#1 呪われた学園
#1 呪われた学園
どこの学校にでも一つぐらいあるだろう、
トイレの花子さん
夜中に動く理科室の標本
誰もいない音楽室から聞こえるピアノの音・・・・・・
そう、怪談話だ。
その大半は暇を持て余した学生がなんの根拠もなく広めた作り話であることが多いが、中には事実に基づく信憑性の高い話もある。
ここ「私立・
いまから20年以上前、壇ノ浦学園に通っていたある女子高生が殺害されるという事件があった。その殺害現場となったのが西門だった。
事件後、西門で原因不明の事故で生徒が亡くなるという事件が相次いだ。 事件で亡くなった女子高生の祟りなのではないかと言われ、それ以降、西門を通ると呪われるという噂が広まったのだ。
だが、今や都市伝説と言われており、事件そのものがあったのかも疑わしい。俺の友達も、何人も西門を通ったことがあるらしいが何も起きなかった。
だから—————
俺が今からこの門を潜ったとしても、きっと何も起きないはずだ。
今日、友達に借りた漫画を学校に置いてきてしまった。すごく楽しみにしていた漫画だった。 明日いいかと思ったが、続きが気になりすぎて布団の中でいてもたってもいられず、気づいたら学校まで来ていた。
俺クラス、2年E組は西門から行くのが一番近い。夜の学校に忍び込むリスクを考えれば最短距離で行くのがベストな選択だ。
壇ノ浦学園は「正門」、「東門」、「西門」の三つがあり、壇ノ浦学園の広大は敷地からでは正門と東門から向かったのでは遠回りすることになる。
時刻は午前3時。周りには誰もいない。
チャンスだ。
西門は雑草が生い茂り、木の蔓が門にぐるぐると巻き付いていた。門の隙間から手を入れ、鍵を開ける。
カシャン
金属がぶつかるかん高い音が、深夜の校舎に響く。門を開こうとするが、木の幹が絡まって開かない。
「くそっ」
じれったくなってガチャガチャ音を立てて無理やり開けようとする。
ふと、 後ろに人の気配を感じた。
「おい」
「・・・・・・・!」
馬鹿な。周りには誰もいなかったハズ。いつの間に後ろに。
「そこでなにしてる」
後ろを振り返り、その人物の顔を見た瞬間————
「ひっ・・・・・・・!」
俺は即座に逃げることを決断した。
「待て!」
くっそ、くっそ、くっそ!くっそ!!
よりにもよって、生徒会長の
ダッシュで逃げるが、刹那は信じられないスピードで追いついてくる。
「あああああああ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!!!!!」
深夜の住宅街を、叫びながら全速力で駆け抜ける。
ぜえぜえと息が荒れ、鼻水が垂れ、号泣しながら走る。
走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る
捕まったら終わりだ。
絶対に捕まるわけにはいかない!!
「いっつてぇぇ!!」
疲労で足がもつれ、盛大にこけた。膝から血が流れる。靴も片方脱げていた。
「くそ、くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそがぁぁぁぁぁぁぁああ˝あ˝あ˝あ˝あ!!」
足がびりびりとしびれる。痛みで立ち上がれない。
はっ、と顔を上げると、刹那が俺を見下ろして立っていた。
夜道にぼうっと見える青白い顔。真っ白い胴着姿に長い黒髪が風にゆらゆらと揺れていた。その姿はまるで江戸時代の人斬りのようだった。月光に反射して光っている赤い瞳で俺を鋭く睨みつけ、
「観念しろ。」
と言った。
ぜぇぜぇと息が上がる俺に対して刹那は全く息が上がっていない。
あれだけのスピードで走ったのに。
「う˝う˝う˝う˝う˝うぅぅぅぅぅぅううううう!!」
片足から血を垂れ流し、疲労と恐怖で泣きじゃくりながら逃げる。
もうぐちゃぐちゃだ。
だが、何としても捕まるわけにはいかない。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。捕まったらアレをされる。それだけは絶対に嫌だ!!
「いやっ・・・!」
キンッという金属音と共に頭に強い衝撃が走る。
遠くなる意識の中で
刹那が俺を見下ろして、
「・・・・・・—————・・・」
なにか言った気がした。
✳︎✳︎✳︎
正門前に吊るされたそれを見て、
血まみれになった男子生徒が縄でぐるぐる巻きに縛られ、巨大な正門の上に
「私は
みんな一旦は目を向けるも、なるべく関わりたくないとでもいうように、血が垂れる箇所を避け、俯きながら正門を抜ける。
正門には体育教師の
「おいお前ら!もうわかっていると思うが、昨日禁忌を犯したものがいた!お前らなぁ最近たるんでんだよ・・俺はなあ、やり方を変えるぞ! 今日からの体育楽しみにしとけよ!!」
朝からうるせえな。
20年前の殺人事件がきっかけで始まった祟りの噂。西門は危険な場所であるため立ち入り禁止となっていた。仮にくぐった場合はきつい「お仕置き」がある。
お仕置きの内容は詳しくしらない。なにせお仕置きをされた人に聞いても「恐ろしくて言いたくない」という始末だ。学校に忘れ物を取りに来た2-E
西門の祟り
事件があったとはいえ、20年以上前の話だ。先生や生徒会が常に巡回しているわけでもないので、みんなたまに普通に通っている。上星も何度が通ったことがあったが、特になんの危険もなかった。
