第19話 『ヨリワッフル』
(……これ、もしかして……)
「ん? どうかした?」
(えっと、このパン、じゃなくて、一番外側の部分って甘いのあったりする?)
「多分ないと思うよ。俺が買った店にはなかったし、聞いたこともないなぁ」
(そっか……)
目の前にあるすむーろんどを見つめる。前世で見たのはスイーツで形が格子状だった。でも、今ここにあるのはしょっぱくて波型。
だいぶ違うけど、多分これは、ワッフルだ。
もちろんワッフルも食べたことがない。前世でまだ外に出ていた頃に、駅でお店を見かけたり、テレビで何回か見たことがあるくらい。駅の構内はバターのいい匂いと生地が焼ける香ばしさで、どんどんと人を惹きつけていた。わたしも食べてみたかったけど、これを食べて病気が悪化したらと思うと食べることはできず、羨ましそうに通り過ぎることしかできなかった。
「スムーロンド、甘くしちゃうと野菜とかと合わないんじゃない?」
(そうするんじゃなくて、この部分だけにしてエクンプみたいにクリームとか乗せて、甘い物にすると、どうかなぁ……って)
「甘くないけど、乗せてみようか」
そう言って、まだ綺麗なままだったすむーろんどをバラバラにして、パンの部分だけをお皿に乗せた。その上に、クリームやレフベスなど、トッピングしていく。
どうぞ、と差し出されたそれを食べるけど、ちぐはぐな感じがする。甘いのとしょっぱいのを掛け合わせたスイーツが人気だと見たことがあるけど、これはうまく調和がとれていない気がする。
もし、この生地が甘かったらどうなるんだろう。少し控えめにして甘すぎないようにしたら……。
(……ねぇ、ヘラルド)
「ん?」
(これ、どうにかして、甘くしてもらえないかな……?)
「ハカロを入れてもらえるか、聞いてみるよ」
(ほんと!? あ、でも、いっぱいじゃなくて、控えめ、えっとエクンプくらいかな?)
「……なるほど、くりーむと合うようにか。分かった。じゃあ、食料はまだあるけど、早めに街に行ってくるね」
次の日、ヘラルドは予定していたよりも早く街へと買い出しに向かった。
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「ただいま」
(おかえり! どうだった……?)
「ちょっと待ってね。……はい、これ。作ってもらえたよ」
(! すごい! お店の人にも感謝しなくちゃ!)
「そうだね。じゃあ、いろいろ乗せてみようか」
ヘラルドの人徳のおかげか、無事に甘くしたのを作ってもらえたので、それにクリームなどを乗せて、新しいスイーツを完成させた。
ごくりと喉を鳴らして、ゆっくりと口に運ぶ。
カリっとした外側に、さっくりふわもちの中身。頼んだ通りの控えめの甘さが、強い甘さのクリームと程よくマッチする。まさに求めていたワッフルデザートだ。
(んー! これだよ、これ! おいしい!)
「本当に美味しいね、これ。甘い生地にしたことで、より美味しくなった」
(だよね! これがいっぱい食べられたらなぁ……)
頼んで作ってもらったのはお試しだったからあまり数はなく、次の買い出しに行く前になくなってしまうくらいの量だ。それに、今後作ってもらえる見込みもない。
残念だけど、今だけの期間限定スイーツを目一杯味わおう。
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「お、ヘラルド。あれどうだった?」
街に食料の買い出しのついでに、またスムーロンドの店に寄ったら、店主が声をかけてくれた。
「あれって……ああ、甘くしたやつのこと?」
「そうそう。野菜とか肉挟んだら微妙だろ。俺食べてみたけど、いつものがよかったな。どう食べたんだ?」
「それなら――」
ヨリに教えてもらったくりーむやレフベス、木の実を乗せたり、ハカロを液状に溶かしてかけたりしたことを伝えた。もちろん、くりーむの作り方も。
そしたら、店主に作ってみてくれって言われた。くりーむの生成に少し手間取ったけど、店の人だけでなく、その時いたお客さんにも作って食べてもらった。
「っ! なんだ、これ……うまい!」
「このくりーむってやつ、今までに食べたことがないくらい、まろやかで美味しいわ!」
その場にいた皆が一様にくりーむを初めて食べた自分と同じ感情になっていたのが、少し面白かった。それに、ヨリが考えたものが好評で、嬉しかったし誇らしかった。
「おい、ヘラルド! この、くりーむの作り方、教えてくれ! それと」
「それと?」
「もしよかったら、これ、俺の店で出させてもらえないか?」
「それは……俺が考えたんじゃなくて、一緒にいるひとが考えたから、そのひとに聞いてからでもいいかな?」
「もちろん! いい返事を期待してるよ! あ、あと――」
続く店主の言葉にも快諾し、調理のために店の隅に置いておいた食料を抱えて、ヨリのいるところへと向かった。
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「――って話なんだけど、ヨリ、どうかな?」
(もちろんいいよ! むしろ、嬉しいくらい。これからも食べられるから!)
「ふふ、そうだね。ああ、それから……」
(?)
「その店主にね、商品名も考えて欲しいって言われたんだ。俺はヨリに考えてもらいたいと思ってるんだけど」
(わ、わたしが? うーん……)
少し考えたけど、特に何も思い浮かばなかった。なぜなら、前世の記憶があるわたしの中では、これには元々ワッフルという名前があるから。ワッフルだと思うと、もうそれが頭から離れなくなった。
(ワ、ワッフル、はだめだよね……)
「ワッフル? どうしてだめだと思うのかは分からないけど、俺はいいと思うよ」
(それならいいんだけど……。このせか――じゃなくて、テンベルクの言葉にした方がいいのかなぁって)
「それほど言語変わらないから大丈夫。それに、竜のヨリが考えたものだから、言語とか気にしなくてもいいのに」
(……たしかに、そうだね)
そうだった。前世の記憶があるという以前に、わたしは竜でヘラルドや他は人間。違う種族。だから、言語の違いはあって当たり前なんだ。どんな時もヘラルドと会話できているから、言葉が伝わっていることすら奇跡なことをすっかり忘れていた。
不意に突き付けられた現実に、少し胸がチクリとする。
「あ、そうだ!」
下を向き始めていた顔が、ヘラルドの声で持ち上げられる。何かを思いついたようだ。
「ヨリがこのワッフル、考えたからさ、ヨリの名前も入れてみたらどうかな?」
(え!? い、いや、恥ずかしいからいいよっ)
「何も恥ずかしくないよ。それに、ヨリのことを知ってるのは俺だけだから、誰も名前なんて思わないよ」
(そ、そうだけど……!)
ヘラルドの言う通り、わたしの名前はヘラルドとわたし……とサルヴィオしか知らない。きっとサルヴィオはもう覚えてないだろう。だから、実質ふたりだけ。
そうだとしても、もしその名前になったら、お店でヨリワッフルという言葉が飛び交うのを想像すると、恥ずかしさで居たたまれなくなる。お店に直接行くことはないだろうけど。
それを何度もヘラルドに訴えたけど、結局乗り気のヘラルドに押されてヨリワッフルという名前になった。
その後、ヨリワッフルが、マフォージュムーガクとスムーロンドに並ぶ名産品になることを、わたしたちはまだ知らない。
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