第14話 聞こえた声は誰のものか

「やった!やったよ!僕ら勝った!」

「ああ!勝った!……それに俺、初めてゴール決めた!」

 隆弥と蒼真が喜びの声を上げている。

 元々、選手決めの時には誰もが三戦全敗で予選負けすると思っていたことから勝てたことが嬉しいのだろう。

「ああ。やったな。隆弥のスリーもすごかったし、蒼真も何度もいいポジションにいて、初ゴールも決めたし。二人ともよかったよ」

 試合終了時には両手を膝につき、肩で息をしていた悠介が大分落ち着いた様子で二人に声をかける。

「それを言ったら悠介の方だよ!すごかったじゃないか!」

「そうだぞ。一体何点取ったんだ?」

 ははは、サンキューと笑う悠介に二人はさらに言葉を続ける。

「僕、後半は全然スリー打てなかったし。次はもっと打てるようにしないと!」

「俺ももう一本くらい決めたかったな」

 この試合に勝てたからこそ、二人は次の試合に目を向け、もっと良くなりたいと改善点を口にした。


 先ほど、一試合目が終わり、五人は今、第一体育館の外に出たところだ。

 クラスメイトの応援は負けると思われていたため無かった。実はクラスメイトの女子が三人、悠介や和樹目当てに見に来ていたのだが、春陽達は気づかなかった。彼女たちも予想外の試合展開に誰も春陽達に話しかけようとしなかった。


 一試合目、春陽達は、40対34で勝利した。

 バスケの試合時間は十分、十分の前後半制になっており、ハーフタイムなんてものはない。時間に対して、春陽達の得点数はまずまずといったところだ。

 ただし、バスケ部のいない一年生相手にだ。この後控えている二試合目、三試合目はそれぞれバスケ部のいる二年、三年が相手だ。特に三試合目の三年は優勝候補と言われている。


 この試合、決して簡単に勝てた訳ではない。

 得点の内訳は、隆弥が6点、蒼真が2点、和樹が6点、悠介が24点、春陽が2点。

 この試合、隆弥は三回スリーポイントシュートを打ち二度決めた。確率としてはいいが、三回はすべて前半で、後半は一度も打てなかった。

 蒼真は四回ミドルを打ち一度決めた。運動をしてこなかったという彼のことを考えれば大健闘だろう。だが、春陽が何とか、練習してわかった蒼真の得意な角度で、フリーで打てるようにしていたため、確かにもう一本くらい決めたいところだ。

 そして、悠介は隆弥と蒼真の言う通り八面六臂の大活躍だった。春陽とのコンビネーションで何度も得点を決め、自らドライブでゴールも決めていた。

 春陽は、全体のフォローに重点を置き、良いパスを出すことに専念していた。ラストパスのために何度もペネトレイトを仕掛けていた。春陽の得点は悠介とのコンビで自身がカットインした時のものだけだ。


 簡単にだが、ペネトレイトとは、攻撃の展開を作るためにディフェンスに侵入する動作を指し、ドライブはボールを持った状態、カットインはボールを持たない状態で点を取ることを目的にディフェンスへと侵入していくことを言う。

 ちなみに、悠介が見たいと言っていた『カット』はカットインという意味ではなく、ボールの保持、目的に関係なくその動きの鋭さを指していた。だが、今の試合では悠介の見たかった鋭さには至っていなかった。


 もっと活躍すると思っていた和樹がシュート三本しか決められなかったのが痛い。というよりも春陽は後半ほとんど和樹にパスを出さなかった。それは―――。


 隆弥、蒼真、悠介が話している中、和樹は黙っていた。

 そんな和樹に目を向けた春陽が口を開いた。

「新条、突き指だろ?前半最後のゴールの時か?」

 その言葉に目を大きくする和樹。まさか気づかれているなんて思わなかった。

「っ!?……ああ。すまん」

 和樹は春陽の動きが予想以上にすごくて、春陽のパスに相手だけでなく自分も意表を突かれてしまったのだ。その後は痛みを堪えながらのプレイになってしまった。その変化に後半すぐに春陽は気づいたようだ。

