第24話 竜にとっての『幸せ』①
急な出立だったからヒベルタウからそう遠くないカパルーノという国の近くに降り立った。ここも暑い気候だけど、ヒベルタウのように砂漠というよりは乾燥地帯といった感じだ。多少の緑はあるけど森林はほぼなく、丸見えの状態。
だけど、カパルーノからも他の周辺国からも離れているから、おそらく見られることはない。短い期間だったけど、ヒベルタウでも見つからなかったから、今回も大丈夫なはず。
その時はそう思っていた。
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ヒベルタウにしばらく滞在するつもりだったから次に行く国が決まっておらず、行き先が決まるまで一時的にカパルーノに留まることになった。カパルーノはそれほど大きな国じゃないから、今までの国のように名物となる甘い物がなかった。だけど、甘い物を作るための材料は売っていたから、必要な食料と合わせてそれらも買ってきていた。
暑いからそうたくさんは買えなくて、通常よりは買い出しの回数が多くなっていて、今日もヘラルドは街へと出かけていった。
お腹がそろそろお昼なことを告げてきたので、ヘラルドが置いていってくれた食料を見てなにを食べるか悩んでいるところだった。
ふと顔をあげると、街の方角から人影が見えた。ヘラルドが戻ってくるにはあまりにも早すぎる。忘れ物をしたわけでもないはず。ここは、他の人に見つからないように、人が通るだろう道からもずいぶんと離れている。だから、明確な目的がないとわざわざ来るようなところではない。
そんなことを考えている間に、その人影はどんどんと近付いてきている。どう見ても、わたしを目掛けて、だ。
(……っ)
その人影から視線を外さないように、警戒を強める。これだけ大きな身体になったから、さすがに捕まえられるということはないだろう。とは言え、何をされるか分からない。緊張から唾を飲み込む。ごはんを食べようとしていたのに、それどころではなくなってしまった。
「あ、いた」
(!)
少し遠くにいる謎の人物の声が聞こえた。……やっぱり、目的はわたしだったんだ。
その男は止まることなく近付いてくる。どうするべきか。なにか危害を加えてくるなら、逃げる。そうでないなら、竜は人間に友好的な種族だから、まるで風景のように扱う。そうしよう。
それにしても、今ヘラルドがいなくてよかった。一緒にいるところを見られたら、ヘラルドが捕まってしまうところだった。
「……」
(、……)
ウェーブのかかった少し長めの髪に、無精ひげを生やしていて、ヘラルドより10歳ほど年上だろうか、30代くらいに見える。
数十秒間、無表情の男と目が合う。短いはずなのに、長い時間のように感じていたら、その男は表情を崩し、へにゃりと気の抜けた笑顔を見せた。
「おれ、悪い人じゃないよ」
(……悪い人は、みんなそう言うけど!?)
予想外の言葉に、思わず突っ込んでしまった。彼には聞こえていないだろうから、別に気にすることはないんだけど。そう思っていた。
「……はは、だよねー。おれもそう思う」
少し違和感があった。会話が噛み合っているような……?
いや、でも、今の流れは予想しようと思ったらできるから、彼が頭の中でわたしの言葉を想像して、それに対して応えただけだろう。
悪い人じゃないと言うその男は、わたしの近くの地面に腰を下ろした。居座るつもりらしい。何かする気配もないし、とりあえずは放っておくしかない。
緊張が少し解けたのか、お腹が小さくキュウと鳴った。その音で、お昼を食べようとしていたところだったのを思い出した。
野菜を焼くためとは言え、今この男の目の前で火を吹くのはあまりよくない気がしたので、後から食べようと思っていたヘラルドが調理したものを食べることにした。口に運ぼうと舌を伸ばす。チラリと男の方を見たら、こちらをジーっと見つめていた。
観察、だろうか。それとも。
(お腹、すいてるのかな……)
「んー……そこそこ? それより、調理してるものを食べる竜なんて、珍しいねぇ」
(……ん?)
さっきは話の流れを考えれば、なんとなくでも言っていることを読み取れたけど、今のはいきなりだったし、なによりわたしが最初に言葉を送った。
偶然、と呼ぶには、あまりにも奇跡的な確率すぎる。でも、ヘラルド以外に言葉が分かる人がいるなんて。
(……名前は?)
こんな突拍子もない問いかけに答えられるわけがない。
――言葉が分かる人でない限り。
「おれ? オズウェン。オズウェン・ウィリックだよ」
(……! わ、わたしは、ヨリ……)
「ヨリ! 名前がある竜なんて初めて会ったよ!」
その男――オズウェンは嬉しそうにパンパンと自身の手を叩く。
ヨリ、なんて単語、何も知らない人の口からは出てくることがない。テンベルクでヨリワッフルを見かけたら分かる人もいるかも知れないけど、それが誰かの、ましてや竜の名前だと考える人はきっといない。
名前がある竜、だとはっきり言ったオズウェンが、わたしの言葉を分かっているのは明白だった。
言葉が分かるからといって、オズウェンが悪い人じゃないとは限らない。まだ少しの警戒心を残して彼に質問を投げ掛ける。
(なんでここに……?)
「君と人間が一緒にいるのを見かけたから、もし密猟者だったら助けようかと思って近付いたけど、そんな感じじゃなくて。ギリギリ見えないところで集中して君の声を聞いたら、人間と会話してたから、ちょっと話してみたくて、ね」
(わたしと?)
「そうそう。あと、人間の方ともね」
オズウェンの言動から嘘は感じられなかった。
竜の言葉を分かる人間なんて滅多にいないから、ヘラルドと話してみたいというのも頷ける。
オズウェンは悪い人じゃないのかもしれない。まだ手放しで信じられるわけではないけど、ヘラルドが戻ってくるまでの間、彼と話をしてみよう。
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