竜に転生したわたしと伯爵令息様が幸せになるまでのお話~伯爵令息様は竜がお好きなようです~
青青蒼
第1話 竜に転生したと思ったらスピード捕獲された
また今日もかゆい。掻きむしったところが痛い。でも、そのかゆみを我慢することはできない。全身がそのかゆみで支配される。
そうして身体中を掻いた後、わたしの周りにはたくさんの表皮が雪のように落ちていた。かゆみや痛みも辛かったが、この降り積もる表皮が一番の苦痛だった。
何度も病院には行った。毎回薬ももらった。それでも、原因が不明なことも多いこの病は治る気配がなかった。小さい頃から母親に、あれは食べては駄目、これも駄目と、たくさん制限されたけど、特に目立った効果はなかった。
服で隠すことができない場所――顔にも症状は出ていて、外に出ることが嫌になって引きこもり気味になった。
働きもしない引きこもりの娘を父親は見て見ぬふりをする。子どもの時にはいろいろと気を遣ってくれた母親は、あまりにも治らないわたしに嫌気が差し、ずっと身体を掻いているのを気味悪そうにしていた。落ちていく表皮もまるで汚物のように嫌がった。
わたしだって、こんな身体、嫌いだった。こんな身体じゃなければ、きっと今頃しっかり働いて、少しでも社会の、誰かの役に立っているはずなのに。
わたしが、生きている意味って、なんだろう。
気が付いた時には身体が別の痛みでいっぱいになっていた。いたい。血がたくさん流れていく。ドクドクと、脈を打つ音が普段より大きく聞こえる。くるしい。目の前が徐々にぼやけて暗くなっていく。
じごく、じごくかなぁ……。
地獄は嫌だけど、もう表皮が延々と落ちることはなくなるんだ。よかったぁ。
ゆっくりと瞼を閉じて、遠くなっていく意識に身を任せた。
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頬に穏やかな温かい風が当たる感覚で目が覚める。少し薄暗いところにいるらしい。穴の向こうに草原のような風景が見える。
穴? 草原……?
不思議に思い、身体を起こそうとするけど、何かがおかしい。いつもの通りに動いてくれる気がしない。ああ、死のうとしたから何か後遺症が残ったとか、そういう……。
そんなことを考えていたら、頭の中に何者かの声が流れてきた。
「起きた? 私のいとし子」
その瞬間、地面が大きく揺れ動く。何が起こったのかと、どうにか動かせる首を左右に振ると、隣には大きな竜がこちらを向いていた。
竜!? 食べられる……!
「? お腹が空いたかしら?」
また同じ声が頭の中に響く。目の前の竜が長い首を少し傾げる。
この声、もしかして竜から……?
なにがなんだか分からないまま、お腹が空いたか、という問いかけに答えようと、声を出すと、今までに聞いたことのないような音が聞こえてきた。今の、タイミング的にわたしが発した声に違いない。わたしの声に合わせて隣の竜も同じように鳴く。
え? 同じ?
横たわっている自分の身体を確認する。隣にいる竜よりは遥かに小さいけど、同じ形をしている。
これって――。
「わたし、竜!?」
「わっ! 大丈夫? かわいい我が子よ、どこか痛い?」
「あ、いや、だいじょうぶ!」
病気を苦に自殺したから、きっと地獄に行くだろうと思っていたのに、どうやら知らない世界で竜に生まれ変わったみたいです……。
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混乱しながらもどうにか現状を理解しようと試みた。
隣にいた竜はその言葉から察するにわたしの――この竜の身体の母親らしい。優しい声音で子どものことを心配してくれる。元いた世界の母親とは全然違う。……いや、あの人もわたしが小さい時は普通の母親だったっけ。もう遠い記憶だから定かではないけど。
それから、わたしたちがいるのは竜が住処にしている大きな洞窟らしい。穴の向こうに草原のようなものが見えていたのに合点がいった。この洞窟の中にはわたしと母親ともう一人、もといもう一匹、竜がいた。この母親の父、つまり祖父だという。わたしがいろいろ聞いていたから、祖父が世界のことや竜のことなどたくさん話してくれた。
この世界ではどうやら竜の鱗は人間の武器や防具、さらには万能薬にまでなるらしい。それが分かった時に乱獲されて個体数が減ったから、そこそこ希少種族だという。ある時、竜の言葉を理解できる稀な人間によって、乱獲を取り締まる法律が世界全体で施行され、抜け落ちた鱗のみ取っていいことになった。それでも、法を犯す人は今でもいるから、あまり遠くまで散歩に行っては駄目だよ、と、祖父にも母親にも釘を刺された。
まさか、生前表皮が鱗のように落ちて嫌だったのに、生まれ変わったらその鱗が重宝されることになるとは思わなかったなぁ…。
それから、竜の寿命は人知を超えていることも分かった。わたしが産まれて1か月少しで、母親は60歳ほど、祖父は200歳から数えるのをやめたと言っていた。だから正確な寿命は分からないけど、少なくとも200歳以上は生きる。母親と祖父は同じくらいの大きさだけど、わたしの身体は彼らのおよそ5分の1。力も子どものわたしには全然ないけど、大人の竜は火が吹けるらしい。まるで漫画や映画の世界だ。
そんな世界を少し見て回りたいと、洞窟から出て広大な草原をひとりで散歩していた。その道中、背後に気配を感じて振り向こうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。何が起こったのかと慌ててジタバタしていると、身体が宙に浮いた感覚になる。何者かに持ち上げられている。
「や、やっぱり、まずいですよ! 重罪ですよ!?」
「……バレなければ、大丈夫だ。お前たちも絶対に他言するな」
「しかし……!」
「アルヴァレス家の今後のためだ。他の貴族に負けたままではっ」
「それは……」
「お前たちも、今のままの給金では物足りないだろう? この竜がいれば、鱗を取り続ければ、アルヴァレス家は安泰だ」
「っ! は、早く、行きましょう、当主様」
数人の男性たちの会話が聞こえる。これは、祖父が言っていた法を犯す人たち、つまり密猟者――。何度も祖父や母親に気を付けろと言われていたのに。
このまま捕まってはいけないと思い暴れるけど、小さな身体で力もないわたしにはなす術もなく。頭には袋を被せられ、足は動かないように2本ずつに縛られた状態で、彼らが乗ってきたと思われる乗り物の、おそらく荷台に放り込まれた。
自殺して竜に生まれ変わって、わけが分からなかったけど竜生を謳歌しようと思っていたら、待っていたのは閉じ込められ自由を奪われた生活でした――。
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