第9話 今日は彼と彼女にとって特別な一日となった

 麻理たちが脱衣所を出ると、春陽と悠介が椅子に座って待っていた。

「ごめんね。待たせちゃった?」

「いや、大丈夫っす。こっちもさっき出てきたばっかなんで」

 なんだか恋人同士の定番のやりとりのようだ。

 楓花自身そう思ったのか笑いながら口に出した。

「お兄、なんか恋人の待ち合わせみたい」

「うっせー」


「待たせちゃってごめんね、春陽くん」

「いや、全然大丈夫」

 こちらも似たようなものだったが、誰からもツッコまれることはなかった。


 五人は今帰りの電車の中だ。

 バーベキューの後に温泉に入り、皆疲れたのだろう。

 最初は皆で話していたが、今は眠ってしまい、静かなものだった。

 春陽の隣にはなぜか悠介ではなく雪愛が座っている。

 楓花が強制的に席順を決めてしまった。

 悠介は楓花の隣だ。

 悠介達の正面に麻理が座っており、春陽達四人は真ん中の通路を挟んで横並びだ。

 悠介と楓花も今は兄妹仲良く寄りかかり合いながら眠っている。

 麻理も腕を組んで俯き目を閉じている。


 春陽は隣に座っている雪愛をチラッと見た。

 雪愛は頭を春陽の肩に預け、気持ちよさそうに眠っている。

 次いで、悠介と楓花、そして麻理に目を向けた。


(みんな今日楽しかったんだろうか……)

 春陽は思考に沈んでいった。


 春陽が早川家に住むことになったのは小六の夏休み中のことだった。どうしてそうなったのかは春陽にはわからない。とある理由で一週間ほど入院して、退院した時には早川家に住むことになっていた。

 当時ここには麻理とその旦那である貴広たかひろの二人が住んでいた。

 その年の初めに完成したばかりの新築らしく、中はとても綺麗だった。

 一階はお店になっており、麻理が夢だったカフェを開いている。

 麻理は、その夢のために、マイスターやバリスタといった資格を取るなど勉強にも励んでいたと貴広が言っていた。休日には貴広も手伝いをしていた。春陽は、いきなり今日からここに住むと言われ連れてこられたため、最初は戸惑いを隠せなかった。だが、貴広も麻理もとても優しく、そして温かく春陽を迎えてくれた。そんな春陽が麻理のお店の手伝いを始めるまでそれほど時間はかからなかった。

 麻理も貴広もそんなことしなくてもいいと、遊んできていいと言ってくれ、けれど手伝えば春陽を褒め、感謝もしてくれた。当時の春陽からすれば他人の家にいきなり来たのだ。何かしないと不安で少しでも二人の役に立とうと必死だった。


 貴広は高校の教師をしており、麻理はその元教え子だったそうだ。

 高校では生活指導を担当していたらしい。

 麻理が二十歳、貴広が二十七歳の時、当時麻理が勤めていたカフェで偶然再会し、麻理からの猛アタックで、一年後に結婚したらしい。

 貴広が詳しく話そうとすると麻理が恥ずかしいからやめてと止めていたから春陽は詳しくは知らない。麻理の高校時代を話そうとすれば、黒歴史だからやめろと本気で止めていた。


 中学に上がる時には、何か部活でもしたらどうだと強く勧められ、春陽はバスケ部に入った。そこで悠介と出会った。


 中一の五月四日、貴広が『春陽、今日は出かけるぞ』と言って三人で出かけた先が今日来たバーベキューと温泉だった。

 最後に家に帰ってからも一イベントあり、この日春陽は初めての経験の連続に、困惑し、それ以上に楽しくて嬉しくて、感情が飽和してしまい、静かに涙を流した。涙だけが後から後から零れてきて止まらなかった。