そう、「お仕置き」は見つかってしまった場合の話だ。本来は東門、正門から通うようにといわれているが、正門に回り込むだけでプラス15分はかかる。西門は校舎から最も近く、駅側にも面しているため、電車通学の人にもありがたい、非常に便利な門なのだ。
だが、4か月に1回くらいのペースで見つかって、制裁を与えられる人が現れる。
本来守らなければならない掟。
でもバレなければ問題ない。
その気のゆるみを正すための制裁だ。
わざとらしく正門に縛りつけて見せしめにするのも、掟を再認識しろという意味があるのだろう。実際、見せしめがあった数週間はだれも西門を潜らない。しかし一か月もたてば、ちらほらと潜るやつが現れる。
朝から嫌なもん見ちまったなあ。
上星はそう思いながら正門を潜った。
✳︎✳︎✳︎
上星は自分のクラスである2年B組に入る。
教室に入るとひどくざわついていた。おそらく、正門のアレのことだろう。
「おす、久しぶりに見たな。正門のあれ」
上星は友人の
「正門のあれ?あぁそんなのあったな。でも今の俺にはそんなことはどうでもいいのだよ、ウェボシー」
大宗は独特の喋り方でメガネをすちゃりとあげる。ぽっちゃりとした体型に寝癖とフケが残る髪。黒縁のメガネが特徴的な奴だ。
ウェボシーというのは上星のあだ名だ。
「それどころじゃない?どういうことだよ」
上星は気になって聞き返す。
「今日、転校生が来るらしいぜ」
「転校生?」
「しかも女子」
「なんだと?」
「し、か、もぉ・・・・・・・・」
「噂だとめっちゃ美人」
✳︎✳︎✳︎
「やべぇ、遅刻する」
乱暴な口調をこぼしながら走る一人の女子高生。 目鼻立ちのくっきりした整端な顔立ち。青白い肌。鋭く吊り上がった紫色の瞳。
転校初日から遅刻はやばいよなぁ。
そう思いながら携帯でマップのアプリを開き、現在地を確認する。学校にたどり着いてはいるのだが、敷地内は高さが3メートルくらいある壁で覆われている。学校に入るためには門から入るしかない。
ここから正門までだいぶある。壇ノ浦学園の広い敷地では門にたどりつくまでに遅刻してしまう。
とにかく正門をめざすしかない。
壁に沿って走っていると、雑草が生い茂り、木の幹が絡まった小さい門があった。
「ん?ここにも門あんじゃん」
少女は門に足をかけた。
「ラッキー」
✳︎✳︎✳︎
「はい席についてーーー、」
上星たち男子生徒が、美人と噂の転校生について話しているところに、担任の
セミロングの髪に濃いメイク。詳しい年齢は知らないが、おそらく40代くらい。母と同じくらいの世代だろう。担当教科は英語。生徒の悩みに寄り添ってくれるとても優しい先生だ。そのため男女問わず生徒からの人気が高く、みんなからは「たえこ先生」「たえちゃん先生」との愛称で親しまれている。
生徒たちが自分の席につく。上星も席にすわる。
「えーーーー、みんなもう知ってるかもしれないけど・・・今日は転校生がきます。」
やはり噂は本当だったのか。
上星の朝から下がっていたテンションが一気にあがった。もう正門前の蛹虫のことなど記憶になかった。
美人の転校生。
興味があるかないかと言われたら
大アリだ。
「けどなんか遅刻してるみたいなので・・・・まあ来たらちゃんとみんなに紹介するからね。」
遅刻かぁ。
転校初日に遅刻するなんてヤンキーみたいだな。もしかしてちょっと怖い人なのかな。
上星が思ったその時
「先生」
一人の生徒が声を上げた。
「転校生って・・・・・アレですか。」 と言って窓から見える西門を指さした。
さびれた西門では、例の転校生らしき女の子がうんしょと西門によじ上って学校に入ろうとしていた。
「あぁーーーーーーーーー!!」
先生、生徒が同時に声を上げた。
✳︎✳︎✳︎
「うわ、
門に足をかけた状態で転校生は愚痴をこぼした。
「可愛い制服汚したくねぇなぁ」
門の錆びた部分に制服がつかないように気を付けながら門の上にまたがり、
「よっと」
すとんと地面に降りる。
「あとでぜってー手洗お」
錆びがついて茶色い汚れがついた手をぱんぱんと払いながら言った。
「こらーーーー!なにしてるの!」
先生たちや、騒ぎを聞きつけた
「は?」
転校生はきょとんとした顔をしていた。
✳︎✳︎✳︎
生徒会長・
西門では、門をよじ登って校舎に入った転校生を先生たちが問い詰めていた。
「会長、また禁忌を犯した愚か者が」
二本の長い三つ編みを垂らし、
「わかった。」
刹那は転校生をじっと見ていた。
「あの刀・・・・・・まさか・・・・」
✳︎✳︎✳︎
「だからぁ、知らなかったっつってんだろ」
転校生は自分に非がないことを必死に主張していた。
「知らなくても、決まりは決まり。掟を破った場合は制裁を受けなくてはならないの。」
先生としても見つかってしまった以上は制裁を下す必要があると考えていた。担任であるたえちゃん先生が先頭に立ち、説明する。
「え!?ぜっっっっっ・・・ったい嫌だわ。制裁なんて!!」
転校生は半分泣きながら完全拒否。
「うーん、」
先生たちも判断に迷っている。転校初日。知らなくて西門に入ってしまったのは事前に説明しておかなかった学校側にも責任がある。しかしここで転校生を許せば、規則が緩み、また掟を破る者が出てくる。
制裁は掟を
「あたしはさぁ~~、今日!!転校してきたんだよ?知らなかったことをやっちまって責められる
転校生は自分の無実を主張し続ける。
✳︎✳︎✳︎
「おい、ウェボシー!こっちだ早くしろ!」
