カワリモノマニアック

坂本千晴

プロローグ

軽薄

「あーつまんね。何だこのクソ漫画は!恋愛漫画で浮気浮気浮気ってマジでもう飽き飽きしてんだよな。ギクシャクドロドロばっかでうんざりだ!こんなもんは芸術じゃない……てのは、言い過ぎか」


 最悪の気分だ。俺はまたやってしまった。これまでにも、こういう事はあった。つい思ったことを口走ることは。

 その度に、それを聞いた者は俺から離れる。

 その度に、自分の薄汚い精神が嫌いになる。

 それでも、口を付くように滑り落ちる毒の数々を俺には止めることが出来なかった。



「り、リキ。流石にそれは言い過ぎじゃない?」


「だ、だって本当につまんなかったんだよ。なんか、ほら、出てくるキャラもみんなテンプレで惹かれねえしさ? なぁ、翔。分かってくれるだろ?」


 どこかで歯止めは効いたはずなのに、後戻り出来ない。それどころか、自分の失言を庇い、正当化しようとする自分がいる。何故ここまで思い通りにいかないのだろう。


「はぁ。リキお前な、人が好きって言ってる作品にそこまで言う事は無いだろ!お前には人の心が無いのか!このクズが!」


 やってしまった。完全に翔を怒らせてしまった。……でも、いくらこの作品が好きだからって、いきなりこんな怒鳴られるとは思ってなかった。こんな事俺と翔の間じゃ日常茶飯事なのに。


「い、いや、確かに今のは言い過ぎたけど、別にそんなに怒ることじゃないだろ?」


「いいや怒るね。そもそも、僕が本当に許せないのは作品をバカにされたとか、そんなつまらない事じゃないんだ。

 前に別の恋愛漫画を見せた時は言ってたじゃないか。『やっぱ浮気はダメだね。相手の気持ちを考えるべき』って!

 僕その時はさ、珍しくリキと意見があって少し嬉しかったんだ。

 でも、その数日後には、『浮気は仕方ない。生物学的にも人間は浮気をする生き物だ』って言ったよね!

 すぐに意見を変えるリキにはもう慣れてたし、いつもの事だと僕は割り切ってた。

 でもリキは今、浮気なんて飽き飽きしてるどうでもいいって言ったよね! 」


 翔は俺の胸ぐらを掴み、鬼の形相で俺の顔を睨んできた。命の危険を感じたので、一旦従順な態度を見せる。


「あ、あぁ。確かに言った。確かに今俺は、浮気の話に全く興味を持っていない」


「お前は人でなしだよ! 僕のこといつもいつも置いていきやがって! 僕は真剣に考えているというのに……」


「はぁ、そんなに考え込むことか? ていうか、勝手に本気で考えて勝手に切れるのはおかしいだろ」


「あぁ、そうかもしれない。でもな、僕が本当に怒っているのはそこじゃない。

 リキ、お前はそんな自分のことを『人は変わる生き物だ』とか言って正当化しようとする。

 僕はそれがどうしても許せない!!」


「まぁ、俺は悪くないと思ってるよ。でも、そういうもんじゃないか?しゃーないしゃーない」


「そういうとこだよ! お前の行動には重みがない。いつもそうだよな? 何かに熱中する事はあっても、すぐに飽きて次だ!

 これまではなんとか我慢してきたけど、もう限界だ!殺してやる!」


「さっきから怖いって! テンションおかしいぞ。って、お前なにして──」


 掴んでいた胸ぐらを急に離し、みぞおちを的確に殴ってきた。

 激痛が走り、膝から崩れ落ちる。しかしここで諦めたら俺の負けだ。俺は歯を食いしばり、目の前にある金的を思い切り殴った。


「ぐおぉぉぉぉ!!!!」


 互いに急所をつきあった俺たちはその場に倒れ込み、息を荒くして天井を見た。


「軽薄で飽き性な君が正しいなんて、僕は絶対認めないからね!」


「そんな重要な事じゃないだろ。」


 しばらく黙り込んでいると、翔がいきなり起き上がって指をさしてきた。


「リキ、スマブロやるぞ!」


「相変わらず唐突だな翔は。まあやるけど。」


 男同士の喧嘩というものは時間が経てば自然消滅すると言うが、翔のように一分もかからず気持ちを切り替える奴は珍しいんじゃないだろうか。

 まぁ、その分翔は沸点がとてつもなく低いから厄介だが。


 結局、その日のスマブロは長期戦を経て、結果五勝四敗で俺が勝った。だが、最後の一戦は翔がくしゃみをしたことによる隙が決定打となった。そう、ほぼ互角だ。俺と翔はいつも、争いごとで同じくらいの成績を残した。


