第81話 ダイッキライ

「ごめんって、ごめんで済む話じゃないでしょう?やりたいことがあって、お金が必要なの?だったらお母さんとお父さんで何とかするから。危ないことはやめて。ね?」


 ちょっと違うんだよなぁ。

 いや、一生働かなくて良くて、俺と霞さんの面倒を見てくれるならやめてもいいかも……。

 いやいや、覚悟を決めたんだった。

 もう止まらないぞ。

 チラッと霞さんの方を見ると、なんと机の下で俺の手に霞さんの手を重ねて来た。


(ほえー)


「何その顔は?やっぱりお金なのね。大丈夫よ。いくら必要なのか言ってみて?いえ、その前に何をしたいのか教えて」


 別にしたいことはない。

 あとは霞さんが居れば何もいらないんだ。


「いや、金は大丈夫。むしろ大学に入ったらあとは楽をさせてあげられるよ」


「だからっ。それで危ないことをしてたら意味ないじゃないっ。お金稼いでも死んじゃったら意味ないのよっ」


 バンッと今度は机を叩く。

 店に他の人が居なくて良かったが、店員はこっちを見ているぞ。


(いったーい???)


 あれ?霞さんが手を強く握ってくる。

 ちょっと強くない?

 霞さんの方を見ると強張った顔をしている。


「あ、ごめんなんさい。渡辺さんもいるのに私ったら」


 そうだぞ。

 恐ろしい母親の所為で霞さんに嫌われたらどうしてくれるんだ。

 霞さんの表情は曇ったままだ。

 手も痛いままです。


「か…渡辺さん、大丈夫ですか?」


「あの……。お母様。少し話をしてもいいでしょうか?」


「ええ。もちろん。貴方の意見も聞かせて頂戴」


 妙なプレッシャーを与えるな。


「はい。私は、実は何年も家に、実家に帰っていません」


 そう、一人暮らしっ。

 あ、俺30階層にたどり着きました。

 あとは霞さんと30階層を突破するだけですね。 


「原因はこの仕事を始めたことです。危ない仕事なんじゃないかって……。それで喧嘩になってしまって……。家出同然で飛び出して、それから何年も帰っていません」


 それは理解してくれない親が悪い。

 霞さんは何も悪くないです。

 母親の方に向かって話していた霞さんが俺の方に向き直る。


「今はそれを後悔しています。だから春樹さん。お母様の話を聞いてあげて下さい。そして、事情を全部説明してあげて下さい。今ちゃんと話し合わないと絶対に後悔します。それに私も聞きたいです。全部聞くまでは私はお母様の味方です」


 そういうと俺の手を放す……。


「渡辺さん……。春樹。聞いたわね?全部言いなさい」


 グヌヌ。

 我が意を得たりという顔をしよって。

 母親はどうでもいいが、霞さんには話しておかねばなるまい。


(……。何を?)


 さっき、固い決意をしたものの、50階層を目指すのに理由はない。

 いや、できそうだからやるだけなんだ。

 そもそも冒険者が50階層を目指すのに理由がいるんだろうか?

 まあ順番に話して言ってみるか。


「50階層を目指しているんだ」


 ……結論から話してしまった。


「50?何があるの?ごめんなさい。お母さん冒険者のことはよくわからないわ」


 そして母親はダンジョンのことを何も知らないんだった……。


「50階層は、未だに誰も到達していない階層です。……向かった人は誰も帰ってきていません」


 霞さんが補足してくれる。


「なにそれっ。危ないってレベルじゃないでしょっ。何考えてるのっ」


 もちつけ。

 手で制して続ける。


「残念なことに俺には才能があるらしい。このまま続ければ5年掛からずに世界記録ってことだ。喜んでいいぞ」


「そんな白い顔して、何が才能よ。才能がないから怪我したんでしょっ」


「お母様。聞いてください。春樹さんに才能があるのは間違いないです。春樹さんはすでにダブルランクの冒険者と同等以上です。私は学生時代になぎなたのチャンピオンでしたが、春樹さんと同じレベルに到達するのに1年以上掛かっています。でも春樹さんは誕生日からたった10日でそれ以上のレベルになったんです」


「え?一年分を10日でって、どういうことなの?……わからないわ。何をいってるの?才能……本当にあるってこと?」


 霞さんから援護射撃。

 ふふふ。

 ちゃんと俺の味方でした。

 ならもっと才能があることをアピールしよう。


「か…渡辺さん聞いてください。実は昨日は30階層まで行って来たんです。俺はもう上位職ですよ」


 会心のドヤ顔だ。

 褒めてください。


「は?」


 あれ?霞さんが止まってしまった。

 驚かせすぎたかな?


「30?30ってどうなの?すごいの?渡辺さん?大丈夫?」


「冗談ではなく、本当に30階層に?」


 お、動き出した。


「はい。次はか…渡辺さんの番です。俺の調子が良くなったらすぐ行きましょう」


 うまく名前で呼ぶタイミングがつかめないな。

 まだ早いかも。

 でも一緒に30階層を突破すれば……。


「何をやっているんですかっ。貴方はっ」


 あれ?

 霞さんが俺の胸倉に掴みかかってくる。

 そのまま持ち上げられて二人とも立ち上がった状態になった。


「ふざけてるんですか?お母様がどれだけ貴方を心配したと思ってるんです?それが30階層?なんでそんなところまで行ってるんですっ」


「え?いや、俺は……、霞さんに喜んでほしくて、それで」


 面を食らって、いらないことを口走る。


「喜ぶ?なんで貴方が30階層に行って私が喜ぶんです?私は信じてました。貴方は絶対に帰って来るって、20階層なんかで後れを取るはずがないって。一晩中、ずっと、ずっと。それを裏切るような真似をしてっ」


 俺の左肩に霞さんの右手が降ってくる。

 ポカっと。

 何回もポカッ、ポカッと。

 力なく……。


「わ、渡辺さん。落ち着いてちょうだい。」


 母親がそこに割って入る。

 でも渡辺さんは手を放してくれない。


「この人はっ。お母様の気持ちも、私の気持ちも全然わかってないんです。こんな人、こんな人、…ダイッキライですっ」


 泣いてる……。

 どうして?

 大嫌いって……。

 膝をつく。


「はーい。そこまで、そこまで」


 パンパンっと手を打ちながら登場したのは白石さんだ。

 

「白…石…さん」


 霞さんは俺から手を放して動きを止め立ち尽くす。



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