上星と大宗も西門に向かう。西門には既に人だかりができており、転校生と先生を囲んでギャラリーが出来上がっていた。他の生徒たちも禁忌を犯した転校生がどのように処罰されるのか、行く末を見守っている。
その時————
「生徒会長!!」
「会長だ!!」
人が入れる隙間など微塵もなかったギャラリーが、ずらっと道を開けた。
背が高く、真っ白い道着に黒い袴が風になびく。
赤い瞳。
「だれ?あんた」
転校生が言う。
「あんた、転校生だからって無礼ね。」
「このお方は生徒会の火影刹那会長よ。」
「生徒会長??」
転校生はここぞとばかりに刹那に抗議する。
「先生相手じゃ話になんねーよ!なあ、会長、あたしは今日初めてこの学校に来たんだ。掟があるなんて知らなかったんだよ、だから————、」
転校生が言い終わる前に、刹那は転校生のみぞおちに強烈な蹴りを入れた。
「お゛っう˝ぅ˝ええ˝!!」
転校生がうずくまる。
「転校してきた?」
うずくまる転校生に刹那がゆっくりと近づく。
「知らなかった?」
転校生の長い髪を引っ張り、顔を上げさせる。
「そんなものは関係ない。学園の敷地内に入った時点で常識など通用しない。この学園にいる以上、学園のルールに従ってもらう。」
淡々と話す刹那。
先生たちもさっきまでわいわいと騒いでいた野次馬生徒たちもしんっと静まりかえる。
刹那はギャラリーをぎろりと睨みつける。
転校生の髪を引っ張りあげ、無理やり立たせる。
「いってえ!!」
「ちょうどギャラリーも集まっていることだし、いい機会だ。」
「ええ、会長。」
縞井が刹那に竹刀を渡した。
「この学園の禁忌。それを破ることの恐ろしさをいまこそ知らしめましょう。」
螺良子はメガネを掛け直し、ニヤリと笑った。
刹那は転校生をギャラリーに見せつけ、叫ぶ。
「よく聞け。生徒会長・
刹那が竹刀を振り上げる。
「転校生。貴様に制裁を加える。裸足になって正座になれ。千回、面の打ち込みの練習台になってもらう。打たれている間は壇ノ浦学園の校則を音読してもらう。痛いだの声を上げたら声を出した回数×10回分、打ち込みの回数が増える。」
「放せ!くそ!!」
必死に抵抗する転校生に対し、刹那は攻撃の手を一切緩めない。逃すまいと転校生の服や髪を容赦なく引っ張る。
ギャラリーは先ほどのお祭り騒ぎから一転、全員下を向き、目の前の事態がどうにか収束するのをただただ待っていた。
「裸足になれ。ほら、早くしろ、早く早く早く早く————」
「ちょっと待てよ!!!」
一人の男子生徒が声を上げた。
「ウェボシー?」
大宗は大衆の中から1人飛び出す友人を信じられない目で見る。
ギャラリーが一斉に上星の方を見る
「・・・・・なんだ貴様は」
刹那はものすごい顔で上星を睨みつける。
「いや・・・・・なんか間違ってないすか??」
「この私に口答えするのか」
刹那が吐き捨てるように言う。
「そーですよ。この人を誰だと思ってんですか?生徒会長の火影刹那様ですよ!」
螺良子が小さな体でぎゃいぎゃいとわめく。
「いや・・・、き、決まりを破ったから、”お仕置き”されるんでしょう? その・・転校生の場合は決まりを知らなかったんですから!や、破るつもりは彼女にもなかったはずでしょう!」
どもりながらも、大きな声で
しっかり聞こえるように、
大衆に負けないように
こんなに多くの人に見られながら喋ったのは人生で初めてだった。
足がガタガタと震える。
頭から、背中から、脇から冷や汗が噴き出る。
あんな怖そうな人に抗議するなんてどうかしてるぞ俺。
自分でも、どうして声を上げたのかわからない。
でも、言葉は自然に頭の中にあったし、頭の中にある言葉を一生懸命話した。
伝えた。
「黙れ」
刹那が転校生を放りなげ、上星の方に向かっていく。
「禁忌を破ったものには制裁を。これは掟だ。」
上星の胸ぐらを掴む。
「その掟に逆らう者、反抗する者も同じく、制裁の対象だ。」
刹那が竹刀を振り上げたその時——————、
「そこまでだ。」
背が高く、凛とした顔立ち背中に「風紀委員」と黒い刺繍の入った白い制服がひらりと風になびく。ショートのベージュ色の髪は毛先に向かって無造作に跳ねている。
「風紀委員の
「玖源さん!」
「会長、話は聞かせてもらったよ」
刹那は玖源をぎろりと睨む。
「貴様は関係ない。引っ込んでいろ。
「いや、すまない。だが彼女が罰を受けるのは間違っているんだ。罰を受けるとしたら私の方だ」
「なに?」
「本来であれば転校生にも禁忌の件は伝えられるんだ。だが、私が伝えるのを失念していた。転校生に禁忌を伝えるのは学園の風紀を正す我々風紀委員の仕事でね。とにかくこの場は私が預かるから、あんたは自分の業務にあたんな。生徒会長も多忙だろ」
刹那は掴んだままの上星の胸ぐらをどつく。玖源煌玉につかつかと向かっていき、顔を近づけてこう言った。
「・・・しゃしゃり出てくるな。たかが風紀委員風情が・・・、私の邪魔をするんじゃない」
「邪魔はしてないよ。学校の風紀を正すのが風紀委員だ。私はその役目を全うしてるだけだよ」
2人はしばらく睨み合ったのち、
「ふん・・・・・、好きにしろ。」
刹那が言った。
「ちょ・・・会長!」
「いくぞ。螺良子」
戸惑う縞井螺良子をよそに、刹那はさっさと生徒会室に戻る。
「命拾いしたな!転校生!!」
螺良子は転校生に向かってべーっ舌を出し、慌てて刹那の後を追いかける。
✳︎✳︎✳︎
「えー、まあ色々ありましたが、改めてまして、転校生の“
