第48話 こうして真実は明るみに出た
その日、静香は仕事で帰りが遅くなるということで、前日の夜にカレーを作っており、それが美優達の夕食だった。
美優がそのカレーを温め、春陽と二人で食事をしていた。
いつもと同じくらいの量にしたつもりだが、美味しいカレーだからか、美優はおかわりをしようと思った。
そこで、春陽のお皿を見るとそちらも空になっていた。
春陽も小五だ。
食べ盛りである。
自分がおかわりしたいということは春陽もしたいんじゃないかと美優は思い、春陽に聞いたのだ。
羨む気持ちや憎む気持ちはあれど、春陽は自分の弟だから。
「私、カレーおかわりするけど、春陽もどう?」
「俺はいいよ。お姉ちゃんだけ食べなよ」
春陽は慌てたように首を振った。
「あんたバスケやってるんでしょ?いつも私より少ない量しか食べないじゃない。いっぱい食べなきゃ大きくなれないよ?」
「本当に大丈夫だよ」
春陽は断ろうとしたが、そこで春陽のお腹が可愛い音を立てた。
「いいからあんたも食べなって」
美優の耳にもそれは届き、苦笑しながら、美優は自分の皿と春陽の皿にご飯とカレーをよそった。
最初困惑した表情だった春陽だが、やはり食べたかったのだろう、美優と一緒におかわりのカレーを平らげた。
静香が帰ってきたときに、いつもより多めに食べてしまったので、一応一言言っておこうと美優は考えた。
「あ、お母さん。今日のカレーすごく美味しかったから私も春陽もおかわりしちゃった」
こういう話は、静香にちゃんと伝えると喜ぶからだ。
美優の言葉に春陽は黙って下を向いている。
「あら、いいのよ。美優に美味しいって思ってもらえたなら作った甲斐があるってものだわ」
静香は笑顔で美優の言葉に返すのだった。
だが、その翌日、夕食の時間になっても春陽がいなかった。
静香に聞くと、困ったような顔をして美優に教えてくれた。
「あの子は家のご飯があんまり好きじゃないんですって。何度も言うものだから、私も根負けしちゃって。休日くらいは一緒に食べなさいって約束して、お金を渡してあげたの。今頃春陽は外でご飯食べてると思うわ」
静香からこの話を聞いた時、美優の中で何かがプツンと切れた。
なんで?
どうして?
お金を渡した?
好きなものを食べてる?
これからずっと?
春陽ばかりどうしてやりたいようにやれるの?
言えばなんでも叶えてもらえるの?
自分は我慢ばかりなのに。
春陽は自由ばかり。
自分はしたいことを何もできないのに。
中学生になった美優への干渉はこれまで以上で、部活すら自分で選ばせてもらえなかった。
中学生になったばかりだというのに、もう高校はここへ行くことと静香からは言われていた。
それは超がつくほどの進学校だった。
「あなたは直哉さんの子供なんだから、これくらいできなくちゃね」
直哉がスポーツは苦手だが、勉強はよくできたということは美優も知っていた。
小さい頃から何度も静香から聞かされたからだ。
だが、どうして父親がそうだからと言って自分にも当てはめようとするのか、小さい頃からそれが美優にはわからなかった。
静香は直哉ほど勉強が得意だったという訳ではないのだろう。
そんな話を聞いたことがない。
そして美優は、直哉と違いそれほど勉強は好きでも得意でもないのだ。
誰の子、という話をするなら静香の子でもあるのだから、直哉と同じでないことなどたくさんあるはずだ。
さらには、なぜ春陽には自分と同じように干渉しないのか。
結局はここに行き着く。
とうとうお金まで渡して春陽の自由にさせ始めた。
そんな扱いの差に美優は耐えきれなくなったのだ。
そうして、静香の帰りが仕事で遅い日、とうとう美優の感情が爆発した。
その日も春陽は外で夕食を食べ、帰ってきたところだった。
最近は親がどちらもいない中で、春陽と顔を合わせる機会は無かったが、こうして二人きりの状況で会ってしまえば、美優は溜まりに溜まった自分の鬱憤をぶつけずにはいられなかった。
最初は静かに始まった。
「春陽、こんな時間までどこ行ってたの?」
「バスケやって、その後ご飯食べてたんだ」
「…一人で?毎日外でご飯食べてるの?」
「……うん、平日は。母さんにお金渡されてるから」
春陽は後頭部に右手をやって苦笑いを浮かべながら答えた。
だが、その態度が美優の怒りを一気に高めてしまう。
「何がお金渡されてるよ!自分でそうしたいって言って認めてもらったんでしょ!?なんでそんな、なんでそんなに……、あんたばっかり好き勝手やってるの!?なんであんたは毎日毎日好きなもの食べてくるのを許されるの!?私はやること全部指図されて、その通りにしなきゃ怒られて!なのに、あんたは好きなバスケをすることも許されて!この差はなんなの!?ねえ、なんでこんなに違うの!?あんたばっかり贔屓されて。こんなのもうたくさん!」
突然美優に怒りをぶつけられた春陽は目を大きくした。
「っ!?お姉ちゃん?急にどうしたの?」
