、ヘラルドとはどこかぎこちないまま数日が過ぎた。買ってきた食料が半分くらいなくなった頃、オズウェンは思い立ったように、わたしたちに告げてきた。


「おれ、そろそろ行くね」

(え、もう!? って、オズウェンの都合もあるよね)

「うーん、まあ、そんな感じかなぁ。楽しかったよ、ヨリ。それに、……ヘラルド」


 オズウェンはわたしの首を軽く撫でたあと、ヘラルドの肩をぽんぽんと叩いた。二人は言葉にはしていなかったが、目だけでなにかを伝えているようだった。


「……あの、いろいろとありがとうございました」

「こちらこそ。またどこかで会えたら、その時はよろしくねぇ」


 そう言ってオズウェンは手を振りながら街の方角へと行ってしまった。

 つかみどころがなくて不思議な人だったけど、いろいろな話は聞けたし、全然悪い人じゃなかった。


(短い間だったけど、面白い人だったなぁ……楽しかった)

「……ヨリは、竜の話とか聞いてどうだった?」

(どう、って……面白かった以外だと、そうだなぁ、母に会いたくなった、かな。生きてるか分かんないけどね)

「そ、っか。そうだよね……うん」


 ヘラルドはわたしの顔を見たあと、オズウェンが去って行った方を見据えながら頷いた。一瞬ちらりと見えたヘラルドの瞳は、なにかを覚悟した、そんな感情を含んでいるように思えた。


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 オズウェンと別れてから数日後、買ってきた食料がなくなりそうで、そろそろまた買い出しに行くのかなと思っていたある日、ヘラルドは地図を広げてとある地点を指差した。


「この辺りに行きたいんだ。いいかな?」

(う、うん。すぐ出発するの?)

「……そうだね。なるべく早い方がいい」

(わかった)


 もう何回も地図を見てきたけど、いまいち見方が分からなくて、いつもヘラルドが言う通りに飛んでいただけだった。そんなわたしにも分かりやすいように、次はどういう国へ行くよ、とか、次の目的地の特徴を教えてくれた。でも、今日はなんの情報もなかった。ただ、そこに行くとだけ。少し心に引っ掛かりながら、その場所へと飛び立った。


 元いたカパルーノからそう遠くなかったから、すぐに目的地へと到着した。そこには――。


(竜がいっぱいいる……!)


 そこは竜の住み処になっているようで、たくさんの竜がいた。

 竜の住み処には落ちた鱗を拾いに人が来るから、旅を始めてから一度も近くに寄ることもなかった。だから、竜を見るのはあの捕まった日以来だ。

 自分の大きさを把握しているつもりだったけど、客観的に見るとこんなに大きいのか。

 はー……と感心していると、ヘラルドが背中から降りた。


(ヘラルド、ここでいいの? 人来ないかな?)

「大丈夫。ここは安全だよ」

(ん……それなら、いいんだけど)


 ヘラルドはわたしの頬をしばらく撫でていた。

 いつもなら、滞在する場所を決めたら最初にテントを張り始める。それから、買い出しに行ったり、ごはんを作ったりする。でも、いつになってもテントを出す素振りを見せなかった。


(ヘラルド、どうかし――)

「ヨリ」


 どうかしたの。そう聞こうと思ったら、ヘラルドに言葉を遮られた。真っ直ぐにわたしの目を見る。


「……ここで、ちょっと、待っててね。ヨリ」

(? うん、わかった……)


 どことなく寂しそうな顔をして、わたしの頭を一回撫でたあと、どこかへ行ってしまった。

 今まで行き先を告げずに出かけるということがなかった。もう食料が少なかったし、買い出しにでも行ったのだろうか。いろいろ疑問は生まれてくるけど、ちょっと待っててと言われたから、ここで待つことにした。


 ふぅとひとつ息を吐いたら、周りにいた竜がわたしに近付いてきた。


(あなた、初めて見る顔ね。どこから来たの?)

(え、あ、わたし? えっと……)

(ねえねえ! さっき、人間といたよね? なんでなんで?)

(わわ!)


 子どもと思しき小さな竜がわたしに迫ってきて質問攻めしてきた。それを近くにいた大きな竜が宥めるように、小さな竜を口でつつく。多分、この竜のお母さんだろう。


(こら、坊や。困っているでしょ)

(だ、大丈夫! その、さっきの人はヘラルドって名前で――)


 いきなりの質問攻めで戸惑いはしたけど、ヘラルドにここで待っているように言われたし、竜と話すなんて久しぶりだったから、彼らとたくさんの話をした。



 そうしてヘラルドが戻ってくるまでの時間を過ごした。



 買い出しなら、最長でも3日くらいかかってもおかしくないからしばらく待った。でも、もう陽は7回落ちた。

 なにかあったのだろうか。怪我とか、事件に巻き込まれたりとか。

 ヘラルドの安否を心配していた時、ふと、ひとつの考えが頭をよぎった。


(わたしに、飽きた……?)


 ずっと不思議だった。わたしを助けるためだけに、生まれた場所を捨て、多くの時間をわたしのために使ってきた。たくさん食べるし、たくさん要望は出す。でも、見返りになにかをするわけではない。そんな相手、わたしだったら嫌気がさすかもしれない。

 もし、ヘラルドもそうだったら。


 わたしは置いて、いかれた……?


 ぶわっと身体全体が不安で埋め尽くされていく。

 もしかしたら、ここにいることを忘れて先日までいた場所に戻っているかもしれない。きっとそう。……そうであってほしい。


(行ってみよう)


 急いで竜の住み処から飛び立ち、ついこの間まで過ごしていた場所に向かう。


 向かいたかった。


 わたしはいつもヘラルドに言われた通りに飛んでいるだけだから、どの方角に行けば辿り着くのか分からなかった。闇雲に飛んだせいで、竜の住み処にも戻れなくなった。


(なんで……)


 近くだったはずなのに。街も見かけていないから、間違っていないはずなのに。

 これ以上飛んでも無駄だと思い、その場に降り立って、とりあえず一夜を過ごすことにした。

 夜空を見上げると、満天の星が煌めていた。あんなにたくさん星はあるのに、わたしはどこだか知らない場所に今ここでひとり。


(……っ)


 そう思ったら、星が滲み始めた気がした。

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