 どうしても勝敗が決まる──例えばじゃんけんなんかは、あいこが永遠に続くので俺達の間では禁止となっている。


 置いていかれる── 翔はそう言った。しかし、俺は翔と中二からずっと友達だ。高二の今でも仲良くしてんだ。俺が一つのものにここまで執着したことなんて無いのは、翔も分かってるはずなんだよな。

 あいつは俺に置いていかれるなんて、そんな有り得ないことを本気で思っているのだろうか。



 ○



 翌日、俺は用事があって外に出た。


 今日はある友達と会う約束をしている。翔の彼女、愛莉だ。ちなみに、これは俗に言う浮気では無い。明後日は翔の誕生日。そのプレゼントを二人で選ぶ事になったのだ。


 ここまで三十分も待たされたので、柄にもなくニュースなんかを見てしまった。


 ワールドカップ、消費税率の上昇、新発売のAPhone15について、などなど……正直見たところであまり興味は湧かなかった。


 ただ、最後に見た連続誘拐事件のニュースはちょっと気になった。何でも、俺と同じ、今年高二になる代の子供が二年ごとに決まった日に拐われていて、次は今日らしい。怖い怖い。


 まあ大抵こういうのは何事もなく過ぎていって、明日になりゃ忘れるような事だ。


 少し前に送ったLIMEも既読つかないし、この辺りを散歩でもするか。


 ……っと、危ない危ない。愛莉が来たようだ。入れ違いになる所だった。


「おまたせ、リキ。待った?」


「いいや、待ってないさ。今来たところだ」


 なんて、まるでカップルかのようなテンプレ会話をしてみる。ただの悪ふざけだ。


「嘘だ。某位置情報共有アプリ見たけど、リキは二時間前からここにいたじゃん。それに、リキは待ち合わせをすると時間より早めに来るよね? いつも通りに」


「参った参った。全く、釣れないよな愛莉は。ちょっとした冗談くらい付き合えよ」


 まさか某位置情報共有アプリを使ってくるとは思わなかった。

 俺は某アプリを入れたはいいものの、数人と交換し、一ヶ月だけ使ってすぐに飽きてしまったから辞めた。だから驚いた。


 それにしても、毎度の事ながら愛莉は可愛すぎる。ただのプレゼント選びだってのに装備が完璧だ。

 フランス人とのクウォーターという事もあり非常に整った顔立ちで、肌が異様に白く、服なんか明るいブラウンのフリルがついたワンピースを着てるからか、まるで人形みたいだ。


 いや、これは決して恋愛感情では無い。

 愛莉も別に意識してるわけじゃないとは思うのだが、とにかく可愛いのだ。メイクについての知識は持ち合わせていないので断言は出来ないが、俺なんかと出かける為にお洒落をするとも思えない。

 この子の可愛さは天然のものなのだろう。



 ○



 まずは愛莉の方のプレゼントを買う。今年は靴を買ってやるようだ。

 翔のやつはあまりファッションに興味が無いようで、着ているものも母親か愛莉に選んでもらったものばかりである。


「今日はどこの店で靴買うんだ?」


「んーとね、EFGマート」


 聞いた事しかないので特に反応は出来なかったが、きっといい感じの場所なのだろう。ここは愛莉を信じるしかない。


 間もなく店舗を見つけたので、灼熱しゃくねつの地獄から逃げるように俺たちはEFGマートに入った。


 てっきり店内に入れば涼めると思っていたのだが、どうやら今は店内の空調を調節する機械が故障してしまっているらしく暑さは変わらなかった。逃げ場はないようだ。


 涼めなかったことにかなり落胆していた俺だったが、それとは反対に愛莉は思ったより気にしていないようだ。気温については「まあいっか」と済ませて早速プレゼントを選び始めた。


「これがいいかな?」


 愛莉が選んだのは白いハイカットのスニーカー。どんな服でも大抵は合わせられるであろう、便利な靴だ。俺も似たものをもっている。


「いいんじゃない? あいつそういうの持ってないし」


「なんだよいいんじゃないって。もっと真剣に選んで!」


 と言われてもな。俺も別にそこまでファッションに興味がある訳では無いから、真剣というのは難しい要求だ。

 勿論、愛莉はそのひとつで靴の選別を辞める訳がなく次の候補を探し始めた。


 次に愛莉が選んだのは黒い厚底のサンダルだった。

 今は夏だから、こういうのもありなんだろうか。最近のサンダルは意外と格好いいデザインなんだな。俺も欲しいくらいだ。


「俺はこっちがいいと思う。使いやすそうだし、俺ならこっちを使う」


「あっそ、じゃあ白い方にする」


「なぁ、俺が一緒に来た意味無くね?」



 ○



 次に俺があげるプレゼントだ。しかし、ここに愛莉は同行していない。

 何故なら、俺が買うのはコ○ドームだからだ。いいジョークになると思った。流石に外で待ってもらう事にした。たまたま翔に会ったりしてしまったら、もうあいつとは親友でなくなってしまうだろう。