 何気ない会話の中で、春陽が今までされたことがないからわからないと言ったため、貴広と麻理で色々と計画したのだと春陽は後になって教えてもらった。


 だが、それからしばらくして、貴広の病気が見つかり、闘病生活の末、春陽が中一の終わり頃、貴広は亡くなってしまった。『麻理、春陽。すまない』それが最期の言葉だった。


 貴広は曲がったことが大嫌いな人だった。けれど相手の言い分をきちんと聞く懐の深さもあり、相手のいいところを見つけるのも上手く、それを相手に伝えるのも上手かった。感謝や労いなどもきちんと言葉に出し、笑顔の多い本当に優しく温かい人だった。

 そんな人だからだろう。麻理も笑顔が絶えなくて。そんな二人と過ごすうちに春陽も徐々に笑顔を見せるようになり、二人に心を開いていっているように見えた。


 だが、だからこそかもしれない。病気が見つかった時には末期だったらしいが、この時春陽は本気で自分を責めた。自分が来たせいで、自分は疫病神だと。

 その思いが麻理もそう思っているという結論に至り、麻理にも恨まれていると春陽が考える原因だった。


 そうして、今の、誰とも深く関わりたくない、一人がいいと考える春陽ができあがった。もしもの話に意味はないが、もしも貴広と麻理の二人とずっと一緒に過ごせていれば今の春陽は全く違うものになっていたかもしれない。


 それでも追い出すこともなく、春陽が中学を卒業するまで住まわせてくれた麻理に春陽は今でも頭が上がらない。

 中学卒業と同時にアパートで一人暮らしをしたいと言った春陽に、麻理は店でのバイトを条件に認めた。

 麻理は麻理で春陽が自分を責めていることには気づき、何度も違うとそんなことはないと否定しているのだが、ちゃんと伝わっているように思えずもどかしく感じていた。そんな状況で春陽から一人暮らししたいと言われたのだ。家賃はどこかでバイトして稼ぐという春陽に、フェリーチェでのバイトを条件にしたのは、春陽のことを心配してのことだった。春陽と関わりが無くなってしまうことを避ける意味もあった。


 翌年は麻理と二人だし、何もないと春陽は思っていた。麻理も、少なくともバーベキューなどはやるつもりがなかっただろうと思う。

 だが、おそらく麻理から話を聞いた悠介がどういう話の流れかわからないが、自分も行くからと提案したのだろう。悠介を入れて三人で今年も行こうと麻理から言われた。

 それを聞いた春陽は、貴広が亡くなってそれほど時間も経っていないし、自分のことなんて気にする必要はないと断ろうとしていたが、麻理に説得される形で行くことになった。代わりに春陽からこれ以上してもらう訳にはいかないと一つ交換条件、というか提案をし、それは受け入れてもらった。

 結局中二の年も、去年とは違う顔ぶれの三人で去年と同じように過ごした。


 その翌年には、楓花も参加するようになり、さらに賑やかなものとなった。

 そして、今年は雪愛まで参加した。


(楽しそうには見えた。楽しいフリとかではなく、本当に楽しんでくれていたなら―――その笑顔が本当のものなら……)

 麻理たちは優しい人たちなんだろうとは春陽自身思っている。

 こうして今日という日に集まってこんな催しをしてくれているのもそう思う理由の一つだ。

 麻理はいつも自分を褒めてくれている。悠介はダチだと言ってくれた、またバスケをやろうと誘ってもくれた。楓花はハル兄と呼び、兄である悠介と同じように接してくれている。

 そんな日常の言動一つ一つを言い出せばキリがない。

 そんな人たちが自分に心の中では負の感情を抱きながら、優しい言葉をかける、なんてことをするだろうか。


(もし、みんなの言葉がそのまま本心を言っているのだとしたら……)

 目に見えない人の心というものはとても怖い。過去に、信じていたに突然手の平を返すように態度を変えられ、憎しみを向けられたことのある春陽には、人を信じることもとても怖い。


(みんなのことを信じたい―――)

