第4話 旅の始まり

 幽閉されていた地下からみんなで地上へと向かう。太陽に目が慣れた頃にアルヴァレス家の周りを見回したが、隣の家までだいぶ距離があった。百十余年もこの地にいたのに、初めて知った。外にいたのは連れ去られた時と、今日だけだったから。


 周辺に家がないとは言え、ひとつの大きな屋敷が崩れるくらいの大騒動を起こしていたら、そのうち人が集まってくるかもしれない。わたしとヘラルドたちが一緒にいるのを、他の人に見られるのは問題がある。

 そのことをみんなも理解しているようで。


「――ヘラルド」

「ん?」

「これからどうする気だ? 計画を話してた時は、そこまで言ってなかったよな」

「俺たちが竜を匿うのもご法度だから、群れに返すべきじゃないか?」

「んー、そうだなぁ……」


 ヘラルドは顎に手を当てながら、わたしの方を見て考えている様子だった。

 そっか。わたしは竜だから、竜として暮らす。当たり前のことだ。竜を守るための法律がある以上、竜の住み処で暮らすのがわたしにとっても、人間たちにとっても一番いい。


 分かってはいるけど、お別れ、寂しいなぁ……。


「……俺は、ドラゴンさんと一緒に暮らしたい」

(へ?)

「は? ……重罪なことを分かっていても、か?」


 わたしと連れの人との驚きの声が重なる。

 そう、そうだよ。竜を捕らえるのは重罪。場合によっては極刑もあり得る。アルヴァレス家は運よくバレなかったけど、それは本当に偶然で、いつバレてもおかしくなかった。


 彼らがそんなことをしないことは百も承知だけど、それでも彼らも今後どうするかを聞いているわけで。もし……万が一、告げ口されて、助けてくれたヘラルドが極刑にでもなったら……。そんなこと考えたくない。だから、わたしは竜の元へ帰るべきで――。


「ああ。俺も、群れに返すつもりだった。けど、久しぶりにドラゴンさんに会って……やっぱり、一緒にいたくなった」

(っ!)


 わたしの長い首を優しい手付きで撫でる。あの初対面で抱き着いてきた時よりも、大きくなった手のひら。しっかりと成長している。けれど、ヘラルドの気持ちは楽しそうにたくさん話してくれたあの時と何も変わっていなかった。

 意志の固い真っ直ぐな瞳に、仲間たちもしかたないといった表情をしていた。


「……分かった。助けるまでは協力できたけど、一緒に暮らすとなると話は別だ」

「ここまで、ありがとう」

「もちろん、お前が誰といるかなんて、言いふらさないから安心してくれ」

「信じられると思ったから、ここまでついてきてもらった。だから、密告するなんて微塵も思ってないよ」

「なんの照れもなく、そう言えるヘラルドだから、俺らもついてきたんだよ。なあ?」


 一人が他の人に同意を求めると、各々で首を縦に動かした。自分の気持ちを真っ直ぐ伝えるところは、小さい時から変わってない。

 ヘラルドがもう一度みんなにお礼を言ったのを皮切りに、それぞれお別れの準備をし始めた。


 ……本当にわたしと一緒に暮らすつもりなの?


 寂しくはあるけど、ヘラルドの人間関係をどうにかしてまで、一緒にいたいわけではない。それに、保護法のこともある。一緒にいたとして、いつ誰かに見られるか分からない。

 そういう眼差しでヘラルドを見ると、優しく微笑まれる。


「俺が、そうしたいんだ。ダメ、かな?」

(! だ、ダメじゃない……!)

「嬉しい」


 ヘラルドの手が届く範囲まで頭を下げていたから、頬を撫でられる。大事なものに触れるような、そんな触り方に思わずドキリとする。彼は、ただ、竜っていう種族が好きなだけ。犬や猫が好きなのと同じ。多分、きっと。


 そう自分に言い聞かせながら、彼らの準備が終わるのを傍で見守っていた。


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「じゃあ、またどこかで会えたら、その時はよろしくな!」

「ああ、……元気で」

「ヘラルドも」


 準備を済ませた人から、アルヴァレス家を去って行く。彼らに、助けてくれてありがとう、と頭を深く下げてお礼の意を示す。言葉は通じないけどなんとなく意図を察してくれ、軽く片手をあげて応えてくれた。


 残されたのはわたしとヘラルド、一匹と一人。


(――これから、どうするの?)

「そうだなぁ……あ!」

(?)

「ドラゴンさん、甘い物が食べたいって言ってたよね?」

(! よく覚えてるね)


 幽閉されていた地下で初めて会った時に、伝わるはずがないだろうと声に出してしまった願望。――人間の時には満足に叶えられなかったこと。


「近くの国に有名なのがあるんだ。まずはそこに行こう」

(いいの……?)

「もちろん。それと、あともうひとつ」

(なに?)

「ドラゴンさん、じゃ、なんか味気ないから――名前を教えて?」

(名前……)


 それほど長く竜の群れにいたわけじゃないから正確には分からないけど、おそらく竜同士での呼び名はない。だから、この身体に名前はない、と思う。どうしよう……。


 元の身体の名前――依澄は、自分に似合わなくて嫌いだった。

 身体はボロボロなのに澄むなんて字が入っていたから。でも、依の字はそこまで嫌いじゃなかった。この字にはたしか、他にも読み方があったはず――。


(ヨリ……)

「ヨリ! ドラゴンさんに似合っててかわいい名前だ」

(か、かわいくはないよ……!)


 恥ずかしくて慌てるわたしを見て、ヘラルドは嬉しそうにしている。

 さっきからヘラルドはすぐにかわいいって言う。彼の口癖なのだろうか。これからも一緒に過ごすなら慣れないといけないけど、人間の時には言われたことが一度もないから、慣れるにはまだまだ時間がかかりそうかな……。


「じゃあ、行こうか」

(うん、行こう!)


 ヘラルドを背に乗せて、百年以上過ごしたアルヴァレス家から共に飛び立つ。初めて人を乗せたけど、なんというか、とてもしっくりしている気がする。彼が乗るためにわたしがいる、みたいな。まるで――。


(わー! わー!)

「ヨリ、どうしたの?」

(な、なんでもない!)


 ずいぶんとふわふわな思考をしてしまったので、浮かぶ言葉を消すようにしていたら、ヘラルドに不思議そうにされてしまった。慌てて取り繕って、彼の指示通りの方向へと羽ばたく。


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 ありがとう、助けてくれて。

 ありがとう、わたしを見つけてくれて。

 ありがとう、一緒にいてくれて。


 ヘラルドとの生活は始まったばかり――。

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