たえちゃん先生の紹介で2―Bのクラスメイトに転校生が紹介される。
これが転校生の名前だった。
「初めまして!平等院さん!」
「ダイジョブだったー?」
転校早々とんでもない目にあった霊否を、クラスメイトは暖かく出迎えた。
「よろしくね!」
「どの学校から来たの?」
大勢の女子に囲まれ、質問攻めにされる。
「ところで、その長物の袋‥、もしかして
クラスメイトの一人が霊否が背負っていた
「いや、この剣は・・・お守り」
霊否は刀袋の紐をするりとほどいた。中から古そうな剣が出てきた。
「へーーー、なにこれ」
唾や鞘の装飾からかなり価値のあるもののように見えた。
「父親からもらったもので。お守り代わりに持ち歩いてる。」
霊否はキョロキョロとクラスを見渡した。そして上星と目が合うと、ツカツカとやってきた。
「お前、名前は?」
「上星 和成だけど」
「上星・・、あーあのっ、さっきは・・・・・・」
その時、教室のとびらがガラッと勢いよく開いた。クラスのほぼ全員が扉の方を見る。
「おい、転校生!」
顔や膝に絆創膏やら痣やらでボロボロになっていた男子生徒が叫んでいた。今日、正門前で蛹虫にされていた
ぶるぶると震える手で霊否を指し、こう言う。
「お前・・!お前ぇ!!なんで罰を受けなかった!お前も西門を潜っただろうが!!」
張り裂けるような声で叫ぶ。教室がしんと静まりかえる。
「いや、あたしは・・」
なにか言おうとした霊否をクラスの女子たちが庇う。
「はぁ?掟破ったあんたが悪いんでしょ」
「平等院さんは知らなかったんだから仕方ないじゃない」
大森はさらに声を荒げた
「ふざけるな!掟をやぶったやつは全員お仕置きなんだ!差別だ!!こんなの!!」
「おい、大森落ち着けよ」
上星が大森を
「うるせぇ!!」
じたばたと暴れる大森を上星に
「霊否ちゃん。ほっておこ」
「待ちやがれ!!」
大森が霊否に飛び掛かろうとした直後、大森の後ろに大きな影が現れた。
「はいはい、そこまでだ
「玖源さん!」
クラスメイトが口々に言う。玖源 煌玉は生徒から慕われているようだった。
玖源 煌玉は霊否を見つけると、
「お、いたいた。さっきは災難だったな。転校生。私の名は3年A組 玖源 煌玉。壇ノ浦学園の風紀委員長をやっている。 」
「おお、さっきは助けてくれてありがとう。あたしは平等院 霊否」
「平等院、さっきのでわかったと思うが、この学校は少し特殊でね。何かわからないことがあればなんでも聞いてくれ」
玖源はそう言って大森を連れて教室を出ていった。
✳︎✳︎✳︎
怒涛な朝を迎えた壇ノ浦学園だったが、授業は通常通り行われた。普段は退屈な授業だが、上星にとっては楽しい時間になっていた。霊否は上星の斜め前の席になった。授業を受けながら彼女を眺めることができる。
「あっ、やべ。消しゴム忘れた」
筆箱をゴソゴソとしていた霊否が言う。消しゴムを貸して話すきっかけを・・・・と上星が思った瞬間、
「も〜、平等院さんおっちょこちょいだなぁ〜、私の使っていいよ!」
前の席の女子に先を越された。
「まじ?ありがとう。えっと・・」
「あたし、
「知念さん、ありがと」
消しゴムは貸せなかったが、クラスの女子たちに親切にしてもらえている様子を微笑ましく思った。
「人気だな。転校生」
上星のさらに後ろの席の大宗がからかうように言う。ずっと霊否を見ていたのがバレていたのだろうか。
「そうだな。」
「なんだかなぁ‥」
大宗がなにか不服そうに言う。
「ん?」
「女子がさ・・・平等院さんにキャーキャー言ってる感じ、なんか寒気すんだよな。可愛いだけでチヤホヤされてる感じがするからかな。」
「それはお前の性格がひん曲がっているせいじゃない?」
「それもあるけど。なんつーのかな。」
大宗は腕を組んで続ける。
「平等院さんが生徒会長にしばかれそうになったときに誰も助けに入らなかっただろう。そのくせ今になってチヤホヤしだしてる。」
「まあ、確かに」
「平等院さんは、生徒会長にしばかれた時は掟を破った罪人扱いだった。罪人には誰も寄り付かない。それが風紀委員の玖源さんの介入によって掟を破ったことが正当化された。
つまり、クラスの女子たちにとっての平等院さんの価値は、生徒会や風紀委員など他者が決めた価値に左右されているってことだ。誰も平等院さんそのものの価値を見ていないし、自分自身で平等院さんの価値を判断しているわけではない。そこが気持ち悪い。」
「まあ、生徒会長にお仕置きされそうになってたあの状況じゃあ助けに入るなんて無理だろ」
「あのとき平等院さんを助けようと飛び出したお前の行動は本当に理解できないな。お前が俺が思うより勇気がある奴だったのか、それともお前の頭がおかしいだけなのか。」
「うるせえな」
さっきの行動は、自分でも驚くほど衝動的に飛び出していた。自分でもどうしてあんなことができたのかわからなかった。
✳︎✳︎✳︎
—翌日—
俺の名前は
剣道部の朝は早い。そして一年は誰よりも早く部活に来ないといけない。特に俺は一年の中でも最も弱い。誰よりも早く部室に行って、自主練するんだ。
爽やかな朝日をいっぱいに浴びて、小走りに学校へ向かう。
ふと、西門の前を通りかかった。
そういえば昨日、2年の転校生が西門を潜ったのに制裁を受けなかったという。火影部長が禁忌を犯した者を見逃すなんて前代未聞のことだったので1年の間でも話題になっていた。
「ん?」
西門になにか大きな物体が横たわっていた。
人か・・?