 店内は多種多様な商品が並んでいてカラフルだ。人によっては気持ち悪くなる程だ。


 早速その手のモノが売っているコーナーを見つけた。早速ゴムの棚を見る。

 うーん、俺は彼女がいたことすらない童貞なので、ゴムの善し悪しが分からない。とりあえず名前を知っていたバタフライを手に取った。


 購入を終え、少し周囲の目を気にしながら店の外に出ると、愛莉がこちらに歩いてきた。


「やっと来たかー! それで、何買ったの?」


 これは厄介な質問だ。素直にコ○ドームと言うわけにもいかないし、かと言って嘘をつけば翔から情報が露呈ろていするかもしれない。ここは上手いこと誤魔化そう。


「えーと、そうだな。翔と愛莉の愛を深めるためのものを買ったんだ。」


「……てことはリキ、変なもの買ったんでしょ。ゴムとか」


 ご名答。



 ○



 無事靴とゴムを購入し、全てのミッションを終えた俺と愛莉はとうとう別れる時間を迎えた。それにしても、不思議な一日だった。愛莉は翔の彼女なのに、今日デートしたのは俺な訳だし。


 いや、こんなことを考えるのは良くないな。


「今日は有意義な一日だった。それじゃ、また明後日──」


「待って」


 その場を去ろうとする俺の手を愛莉が握った。


「今日はまだ終わってない。私とリキはまだやらなきゃ行けないことがあるよ」


 そんなこと何も──


「はい、これ」


「お、おう。ありがとう」


 彼女が俺に渡したのは、黒いサンダルだった。翔の誕生日が明後日なのは言ったと思うが、実は俺の誕生日は明明後日。

 まさか翔よりも先に渡されるとは思っていなかったので、少し驚いた。


 そして、愛莉のさっきのあれは俺に対するイジり等ではなく、ただ単に翔と俺、その両方へのプレゼントを選別する為のものだったということになるのか。なるほどな。


 でも待てよ?愛莉にやらなきゃいけないことがあるのは分かるが、俺と愛莉、二人がやらなきゃいけないことって何だ?


 めんどいことだったらどうしよ……家帰って寝たい。


「うち、寄ってかない? 今日お母さんいないし」


 あれ、思ってたのと違うベクトルで面倒なやつ来たな。うーん、でも、正直愛莉の家には行ってみたいんだよなぁ。


 ただ翔にどう言い訳すれば、とも思う。


 そこで少し悩んだ結果、俺はあることに気づいた。


 セフレになればいいんじゃないか?ということだ。うーん、俺ながら天才。


「分かった。いくか」



 ○



 来てしまった。愛莉の家に。うん、これはまずい。分かってる。でも、俺は前から思ってたのだ。ヤりたいと。


 仕方ないことなんだ。前述の通り、愛莉は可愛い。魅力的だ。


 現在俺は彼女の家、そのリビングにいる。他人の家独特の匂いがする……。

 愛莉が言った通り、今日は家に母親が居ないようだった。父親は既に亡くなっており、加えて一人っ子なので、完全に二人きりということになる。


 そして、俺は今決して侵してはいけない領域を侵そうとしている。否、犯そうとしている。

 今このような状況でさえこんな下らないことを考えられるのだから、昨日翔に言われた"軽薄"という言葉は、真に俺の事を形容していたといえるだろう。


「はぁ〜疲れたね、リキ。」


「うん、今日は結構歩いたからな。それに、暑かった。」


「そう、暑かったね。つめた〜い紅茶をいれてあげよう。」


「自動販売機かよ」


 その紅茶を飲んでしばらくすると、なんだか体は冷えるどころかますます熱くなっている気がした。気のせいだろうか。


「なぁ愛莉、この紅茶なんか──」


「あ、そうだ! 私の部屋紹介するよ。せっかくだしね」


 明らかに遮られたな。食い気味だった。あと何がせっかくなのかも分からない。


 仕方なく言われるがままに愛莉の部屋に行くと、これまでとは違った匂いがする。甘い匂いだ。

 なんだろうか、もう始めちまっていいんじゃないだろうか。いやいや、いかんいかん。さっきから思考が乱れすぎだぞ。落ち着くんだ俺。物事には段取りってもんがある。


 愛莉はすぐにベッドに座り込んだ。そして俺の方を見ている。彼女のなまめかしい視線が一度落ち着けた俺の心を再び乱してくる。やっぱさっきなにか盛られたんじゃないか?