「急でも何でもない!お姉ちゃんだなんて呼ばないで!何がお姉ちゃんよ。姉なら全部我慢しなきゃいけなくて、弟なら何でも思ったようにできるっていうの!?ふざけないで!あんたなんか大嫌い!あんたを見てると自分が惨めになるの!私には自由が何もないのに、あんたは全部好き勝手自由にできて!ずっと、ずっとこんな贔屓を見せつけて、私に対する嫌味なの?それならもう十分じゃない!あんたなんてどっか消えてよ!いなくなってよ!あんたの顔なんて二度と見たくない!」
一気に言い終わり、はぁはぁと荒い息を吐く美優。
「……ごめんなさい…」
その時の春陽は酷く傷ついた顔をして俯いた。
だが、そんな春陽の表情、態度すら今の美優の怒りに油を注ぐだけだった。
「謝ってんじゃない!余計こっちが惨めになるでしょ!?謝るくらいなら、あんたなんて生まれてこなきゃよかったのよ!」
春陽が目を大きくする、と同時に、美優が近くにあったテレビのリモコンを思い切り春陽に投げつける。
それは勢いよく春陽のおでこに当たり、大きな音を立てた。
春陽は徐におでこを手で押さえ、血が出ていないことを確認すると、安堵の息を吐き、もう一度、ごめんなさいと言って、自分の部屋へと入っていった。
それからだ。
春陽は美優をさん付けで呼び、お姉ちゃんと呼ばなくなった。
美優と顔を合わせれば、ごめんなさいと言ってすぐに自分の部屋に入っていき、休日も食事時以外は外に行くか、部屋に籠もるかして美優を避けるようになった。
その態度が美優を余計に苛つかせたが、話したくないのは美優も同じだ。
親の前であんな言い合いをする訳にもいかない。
静香に何と言われるかわかったものではないからだ。
そんなギスギスした状態が続いていたある日のことだ。
美優が学校から家に帰ると、固定電話に一件の留守電が入っていた。
それを再生すると春陽の担任からだった。
春陽が今日の午前中に学校の階段から落ちてそのまま気を失った。
頭からは血が出ており、すぐに病院に連れていったが、検査結果次第では手術になるかもしれないという内容だった。
病院の名前や住所も告げられた。
最後に、この後、緊急連絡先の携帯にも連絡します、と言って留守電は終わった。
最後まで留守電を聞き終えた美優はしばらくその場に立ち尽くしていた。
だが、徐々に理解が追いつくと、美優は居ても立っても居られず、すぐにその病院に向かった。
病院に着き、看護師に聞いて、春陽の病室に向かうと、その扉は開いており、春陽の眠るベッドの横には直哉がいた。
手には何かの紙を持っている。
静香の姿はどこにもない。
静香は携帯にも出なかったということだろうか。
春陽の担任の姿もなかった。
直哉が帰らせたのかもしれない。
直哉に声をかけようと思ったとき、別の声が聞こえてきて美優はその足を止めた。
咄嗟に彼らから見えない場所に隠れるようにしてしまう。
直哉は今医師と話しているようだ。
「頭を強く打っていたため、至急検査を行いましたが、大事には至らなかったようです。先ほど一度目も覚ましました」
「……そうですか。ご迷惑をおかけしました」
直哉の言い様に引っかかりを感じた美優だったが、医師の言葉にそっと安堵の息を吐く。
「ですが、ここ数日の記憶が混濁しているようです。先ほど看護師と少し話をしたそうですが、自分が階段から落ちたこともわかっていませんでした。これが一時的なものなのかはわかりません。無理に思い出させようとすると負担が大きいので、自然に思い出せないようならそのままにしておいた方がいいでしょう」
「はい」
「……ここからが本題といいますか、単刀直入にお伺いします。春陽君はきちんと食事を取っていますか?」
(えっ?)
この医師はいったい何を言っているのだろう。
「どういう意味でしょうか?」
直哉も同じことを思ったのか医師に確認する。
「その血液検査の結果からわかりましたが、春陽君は低栄養状態、いわゆる栄養失調を起こしています。階段から落ちたのもそれが原因でしょう」
直哉が持っているのは春陽の血液検査の結果らしい。
(っ!?)
美優は医師の栄養失調という言葉に息を呑む。
「家での食事はちゃんと取っているはずですが?休日は私も一緒に食べていますし」
「そうですか。……明日、春陽君の話を聞くため、カウンセラーを呼んでいます。あくまでも念のためですが、ご了承ください」
「……あの、……これは間違いないのでしょうか?」
直哉は明らかに育児放棄を疑われているというのに、そのことには頓着せず、血液検査の結果を指して、そんな確認をした。
「?ええ、もちろんです。それでは何かあればナースコールを押してください。失礼します」
医師が出て行ってすぐ、紙をくしゃっとする音とともに直哉の独り言が聞こえた。
「血液型A型?静香はO、私はBなのに?…………春陽、お前は一体誰の子なんだ?」
「っ!?」
美優は思わず声が出ないように両手で自分の口を塞いだ。
でなければ驚きの声が出ていたに違いない。
(どういうこと!?春陽がお父さんの子供じゃない!?)
静香が産んだことは間違いないため、必然的にそうなってしまう。
心臓が嫌な感じに鼓動を速める。
意味はわかるのに理解ができない。
その日の夜、すべてのことが明らかになった。
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