 いきなり多くは無理でも、麻理、悠介、楓花、少なくとも彼女たちだけは。

 閉ざされていた春陽の心がそんな風に少しだけ開かれ始めた。


 そしてもう一人。


 春陽は、そんな思いを抱くきっかけとなったのは間違いなく―――と、もう一度隣に目を向けた。

 雪愛。

 男性が苦手だという彼女は、それでもこの短い期間に何度も春陽に仲良くなりたいのだとぶつかってきた。

 春陽が避けようとしても、麻理たちをも味方につけて、自分が知らなかったところでのことも含めて何度も。

 行きに悠介から経緯を聞いたときに、雪愛を誘ったのは麻理の嫌がらせかと言ったが、春陽自身もうそんな風には思っていない。

 春陽自身が嫌だと思っていないのだから。


 今日の雪愛の言葉の数々。それらは春陽に真っすぐ向けられていた。

 負の側面なんてどこにも無い。純粋に春陽と仲良くなりたいという雪愛の強い想いをそのまま形にした言葉は雪愛自身も気づいていない熱量を持って。確かに春陽の心に届いたのだ。


 川辺での雪愛の笑顔が鮮明に蘇る。

 それだけで春陽の胸の奥が再び温かくなった気がした。

 悪い気はまったくしない、むしろ心地よくすらあるその不思議な感覚。


 もっと雪愛の笑顔を見てみたい――――まだまだ小さな、けれど確かな想いが春陽の心に芽生えたのだった。



 最寄り駅に戻ってきた五人は、そこで解散することなく、そのままフェリーチェに向かった。

 麻理は、店に着くなり、雪愛と楓花をテーブルへと座らせ、自分は女性陣にカフェラテを男性陣にブラックコーヒーを作り、できたものを春陽にテーブルへと運んでもらった。その間に悠介は勝手知ったるという感じであるものをバックヤードに取りに行った。

 続いて、麻理は冷蔵庫からケーキを取りだし、自身でテーブルへと持っていった。

 そのケーキは手作りのチョコレートケーキで、中央には『たんじょうびおめでとう』というプレート型のチョコが飾られている。


 全員が着席し、隣の悠介から麻理があるもの――クラッカーを受け取ると、麻理が声を上げた。

「ハル!お誕生日おめでとーー!!!」

「「「おめでとーー!!!」」」

 パン!パン!パン!パン!

 クラッカーの音とともにみんなの声が重なる。

「ありがとう」

 春陽は小さく笑ってお礼を言った。

 これが、今日を締めくくる最後のイベントだ。

 というよりもこれが本命だったりする。

 貴広がいた最初の時はプレゼントをもらったが、その後は春陽から提案し、プレゼントは無しにしてもらった。

 麻理が綺麗に切り分け、それぞれに渡していく。

 チョコのプレートはもちろん春陽の分に添えられた。


「わあ!麻理さんのケーキ今年はチョコなんだ!楽しみ!」

 楓花はテンションが上がり、

「これ麻理さんの手作りなんですか!?すごい!」

 雪愛はその綺麗なケーキに驚嘆し目を大きくした。

「ありがと。見た目より甘さ控えめに作ってあるからね」


 それから、ケーキを食べながら今日の思い出話に始まり、学校での出来事など話題は尽きず春陽のお誕生日会は大いに盛り上がった。


 一時間程があっという間に経ち、六時を回ったところで解散することとなった。

 中学生もいるし、それぞれ夕飯の時間もあるからという理由だ。


 悠介と楓花が一緒に帰っていくのを見送ると春陽が何か言う前にと麻理が先手を打った。

「さて、片付けは私がやっておくからハルは雪愛ちゃんを送っていってあげて」

 いつもは最後、麻理と春陽で片付けをして、去年からは春陽は自分のアパートに帰っていた。

「わかりました。すいません、任せちゃって」

「すいません!」

 一緒に謝る雪愛。

「気にしないで。今日は来てくれてありがとう雪愛ちゃん。本当に楽しかったわ」

「私こそ!本当に楽しくて。誘ってくださってありがとうございました」

「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいわ。これからもハルのことよろしくね?」

「っ、はい!任されました!」

「ふふふっ。じゃあ気を付けて帰ってね」

「はい!」

「………………」

 春陽は何だこのやり取りはと思いながらも無言を貫いた。


 雪愛の家への帰り道。

「眼鏡外しちゃって大丈夫?」

 雪愛の言う通り、春陽は店を出るタイミングで眼鏡を外していた。髪まで整えることはしなかったが、せめてという感じだ。眼鏡のあるなしで印象は大分変わる。万が一にも学校のやつに雪愛と春陽が二人で歩いていたなんて気づかれるのを避けるための応急処置だ。