誰かふざけているのか、酔っ払いが寝ているのかと思った。近づいて声をかける。
「おい、ここは近づいちゃいけないんだぞ」
そういって体をゆするが、まったく反応がない。まるで人形のようだ。
「おい・・!」強めにゆすると顔がこっちを向いた。
「ひっ・・・・・っ」
その顔を見て、剣持は驚愕した。
口を大きく開け、目はかっとひん剥いて白目を向いていた。血色のない灰色の肌。砂で汚れた顔。体はぐったりとしていて一切動かない。
「きゅ・・・っ救急車!、救急車呼ばないと!!」
✳︎✳︎✳︎
「カズー、」
起きたばかりで寝癖が残る髪のまま朝食を食べる上星 和成に母が話かける。
「んー?」
「なんか今日学校休みで自宅待機だって。いま連絡網きた」
手に受話器を持ったまま言う。
「休み?なんで」
「なんか学校で事故あったみたいだよ。」
「事故?」
なんだろう。とりあえず学校が休みなのは嬉しいが。
「はぁ?!お兄ちゃん今日学校休みなの?
上星の向かいに座っていた妹の柚希が駄々をこねる。
「大宗さんとこ連絡しなきゃ」と母が壁に貼ってある連絡網を確認していた。
そのときふと気づいた。学校が休みという連絡は連絡網に入っている人に順番に連絡される。連絡網はクラスメイト全員の電話番号が書いてある。
昨日学校に転入したばかりの
上星は朝食をそそくさと食べ
「出かけてくるわ」
と言った。
「あっ!遊びに行くんだ!!自宅待機って言われてるのにいけないんだ〜」
妹がご飯粒をほっぺたにつけたまま言う。
「ちげぇよ」
霊否の件もあるが、学校で起こった事故についても気になっていた。私服のまま携帯と財布だけもって学校へ向かう。
✳︎✳︎✳︎
壇ノ浦学園は上星の自宅から徒歩15分くらいの場所にある。学校の付近までくると騒々しい雰囲気が辺りに漂っていた。
家から出て学校方面を眺めて
「なんかパトカーきてるわ」
と言って家の中に戻る人や、
道ゆく人たちがヒソヒソと噂話しをする声が聞こえた。
「亡くなったの?」
「学校の生徒さんみたいよ」
学校につくと救急車とパトカーのサイレンが事態の異様さを物語っていた。
騒々しさの中心となる壇ノ浦学園の西門には救急隊と警察が数人いた。先生もいる。
西門は「Keep out 立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープで囲まれ、中の様子は見えにくい。
テープの周りには壇ノ浦学園の生徒やら近所の人たちでざわざわとしていた。
「生徒は帰れ!今日は自宅待機だぞ!」
部活の朝練などの理由で連絡網がくるよりも早く学校に着いてしまった生徒たちだろうか。体育教師の
「平等院さん!!」
「え?」
霊否は驚いた様子で上星を見た。
「あー、お前は・・・上星か」
「今日学校休みだって、さっき連絡網来たんだ。平等院さん連絡網入ってないと思って・・・」
「え?それでわざわざ学校まで来たの?」
「うん」
「まじか」
「そうだ!」
上星はポケットから携帯を取り出す。
「今後こういうことがあったときのためにさ、電話番号教えてよ!」
「あぁ、いいけど」
思わぬ形で霊否の連絡先を手に入れることが出来た。
「じゃあ、あたし帰るから。また学校で。」
「う、うん!」
霊否は帰っていった。後で気づいたが、霊否に会うんだったらもう少しちゃんとした私服を着てくればよかったと思った。
✳︎✳︎✳︎
次の日には通常通りの登校となった。先生から、昨日の事故について説明があった。
2日前の夜、2年F組
死因は転落死。
夜中に西門から校内に侵入しようとしたところ足を滑らせ、頭から転落したという。
「というわけで掟にもある通り、西門には絶対近づかないこと!いい?みんな」
たえちゃん先生からの注意が響く。
「ウェボシー、この事故、どう思う?」
休み時間に大宗が話しかけてきた。
「どうって言われても‥‥お前はどう思うんだよ」
「まあ、祟りの噂もあるしな」
上星はふと、視線の先にクラスメイト、
「早川、お前‥」
上星はああ、そうかと思った。
「お前、佐藤と仲良かったもんな‥」
早川は上星には見向きもせず、ぶつぶつと何か言っていた。
「早川?」
「知らない‥‥知らない‥‥なにも知らないんだ‥おれは‥」
「おい、どうしたよ」
上星が肩をとんと叩くと、
上星に飛びかかり、大声で言った。
「俺は知らなかった!なにも知らない!!まさかあんなことになるなんて・・・!」
「おい、落ち着けよ、どうした急に。」
上星が
「早川」
大宗が落ち着いた口調で言う。
「何か知ってるのか?今回の事故について」
「だから知らないって言ってるだろ!」
早川は大声で怒鳴る。
「まさか、お前が佐藤を殺したのか?」
と大宗
「違う!そんなことするわけない!俺はただ電話してただけだ。」
「電話してた?」
「一昨日の夜、佐藤から電話がかかってたんだ!俺はそれに出ただけだ!こんな‥‥佐藤が死ぬなんて思ってなかった!」
一昨日の夜というと、佐藤が西門から転落した時だ。
「佐藤と事故の直前に話したのか?」
「ああ、電話でな」
「その時、なんて言ってた?」
「なんか幽霊見たとか言ってた。それから気味の悪い声が聞こえて‥‥」
「ちょっと待った」
大宗が
周りのクラスメイトが聞き耳を立てていたのだ。
「場所を変えよう。その話、詳しく聞かせろ。」
✳︎✳︎✳︎
—2日前、夜12時頃—
早川の携帯が鳴る。寝ぼけた目で携帯を見ると友人、「佐藤 光」の名があった。