 我慢するのももう限界だ。全く、なんで俺がこんなに苦しい試練を受けなきゃ行けないんだ。


 もう、やっちまうか。


「愛莉、いいよな?」


「……ん」


 愛莉は目を閉じ、唇を差し出した。


 実を言うと、俺はまだキスどころか、彼女が出来たことすら無い。

 だが、それを悟られぬよう出来るだけ慎重に、愛莉と唇を重ねる。


 厚みは無いが、確かな柔らかさが伝わってくる。その感触を噛み締めている間に、気づけばその行為は、より深いものになっていた。


 絶えず込み上げる謎の高揚感、彼女の甘い香り、俺の拙い動きを抱擁するかのように優しく絡まる舌。

 俺の息子は既に勃起しており、透明の液が滲んでいた。


 愛莉もそれに気づいたのか、俺のズボンと下着を下ろし、少し細い手を使って快感をあおった。


 少しそれが続くと、俺は果てそうになった。自分でする時とは比べ物にならないほど早かった。

 このままではしょぼい男になってしまうと思い、咄嗟に愛莉から離れ、それを阻止する。


「はぁ、はぁ、いっ、一旦ストップ……」


「ふぅ、おやおや、もう、イッちゃいそうだった?」


 お互いに息が上がっている。


 愛莉もちゃんと感じているのだろうか?

 ふと疑問に思い、それを確かめようとする。


 だが、彼女は頑なにそれを拒否し、それより、と話を切り出した。


「今日買った”アレ”、使ってみない?」


「いや、だけど──」


「いいのいいの。私の方はもう問題ないから」


 それならいいんだが、と呟きながら、俺はゴムを付ける。やり方は調べたことがあったため、問題なく付けられた。


 俺は、また飛び立つのだ、新しい花に。まるで、花園でひらひらと飛ぶ蝶々のように。そしてその蝶々バタフライは俺の息子にしっかりとまっていた。


 始まるのだ、これまでの関係を全て破壊する道が。


「お、おい、リキ、お前なに……やってんだ?」


 事を始めようとしたその時、その男はやってきた。翔だ。


(まずいな。本当にまずい。)


 俺が始まると思い込んでいた道は思ったより早くに終わるらしい。どう取り繕う?この状況をどうにかするのはあまりにも無理難題だが──


「まぁなんだ、その、一旦落ち着いてくれ」


「落ち着けるかよ! まさかお前らがこんな事してるとはな! このクズがァ!」


 翔は手に包丁を持っていた。そして、俺が気づくよりも前にその刃は俺の胸に突き刺さっていた。


 愛莉が悲鳴も上げずに震えている。


 翔は泣きながら笑っている。


 何度も、何度も、何度も何度も何度も俺の胸を突き刺して、泣きながら笑っていた。



 ○



 俺は胸に響く鈍痛を感じながら、色々なことを考えていた。


 思えば、俺は本当に最後までクズのままだったな。


 気になるものがあれば熱中し、すぐに飽きてまた別のものを探す。最後の最後で親友と喧嘩別れ。それも、女のいざこざだ。

 本当に下らない人生だった。軽薄で、理性もクソも無い。


 俺たち二人を見たあいつの顔が、まだ頭の中にはっきりと残ってる。

 喧嘩した時とは訳が違う、本当に失望した顔だった。


 もうあんなもの、二度と見てたまるか。


 そうだ。もし、もし二度目があるなら、もしやり直す機会があるなら、ちゃんと生きよう。真面目に生きよう。この性格も絶対に治してやる。


 いや、二度目なんてない。そんなに世界ってのは都合よく出来ていない。俺はこの悔しさを抱きながら死ぬんだ。


 ……そろそろ時間らしい。意識が遠のいて感覚が朦朧もうろうとしてきた。


 全く、いくら蝶々バタフライって言ったって、こんな急に殺すことは無いだろ──



 ○

 -------------愛莉視点--------------



 目の前には惨殺されたリキがいた。勿論、私の心には困惑も、動揺も無い。


「言われた通りにやったよ、愛莉」


「ご苦労さま、翔。それじゃ、あとは任せて」



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