 隆弥と蒼真が春陽の指摘に驚き、大丈夫かと和樹を心配している。悠介は気づいていたようで何も言わない。

「保健室に行ってテーピングしてもらった方がいい。酷くなければ、しばらくすれば痛みは引くと思うぞ」

「ああ、わかった。……風見はすごいな。バスケめちゃくちゃ上手いじゃないか」

 和樹は春陽の印象がこの試合で大きく変わっていた。

「大したものじゃない」


 それから、一度五人は解散した。和樹は保健室に行った後、サッカーの審判へと向かい、隆弥と蒼真もそれぞれ、他の種目の応援に向かった。


 二人になった春陽と悠介。

 春陽がわざわざ他の応援に行くつもりがないことを悠介も理解しているためそのことは特に触れない。

「悠介。負担かけて悪かったな」

 試合直後疲労の色が濃かった悠介に春陽が言った。

「いや、全然。こっちこそ最後の方動けなくて悪かったな」

 後半途中から確実に動きが悪くなったと自覚している悠介が言葉を返す。

 だが、和樹がある程度復活してくれれば問題ないというのは二人の共通認識だった。

 話を変えるように悠介が言う。

「やっぱバスケはおもしれーな。春陽とまたやれてマジでよかった」

「俺の動きは相当悪くなってただろ」

「まあそれは俺も同じだしな。ただパスのエグさは健在だったぜ?」


 そんな話をしながら次の試合まで二人はストレッチをしたりして休息していた。



 雪愛達四人は第一体育館へと急いでいた。

 自分達の第三試合が全ゲーム接戦で時間が押してしまい、バスケの二試合目の開始に間に合わなかったからだ。

 雪愛達は惜しくも二勝一敗で予選敗退してしまった。全勝だった二年の他クラスがトーナメントに進んだ。それでもすべての試合を楽しくできたのでみんな満足していた。

 この後は春陽の出るバスケ以外もクラスの応援をしていく予定だ。


 四人は第一体育館に辿り着くと、すぐに春陽達が試合をしているコートに近づいた。

 そこにはやはりクラスメイトの応援団はいなかったが、一試合目にもいた女子三人がいた。今度は近くで応援しているようだ。

「あちゃー、負けちゃってるねー」

 未来が得点板を確認した。現在前半の終盤といったところ。22対17で春陽達が負けていた。

「けど、いい勝負してるよ。やっぱ、和樹と佐伯のおかげなのかな」

 瑞穂が自分の感想とそうなっている要因だと考えられる人物を挙げた。

 ちなみに、和樹と名前で呼んでいるのは二人が幼馴染だからだったりする。

 すると先に見ていた女子三人組の一人が瑞穂の言葉に返した。

「違うよ、瑞穂。確かに悠介君がすごい点数いっぱい入れてるんだけど、風見君が兎に角すごくて」

「えっ?」

 その言葉に反応したのは雪愛だ。

 瑞穂、未来、香奈も驚いている。

 すぐに試合に目を戻すと、ちょうど春陽がペネトレイトして、和樹をフリーにし、ラストパスを出した。それを危なげなく決める和樹。

 これで22対19だ。

 コートの中では相手選手が「なんなんだ、こいつ」、「バスケ部じゃねんだろ!?」、「何とかして止めないと」と春陽のことを言い合っている。


「毎回あんな感じ。風見君がああしてフリーの人にパス出してるの」

 予想外の春陽の動きに目を大きくする瑞穂達。

「……雪愛は風見がバスケ上手いって知ってた?」

「……ううん。知らなかった」

 瑞穂の質問に首を横に振って答える雪愛。

「あれ?新条君指怪我してない?」

 そう言ったのは香奈だ。

 えっ、と瑞穂達が和樹の指に目をやると確かにテーピングが巻かれている。

「なんかね、一試合目で突き指したみたいだよ。酷くないから大丈夫だって始まる前に話してた」

 女子三人組の一人が説明してくれた。

 それを聞いてほっと安堵する瑞穂達だった。


 そのまま、両者二得点ずつ加え、前半が終わった。


 後半も一進一退の攻防が続く。

 応援に来ている女子七人もその白熱する試合に、次第に力が入ってきて、声を大きくして応援していた。


 春陽のパスから蒼真がこの試合二回目の得点を決める。

 すぐに相手も得点を返す。

 悠介がドライブを仕掛けそのままシュートを決める。

 またもすぐに相手が得点を返す。

 中々両者の得点差が縮まらない。

 そんな痺れる展開の中、時間だけが過ぎていく。

 すると、春陽からフリーの隆弥にパスが通った。値千金、土壇場で隆弥のこの試合二本目のスリーが決まった。

 これで同点。

 試合終了まであまり時間がない。

 春陽達の自陣でボールを回していた相手選手達だったが、そのボールが相手のバスケ部の選手に渡った。

 ここで決められたら相当きつい。残り時間から見て、ラストワンプレーだろう。相手もそれが分かっており、フェイントを入れたりして隙を窺っている。そしてついに、そのバスケ部の選手がドライブを仕掛けた。


 目の前に相対しているのは春陽だ。

 春陽はフェイントにも引っかかることなく極度の集中状態で、ディフェンスをしていた。

(来る!)