「なんだよこんなに遅い時間に」
早川は若干キレ気味に言った。
「いや!ごめん!違う!!そうじゃないだって!とにかくやばいやばい!やばいんだよ!」
「なんだよ」
「俺、いま学校の西門にいるんだけど、」
「はぁ?」
「コンビニ行ってて、ふと前を通りかかったらさ・・・いまさっき!なんか幽霊みたいなの見たんだよ!!」
「お前な・・・寝ぼけてんじゃねーの」
「寝ぼけてなんかない!本当なんだって!!真っ白い髪の女が西門のあたりウロウロしてんのが見えたんだよ!もっかいみえねぇーかなぁ」
「お前な、もう帰れよ。何時だと思ってんだよ」
「なんか20年くらい前に殺人事件みたいなのあったろ?西門で女子生徒が殺されたみたいな。その時の幽霊なんじゃねぇかな」
なんかそんなのあったなと早川が思っていると、
「とにかくおれは・・・ッつ・・・だからッ・・・・・」
急にノイズが入る。
「佐藤?」
数秒したらノイズが聞こえなくなった。
「おい、大丈夫か」
急に心配になり、電話越しに呼びかける。
「おい!」
すると、
「すべては・・・・・」
地面の底から聞こえてくるようなうめき声だった。
女の声のようだ。
「‥‥は?」
早川は驚いて耳から携帯を離す。
気持ち悪りぃ
女の声が続く。
「すべては・・・
と聞こえた途端、電話が切れた。
✳︎✳︎✳︎
上星、大宗、大森の3人は誰もいない図書室で話を聞いていた。
「アスティ・・・・なに?」
「
「これは‥」
上星、大宗は早川の話はなんとも非現実的だった。だか、佐藤が死んだ現実と結びつく要因が多かった。
先生は事故だと言っていたが、本当はまだ死因はわかってないんじゃないのか?
俺達生徒を安心させるため、そんなウソをついたのか?
「なあ!これやっぱり祟りかな!!俺、どうなっちまうんだよ!」
早川は泣きながら言う。その時、図書室の隅でガタッと音がした。途端に黒い影が図書室の扉から去っていくのが見えた。
「ちっ!誰かに聞かれた!」
大宗が言う。
「くそ‥これはやばいな‥」
大宗がしかめた顔をして言った。
✳︎✳︎✳︎
早川の話はその日のうちに学校中に広まった。
祟りは本当だった!佐藤は20年前の事件で亡くなった女の霊に殺された、と。
休み時間に2―Bの教室がガラリと空いた。蛹虫こと大森だった。
「俺の言った通りだっただろう転校生!」
と、霊否を指さして言った。
「ちょ、あんた、また来たの?」
「しつこすぎ。きも」
クラスの女子たちが冷たく罵倒する。
「やっぱり祟りだったんだ! お前が転校して、西門を潜ってから祟りが始まった!祟りの原因はお前だ!」
「はぁ‥、ちょ、なに言ってんの」
女子の1人が言う。
大森が続ける。
「火影生徒会長が言ってたんだ!“お仕置き”には除霊効果があるって。お仕置きを受けてない、除霊してない転校生は霊に取りつかれているんだ!」
「おい、お前いい加減にしろよ。なんの根拠があってそんなこと」
上星が言う。
「だったらこの祟りをどう説明する?佐藤は西門に幽霊のようなものを見たと言った。転校生、お前が西門を潜ったから霊を呼び起こしたんじゃないのか!」
この事態の原因なんて誰もわからない。
2-Bのクラスメイトはみんな下を向き、誰も喋らなかった。
今まで霊否を可愛い転校生と、チヤホヤしていたクラスメイトの視線がだんだんと冷たく、突き放したような目になっていく。
その時、
「きゃあああぁぁ!!」
廊下から悲鳴が聞こえた。
今度はなんだ。上星が廊下に向かうと、
「早川‥?」
体中血まみれの早川が廊下をふらふらと歩いていた。上を向き、放心状態でぶつぶつと何か言っている。よく見ると顔にも体にも切り傷がいくつもあった。血で汚れた制服がところどころ切り刻まれており、足は裸足だった。
「どうした!?何があった」
上星は早川の両肩を掴み、必死に呼びかける。
「行かなきゃ‥」
「え?!」
「女が俺に話しかけてきた‥髪の白い女‥西門‥‥、西門行かなきゃ‥」
「おい、ちょっと待てっ!」
上星が呼びかけるが、早川は歩みを止めない。ゆっくりと廊下を進み、下駄箱を抜け、裸足のまま外に出る。廊下で話していた生徒が叫び声をあげて次々に教室に入る。
「おい、早川!!待てって!その傷誰にやられた!!」
「に‥西門に‥」
「おい、ウェボシーどうした?!」
騒ぎを聞きつけた大宗が駆けつける。
「早川が!血まみれで・・・西門に向かってる!」
「西門に!?」
校庭をふらふらと歩き続ける。上星は早川にしがみつき何とか止めようとする。
「おい早川!まずは保健室!保健室行こう!その傷はやばいって!」
多くの生徒が校舎の窓を開け、早川と上星の様子を見ていた。
早川が西門の前までくると、
「西門が‥‥!」
そう言って急に走りだした。傷口が開き、あちこちから血が噴き出る。そして西門に着く直前で力尽きて倒れてしまう。
「ぎゃあああああぁぁぁァァァァァァァァァァァァ!!!!」
再び誰かの叫び声が聞こえた。
壇ノ浦学園は先日に引き続き、救急車とパトカーが来る大騒動に見舞われた。
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生徒たちは事態が落ちつくまで教室で待機となった。カーテンが閉め切られ、外の様子はわからない。先日の佐藤に引き続き早川までも
これが本当に祟りだとしたら・・・
大森が言っていたことが嫌でも思い出された。いや、みんな頭の中にあったのだ。でも信じたくなかった。
