第12話 マカロンと金欠と①
次の甘い物がある国は今の時期はとても寒くて、今までのように街から遠く離れたところで野営するというわけにはいかないらしい。宿に泊まればいいのに、と言ったけど、竜もあまり寒さが得意ではないらしく、わたしだけ放っておくのは嫌だという。ずっと地下にいたから寒いのが苦手なことを初めて知った。
だから、温かい地域を点々として、寒いのが過ぎ去ってからその国に向かうことにした。
そんなある日。
「ヨリは、俺が知らない甘い物をいっぱい知ってるね」
(え、あ、そう、かな?)
「それに、アレンジも上手い」
(ありがとう……?)
「だから、ドーナツみたいに俺が作れそうなもの、他に何かあったら教えてくれる?」
首を軽く傾げながら、こちらへ問いかける。
ドーナツという単語を聞いた瞬間、ヘラルドがドーナツ作りにハマって大量に生産した思い出が頭を過った。普段のごはんからもなんとなく察していたが、ヘラルドはどうやら料理が好きらしい。いつアルヴァレス家を出て行ったのかは分からないが、ずいぶんと早くから一人で日々を暮らしていたからなのかもしれない。
ヘラルドが作れそうで、わたしもなんとなくレシピを知っているもの。それでいて、大量生産されたとしても、そう困らない質量も熱量も軽めのもの……。
(――マカロン)
「まかろん? それもお菓子?」
(そう、だけど……)
小さいものを考えていたら、つい漏れてしまった。マカロンも何度もテレビで見た。最近――死ぬ間際のだが――では、通常より大きめのマカロンの間にいろいろと挟むのが流行っていると、放送されていた。
何度も見たけど、作り方は全く知らない。メレンゲがどうの、というくらいで、中のクリームみたいなのもどう作るか分からない。
「どういうお菓子?」
(えっと、こう小さくて、貝……ってあるのか分かんないけど、上と下で分かれてて……)
「食感は?」
(食感!? ……さ、さくさく? なのかな? 焼いてあって、軽い感じだって)
「プラトも焼いたけど、それとは違う?」
(た、多分? わたしも、食べたことないし、作り方ほとんど分からなくて……)
ドーナツの時は、この世界にパンのようなものがあったおかげで、なんとなくの作り方でも近付けることができた。でも、マカロンはそうはいかなさそうだ。
(メレンゲって知ってる?)
「めれ……?」
(えっと、卵、なんだっけ?)
「ポリム?」
(そのぽりむの卵の、白身の部分だけたくさん混ぜて泡っぽくしたのが、メレンゲって言うんだけど……)
「んー……聞いたことないなぁ」
ヘラルドが言うには、そもそも卵を分けるという行為自体ほとんどしないらしい。そうなると、メレンゲのようなものが別の名前で存在する可能性もかなり低いだろう。
だから、難しい、と言ったのに、ヘラルドは挑戦してみたいと諦めなかった。
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それからマカロン作りを手探りで行っていたある日、食料の調達に行っていたヘラルドが慌てて帰ってきた。早くマカロンが作りたかったわけではなさそうだ。
切羽詰まった表情をしていたから。
(ヘラルド? ……どうかしたの?)
「あ、なんでも――いや、ヨリにも関係あることか」
(……なに?)
いつになく神妙な面持ちのヘラルドに、思わずごくりと喉が鳴る。
「お金が、足りなくなってきてね……」
(所持金ってこと……? もしかして、わたしが食べ過ぎたから……?)
「っそんなことない! 俺がヨリに食べてほしくて、いろいろ勧めてるだけ。ヨリを助ける前に、冒険者用の依頼を受けて資金集めしたんだけど、気が付いたら底が見えてたよ……。これで、次の国――テンベルクに行くのは厳しいかな……」
ヘラルドが食料をたくさん買って戻ってくる度に、その資金はどこから出ているんだろうと少し気になったこともあったけど、そういうことだったのかと納得する。むしろ、よく今まで足りていたなぁと食べてきた大量のごはんとお菓子を思い出す。
(そう、なんだ……残念だね……)
「え? ああ、違うよ。今のままだと無理だけど、また依頼受けて報酬をもらえば大丈夫だよ。テンベルクが暖かくなるころには、そこで数日過ごせるくらいは貯まると思う、多分」
(毎日、依頼受けるってこと?)
「できる依頼があればね」
つまり、ここにいるのはほとんどないということ。寂しいという気持ちもある。でも、それ以上に。
(それだと、ヘラルドが大変じゃないの? 疲れるよね?)
「疲れる依頼もあるかもしれないけど、ヨリのためならどんなことも頑張れるよ」
(でも……)
「ヨリが幸せなら、俺も幸せになれるから」
わたしのために、いろいろやってくれるというのは嬉しいけど、同時に申し訳なくもなる。
ヘラルドに長い首を撫でられる。その瞬間、首元の小さな鱗が地面に落ちる。
(……そうだ、鱗……!)
「え?」
(わたしの鱗売れば、お金集めるの簡単にならないかな? メスのはいい値段だって、地下で――)
「、やめて!」
(っ!)
突然の大きな声に身体がビクッと跳ねる。
初めて聞いたヘラルドの制止の声に、目を丸くして彼の方を見る。
「……いきなり大きな声出してごめん。でも、そういうことは言わないでほしい」
(そういう?)
「その、鱗を売るとか、そういうの」
(? 竜の鱗は普通に売られてるんだよね? だったら――)
「そうなんだけど……そうじゃなくて……自分を削ってお金にするようなこと、言わないでよ……」
首にヘラルドの腕が縋るように回る。
そんなつもりはなかったし、何もおかしなことは言ってないはず。
この世界では、竜の鱗は武器や防具、万能薬など、様々な用途があるから、竜の鱗売りを生業にしている人も多い。アルヴァレス家もそうだった。
わたしの鱗を売ることは、依頼の報酬額にもよるけど、毎日ヘラルドがいろいろなことをして働くより、よっぽど効率的だと思う。疲労度もきっと違う。
(……依頼受けて疲れるのも、ヘラルドの身を削ってることにならない?)
「ならない」
(なるよ。鱗の販売ルートがどうなってるか分からないけど、商人とかに渡すだけで済むんだよ?)
「、だから――」
(あ! 鱗無理矢理取るとか考えてる? 自然に抜け落ちるのを売ってくれたらいいな。足りなかったら、ヘラルドになら取られても――)
「っヨリ!」
ヘラルドの腕に力が込められる。今までで一番強い力。
(ヘラルド……?)
「どうして、そんなこと言うんだよ……。あの時、あんなに痛がって、嫌がっていたから、俺はその束縛から解放してあげたいと思ったのに……どうして、痛いことを俺にさせようとするんだよ……」
(そんなつもりじゃ……依頼だって危険なものがあるかもしれないから、ヘラルドが傷付く方が辛いし……)
「俺だって、ヨリが痛い思いをするのは辛い」
お互いがお互いのことを考えるせいで、しばらくの間押し問答が続いた。
結局その日はどちらも折れることなく、口を開かないまま眠りについた。
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