 相手がそろそろ仕掛けてくると春陽が感じたその時、声が聞こえた。

「がんばれー!春陽くん!」

 その声は驚くほど綺麗に春陽の耳に届いた。ふっと口に笑みが浮かぶ春陽。次の瞬間、ドライブで切り込んできた相手に対し、流れるような動作でドリブルを始めた直後のボールを奪った。

 その動きはこれまでで一番鋭かった。

 そのまま春陽は相手ゴールまでドリブルしていく。メンバーの四人が、いけと声を上げる。しかし、奪われた相手選手が必死に追いかけ、フリースローラインの辺りで春陽の前に回り込んだ。

 観戦している者が、そのまま相手に突っ込んでしまうのではと思ったその瞬間、春陽が急ブレーキをかけた。キュっと靴とコートの擦れる音が大きく響くとそのままジャンプした。

「春陽くん!いけー!」

 再び声が聞こえる。

 見なくてもわかる。自分を春陽と呼ぶ女子など一人しかいない。

 相手選手は春陽の動きに付いていくことができなかった。

 春陽が一連の流れから綺麗にシュートを決め、ついに逆転した。


 そして、

 ビーーーーーーッ

 試合終了のブザーが鳴った。


 46対48。乱打戦となった試合に勝ったのは春陽達だった。

 終了と同時に喜びを露わにする春陽を除く四人。コートの外でも女子七人が喜び合っている。

 その様子を見て春陽はほっと安堵の息を吐いた。

(喜んでくれたみたいでよかった)

 すると最後春陽に追いついた相手のバスケ部員が春陽に話しかけた。

「お前、バスケ部入ればよかったのに。レギュラーになれたぞ」

 彼は、悠介のことは一年の頃から知っていた。去年の球技大会で部の先輩の応援に行った時の対戦相手にいたのだ。その先輩が入部を誘ったが断られたと言っていたため印象に残っていた。だからこのチームは悠介中心だと思ってしまった。それが間違いだった。自分がもっと早く目の前の男春陽のマークについていれば結果は違っていたかもしれない。

 話しかけられると思っていなかった春陽は驚きに少し目を開く。

「……いや、部活はもういいんだ。今回バスケに出たのも成り行きだしな」

「もったいねえな。ま、次も頑張れよ。あの人たちマジでつえーから」

「ああ」


 その後、春陽達と女子七人は次の試合まで近いこともあり、みんなでお喋りをして過ごした。

 瑞穂がクラスのグループにバスケの試合結果と次勝てばトーナメント進出だとメッセージを送ったため、続々とクラスメイト達が第一体育館へとやってきた。皆一様にバスケの快進撃に驚いている。


 そして、三試合目の時間となった。

 相手の三年生チームにはバスケ部、それもレギュラーが二人いる。先ほど戦った二年生チームもこの三年生達に負けていた。この試合に勝ったチームがトーナメントに進む。

 春陽を除く四人がコート内の一か所に集まっていた。春陽は今雪愛に呼び止められ話している。

「なあ、悠介。風見は白月と付き合ってるのか?」

 聞いたのは和樹だ。春陽と雪愛の雰囲気に純粋に疑問に思ったようだ。隆弥と蒼真も気になっていたのか悠介の答えを待っている。みんな先ほどの試合での雪愛の声援は聞こえていたのだ。

「いや、付き合ってる訳じゃないんだけどな。まあ今は友達ってところか。見守ってやりたいって感じだな」

 悠介はそんなみんなに苦笑を浮かべながら答えた。悠介だって春陽や雪愛に迷惑をかけたくないので、こんなことを誰にでも言う訳ではない。

 だが、隆弥と蒼真、そして和樹も春陽に悪感情を抱いているように見えないのだ。和樹に至っては一緒に試合に出て、何か感じたのか春陽に興味を持っている様子だ。

 へー、と感心したように春陽に目を向ける三人。

 実際、悠介の考えは間違っていなかった。

 春陽のことを全く知らない状況だったなら、もしかしら彼らも何であの風見なんかがと負の感情が湧いてきていたかもしれない。けれど隆弥と蒼真は、人付き合いが苦手な様子の春陽が親しそうに雪愛と話しているのを見て、あの白月雪愛と仲良くなるなんてすごいなという感想だ。

 和樹も質問の主語が春陽だったことからも、春陽ともっと親しくなりたいという思いが大きい。雪愛のことを自分も狙っているとかそういうことでは全然なかった。


 だが、そんな春陽と雪愛が話している姿を恨みがましく見ている男子がクラスメイトの中にいた。


 話を終えたのか、春陽も四人の集まっている所へとやってきた。

「なんだ?」

 その言葉は四人が春陽に目を向けていたためだ。

「いや、なんでもねーよ。折角ここまで来たんだ。どうせなら勝ってトーナメント行っちまおうぜ!」

「ああ」

「うん!」

「おう」

「そうだな。勝とう!」

 悠介の掛け声に春陽、隆弥、蒼真、和樹が応える。


 予選グループの最終戦。

 第三試合が始まった。

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