平等院霊否が掟を破ってから、この祟りが始まったのだと・・・
✳︎✳︎✳︎
2-Bの女子がひそひそと話しているところに霊否が割り込む。
「ねえ、知念さん!」
「・・・え?あたし?」
霊否に呼ばれた知念 姫子は驚いて言う。女子の集団はお互いを見て頷きあい、「じゃあまたね、ヒメ」と言って知念 姫子を残して散っていった。「ん?」霊否が不信そうに言う。
「な・・・なに?平等院さん」
知念が言った。
「あ・・・そう、これ」
霊否は手のひらを差し出した。
「これ、消しゴム。この間貸してくれてありがと。」
「あっ、あーーーそれね。もういいの。平等院さんにあげる」
「え? あげるって言われても・・・」
「いいから。消しゴム無かったんでしょ?使っていいよ」
知念は霊否と目を合わせず、ひたすら距離を取ろうとする。
「どうしたの?なんか様子変じゃね?」
霊否が触れようとすると
「触んないで!!」
知念がキンッと金切り声を上げる。途端に空気がピリッとひりついた。
「・・・・・・ごめん」
霊否は触れようとした手を、力なくおろした。
「こいつが転校してこなけりゃ・・・」
クラスの男子生徒一人がボソっと言った。大宗が上星の肩をポンと叩いた。そして耳元で
「・・・・・・ついに来るとこまで来たな・・」
と言った。
下校時間前に早川が死亡したことが先生から伝えられた。全員正門か東門から下校するように、西門には絶対に近寄らないことを再度警告され解散となった。
教室に忘れ物をした上星が教室に戻ると、霊否が1人教室に残っていた。
「平等院さん?」
霊否は驚いたように上星の方をみた。途端に上星から顔を逸らし、顔をごしごしとこすった後に再度上星の方を見る。
「上星、なに?」
「ウェボシーでいいよ。」
霊否が振り返った一瞬見えた。
彼女は泣いていた。
こういうとき、なんと声を掛ければいいのか。いい考えが浮かばず、かと言ってその場を離れることもできずにいると
「帰らないねーの?」
霊否がそう言った。
「あぁ、いや‥俺はその忘れ物取りに来てて。平等院さんこそ帰らないの?」
「あたしは‥ちょっと。今日ヘコむことがあって」
「知念さんに言われたこと?」
「それもあるし、佐藤と早川のことも。きっとあたしが禁忌を犯したことが原因なんだ。」
「そんなのただの噂だよ。なんの根拠もない。平等院さんのせいなわけ無いじゃないか」
「上ぼ‥ウェボシーもあたしと話さない方がいいよ。霊に取り憑かれるかも」
「それは違う。違うよ平等院さん!」
上星は必死に説明する。
「みんな怖いんだよ。理解できないことが起きてて、なんでもいいから理由が欲しくて‥そこに祟りの噂がやってきた。平等院さんのせいにすれば不安の向き先を平等院さんにすることができる。だからみんなそれに乗ったんだ。」
「でも!!」
霊否の声が震えた。
「人が死んでんだよ!」
いままで溜め込んできた感情が一気に爆発したようだった。
「なんとかしないと、また人が死んでしまうかもしれない!あたしのせいでこれ以上、人が死ぬのは見たくない!」
「平等院さん‥」
「あたし、生徒会長にお願いして制裁受けようかと思ってんだ。」
「そんな‥」
「転校生ってことで見逃されたけど、大森の言う通り制裁を受けることでこの祟りが終わるなら。」
「祟りを破ったのが本当に自分だけだと思ってるの!?」
上星も声を張り上げた。
「はぁ‥?」
「生徒の半数近くが西門通ったことあるよ!俺だって通ったことある!バレなきゃいいってやつさ。制裁なんてほとんどの人が受けてないよ。4ヶ月に1回くらいの頻度で見つかって、お仕置き受けて蛹虫みたいにぐるぐる巻きにされて正門に晒されるけど、数週間したらまた西門通る奴が現れるんだ。ずっとそうだった。でも祟りなんて1回も起きなかった!もし祟りが本当なら平等院さんだけ祟りに遭うなんておかしいじゃないか!」
「その通りだ」
教室のドア付近で声がする。大宗が腕組をして立っていた。
「その人は?」
「大宗平善。俺の友達だ。」上星が紹介する。
「さっきウェボシーが言った通り、祟りの噂は
「じゃあ、いったいどうすれば・・・」
霊否が言う。
上星は真剣な表情で言った。
「戦うんだ。この学校の生徒達、あらぬ噂、祟りそのものと。自分は原因じゃないって、主張するんだ」
「戦う・・・?そんなの無理に決まってるよ」
と霊否
「まあ、俺たち三人だけじゃ無理だろうな。」
大宗が言った。
「力を借りるんだ。学校の生徒たちに信頼されいて、影響力がある人物に」
「そんな人・・・」
「あ、」
上星が気づいたように言う。
「玖源煌玉か」
「そう、風紀委員の玖源煌玉。あの人にこの件を相談するんだ」
大宗が得意げに言った。
「たしかに霊否を生徒会長から守ってくれたし、あの人なら力になってくれるかもしれない」
これで目的ははっきりした。
上星はようやく気づいた。霊否がお仕置きされそうになったのを止めた理由が。きっとムカついていたんだ。祟りの噂にも、人を傷つける生徒会にも、ただ眺めているだけで止めようともせず無関心な生徒たちにも・・
祟りの噂がどこまで信憑性があるかは知らないが、禁忌をやぶっただけで暴力の限りを尽くす生徒会は許せない。
———『よく聞け。生徒会長・火影刹那の目が黒いうちはこの学園の規律は揺るがない。』———
生徒会長は、わざと人目に晒し、自分の権力をアピールしてた。暴力で人を支配するなんてまるで独裁者じゃないか。