「ああ、もともと伊達メガネだし」

「そうだったの!?」

 雪愛は学校では眼鏡をかけているし、バイト中はコンタクトをしているのだろうと思っていた。それがまさか伊達メガネだったとは。

「前髪で目元隠して、眼鏡かけて自分から人と関わろうとしなきゃ、見た目と態度でみんな勝手に俺を陰キャと思ってくれるから楽なんだよ」

「そうだったんだ……」

 雪愛は春陽の新事実をまた一つ知った。


 雪愛の家までの道のりは一度行っているので今回はスムーズだ。

 今日も自然と春陽は車道側を歩いている。

 そのことについ笑みが浮かぶ雪愛。

「どうした?」

 それに気づいて春陽が声をかける。

「ううん。何でもないの。今日は本当に楽しかったなぁって」

「それならよかった」

 悠介とも友人になれたし、楓花とも仲良くなれたし、麻理とも今までより仲良くなれたと喜ぶ雪愛。

「それに、春陽くんとも前より仲良くなれたって思うから」

 笑顔でそんなことを言う雪愛に、

「そうだな」

 と言って春陽は小さくだが笑みが浮かんだ。

 春陽のその返事と表情が嬉しくて、雪愛は笑みを深めた。

「それにしても春陽くんのお誕生日、バーベキューに温泉に、イベント盛りだくさんって感じだね」

 何気なく雪愛は言っただけだった。

「いや、多分それは俺がそれまで誕生日を祝ってもらったことなんてなかったか、らっ――――」

 えっ?と雪愛は驚きと疑問の表情で春陽の顔を覗いたが、春陽も言ってすぐにまずったという顔をした。深く考えずに普通に答えてしまった。

「悪い、今のは忘れてくれ」

「………うん」

 春陽に言うつもりが無い以上、雪愛には頷くしかできなかった。


 そうして、歩いていると雪愛の家の前に着くのはあっという間だった。

「それじゃあ―――」

「待って」

 一言言って、踵を返そうとした春陽を雪愛が引き留めた。

「どうした?」

「あのね、渡したいものがあるの。麻理さんからプレゼントは無しって聞いてたんだけど……。受け取ってもらえたらって」

 そう言って、持っていたバッグから小さな箱を取り出す雪愛。

 箱には可愛らしいリボンが付いている。

 不意打ちに春陽は目を大きくする。

「……ダメかな?」

「っ!?あ、いや。……悪い。驚いただけだ。ありがとう。開けてみていいか?」

 そう言って春陽は小箱を受け取った。

「う、うん。あのね、男の人へのプレゼントってどんなのがいいか全然わからなくて。バイト中の春陽くん、よく垂れてきた前髪を戻してるの思い出してね。髪留めはどうかなって」

 ちょっと慌てたように雪愛は言葉を続ける。

 小箱の中身は髪留めらしい。

 春陽は丁寧に箱を開けた。

 中には雪愛の言うとおり髪留めが入っていた。

 銀色のシンプルな髪留めにはアクセントに小さな四葉のクローバーが描かれている。

「ありがとう」

「うん!フェリーチェってお店の名前にも合ってると思ってそれにしたの」

 フェリーチェ――――意味は幸せだ。

 優しく笑う春陽に雪愛の心臓が高鳴る。なんだか、春陽が素直、というかさらに優しいというか―――。

 すると、春陽が髪留めを手に持ち、実際に髪を留めようとする。しかし使ったことがないからか中々うまくいかない。

「……悪い。つけてもらってもいいか?」

「っ!?あ、うん。ちょっと動かないでね」

 春陽は雪愛に髪留めを渡すと、少し膝を曲げて頭の位置を調整した。

 雪愛は春陽から髪留めを受け取りそっと春陽の髪に触れた。顔が熱くなり、心臓の音が煩い。春陽に聴こえないか不安になるくらいだ。

(サラサラだ)

 雪愛はドキドキしながらもそんな感想を抱いた。

「できたよ」

 すぐに、髪を留めることができた雪愛は春陽に声をかけた。

 元の姿勢に戻った春陽は、

「どうだ?」

 自分では見えないので、雪愛に感想を聞いた。

「すっごく似合ってる!」

 雪愛は笑顔で言った。

「そっか。ありがとう。大事にする」

 春陽も笑みを浮かべていた。


「雪愛は誕生日いつ?」

「えっ!?」

 突然の問いに驚いてしまう雪愛。

「雪愛の誕生日はいつ?」

 春陽は繰り返し聞く。雪愛は今度は驚くこともなく答えた。しかしその表情はちょっと恥ずかしそうだ。

「私の誕生日、十二月二十四日なの。クリスマスイブなんだ」

 誕生日がクリスマスイブということもあり、家ではクリスマスと誕生日が同時に祝われる。友人とクリスマスに遊ぶときなんかもクリスマスプレゼントの交換が自分に対しては誕生日プレゼントも兼ねてしまうことが多い。

 そういった経験もあり、ちょっと恥ずかしいようだ。後は単純にイブが誕生日という事実に対してか。

「わかった。絶対覚えとく」

「っ~~~~………」

 雪愛の顔が恥ずかしさとは違う理由で赤くなっていく。

「それじゃあ、今度こそまたな。プレゼントありがとう」

 春陽が今度こそ別れの挨拶をする。

「うん。またね。こちらこそ今日はありがとう。お誕生日おめでとう」


 春陽は空の小箱を手にアパートへと帰っていった。


 その日の夜。

 雪愛は一人ベッドで枕を抱えながらごろんごろんと転がり、悶えていた。顔はニヨニヨと緩んでいる。

 沙織とご飯を食べているときも、油断すると今日のことを思い出しニヨニヨ顔になっていた。沙織からは「雪愛、あなたさっきからちょっと怖いわよ」と呆れた目で言われてしまった。

 今は部屋で一人のため、存分に悶えているところだ。

 嬉しくて嬉しくて、顔は熱いし、心臓の音も煩いし、本当にどうにかなってしまうんじゃないかと思うほどだ。

「今日は本当に素敵な一日だったなぁ」

 バーベキューは初めての経験で美味しかったし、楽しかった。温泉はちょっと恥ずかしいこともあったけど、麻理と楓花とたくさん話せてより仲良くなったと思う。誕生日会も楽しかった。ケーキもすごく美味しくて麻理への尊敬の念が強くなった。そして、なんといっても春陽だ。

 雪愛―――そう呼ばれるだけで本当に嬉しかった。

 プレゼントを渡したときの春陽はちょっと反則なくらい優しい雰囲気だった。

 そこでまた雪愛は悶える。

 これの繰り返しだ。


 だが、一つだけ気になっていることがある。

 春陽が途中で止めてしまった言葉だ。

『いや、多分それは俺がそれまで誕生日を祝ってもらったことなんてなかったから』


(あれはどういう意味だったんだろう。…お祝いをしないお家だったとか?)

 考えても答えは出ない。

 春陽のことをもっと知りたい。そして自分のことも春陽に知ってもらいたい。そんな風に思う雪愛だった。


 さすがに疲れていたのか、それほど時間はかからず眠りに就いたがその直前まで雪愛は悶え続けたのだった。


 二日後、連休最終日の夜。

 麻理から一通のメッセージが届いた。

『雪愛ちゃんのプレゼントだって聞いたから』

 という一文とともに画像が添付されていた。

 そこには、隠し撮りをしたと思われるバイト中の春陽が写っており、髪には雪愛の贈った髪留めが付いていた。

 雪愛は即その画像を保存した。

 そしてそれを見て、雪愛がニヨニヨ顔になったのは言うまでもない。

 しばらく悶えたことも言うまでもないことだった。

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