生徒たちは、お仕置きされた人は白い目でみる。お前は西門を潜ったとこがないのか?誰にもバレてないだけじゃないのか?クラスメイトたちが霊否を冷たい目で見ていたのを思い出した。その中に上星が知ってるだけでも2~3人は西門を潜っていた奴がいた。本当はもっとたくさんいるだろう。
平等院さんがお仕置きを受ければ祟りは終わるのかもしれない。仮に祟りが人の手によるものだとしたら、そいつは罰も受けず、祟りのせいにし、平等院さんに責任を押し付けている。
そんな奴がいるとしたら俺はそいつを絶対に許さない
戦うんだ。
祟りと、生徒達と、生徒会と、
この学校そのものと————
そしてこの祟りを引き起こしている犯人を見つけるんだ。
上星はそう、強く決意した。
✳︎✳︎✳︎
「今日は遅いから解散。玖源さんのところには明日行ってみよう」
上星、霊否、大宗の三人は解散した。外はだいぶ暗くなっていた。霊否は1人、帰路につく。1人になってふと上星のことを考えた。
転校初日に生徒会長にお仕置きされそうになったところを助けてもらったこと、
連絡網に入っていないことに気づいて教えにわざわざ学校まで来てくれたこと、
一緒に戦うと言ってくれたこと——
祟りの原因と噂されたときはどうなるかと思ったけど、力になってくれる人が現れて本当に嬉しかった。
ふと前をみると、黒い影が霊否の前に立ちふさがる。
2人・・・3人。刺客のようだった。3人中2人は竹刀を持っている。残りの1人はナイフを持っていた。
「ついにあたしの番かよ・・・」
霊否はごくりと唾を飲み込んだ。
✳︎✳︎✳︎
「夜中にか弱い女子高生を複数で襲うとは・・・お前ら相当クズだな」
霊否はバックを地面にほうり投げた。 刀袋をほどき、古びた剣を鞘に入れたまま構える。
「なんの技術もねーけど、あたしもただでやられるのは嫌なんでね。めっちゃ抵抗すんぜ」
刺客たちも竹刀を構え、霊否にじりじりと近づく。
「おら!」霊否は剣を思いっきり相手に振り下ろす。刺客は身軽にするっと避ける。霊否の方は剣の重さに体を持っていかれそうになる。 刺客の一人が霊否の細い右腕をナイフで切りつけた。
「あだっ」
剣を取り落としそうになるが、慌てて構え直す。
刀ってこんなに重いのか‥映画だとブンブン振り回してたけど、ぜってー無理じゃん
「いっってえぇぇ‥」
霊否の制服に血が滲む。 もう攻撃はできない。腕の痛みで剣を持っているだけでやっとだ。相手はジリジリを近いてくる。 剣を敵に向け、距離をとりながら叫ぶ。
「女の子に暴力振るってんじゃねーよカス!てめぇら一生彼女できねぇからな!暴力野郎が!」
今度は相手から切り掛かってきた。 なんとか防ぐが、3対1では時間の問題だ。今度は足を竹刀で叩かれる。霊否は地面に倒れこむ。刺客たちが迫ってくる。
「くっそ」
霊否は痛む足をずるずると引きずりながら必死に逃げる。
あたしも殺されるのか。佐藤と早川みたいに
くそ!
そう思ったとき
———なら、力を使えばいいよ!!
場の空気にそぐわない、やけに明るい、幼女の声が聞こえた。
「・・・は?」なんだこれ
———君にはすごい力があるよ!力を使えばそんな奴らへっちゃら、へっちゃら!
拍子抜けするような陽気な声色だった。
「・・・なに??誰??こわ!」
周りをキョロキョロと見渡すが、声の主らしき人物はいない。この声は・・・耳から聞こえてるわけではない‥自分の体からだ。体の内側から聞こえてくる。
———私に任せて!!
霊否の前にゆらりと煙が立つ。
「わぁっ!!」
煙が徐々に人の顔になり、口がぬるりと動く。
「私に体を預けるの!!」
「うえぇぇ!?なになになに!?ユーレイ??てか動いた!?きも!!」
「いいから体を預けて!」
「なに!?ちょ、やめろ!!」
「体・・・!からだを・・・!私に体を・・・」
「ちょっ、なになになになになになになになになになになになに!!やめやめやめ!!」
「んー、もぉ〜・・・うるさいな!!」
煙は霊否の声を無視して体にスーッと入っていく。
霊否はぎゅっと目を瞑った。とたんに霊否は光に包まれ、キラキラとした閃光が体中を駆け巡る。
次に目を開くと—————
「わあっ・・・!」
霊否は自分の姿に驚いた。
大きなリボンがついたハット、底の厚い革靴
胸元から足までフリルがたくさんついたロリータファッション、そして胸元にはこれまた大きなリボン。
長い足にはハート形の模様がついたタイツ。
そして、悪魔のような大きな羽、尻から生える先のとがった尻尾・・・
「これは・・・」
困惑する霊否の前に、
「うんしょっっと!」
人形のように小さく、頭身の低い(二頭身くらい?)幼女が現れる。
ふよふよと浮遊し、霊否と同じようなフリルがたくさんついた服装をしている。その少女が霊否に向かって言う。
「私の名はメドゥーサ!よろしくね霊否ちゃん!!!!」
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【次回予告】
おう、あたし平等院 霊否。急に現れた謎の少女、"メドゥーサ"。
こいつ一体何者なんだよ・・・。でもこいつの不思議な力で刺客どもを撃退できるかもしれねえ。
いくぞ、メドゥーサ!
次回、
すべては、AstiMaitriseの名のもとに—————
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