第147話 仇の情報

「『案内が必要か?』って言ったのは、こういう事を避ける為だったのかもなあ」


 身を隠した路地裏から大通りの様子をうかがい、ルーキスはため息を吐くと城から出る際にレグルスが言っていた事を思い出していた。

 

 ほとぼりが冷めるのを待つのも構わないが、それを待って大通りに出たとて、再び自分の顔を知っている人物に出会う可能性もある。

 その度にこうして逃げ隠れするのはかなりダルい。


 そう考えた結果、ルーキスは観光もそこそこに切り上げて城に帰る事にした。

 路地裏の地面を蹴って跳び上がり、屋根を踏み抜いても困るので飛び降りる直前に魔力で足場を作る。


 側から見れば屋根の上に立つ不審者だが、この際仕方ない。

 ルーキスはあとに続いて家屋の屋根まで飛び上がってきたフィリスを横抱きで抱え、イロハを肩車の要領で頭にしがみつかせると、身体強化魔法を発動し、屋根から更に跳び上がった。


「ちょっと。なんでお姫様抱っこするのよ」


「時間短縮だよ。俺が二人を抱えて全力で跳んだ方が距離も時間も稼げるだろ?」


「それは。まあ」


「なんだよ。抱えられるのは嫌いか?」


「べっつに〜。ルーキスだからいいってのはあるけど。もうちょっと街でゆっくりしたかったなあってね」


「まあ一理、あるな」


 放物線を描きながら落下して、別の家屋の屋根に着地する直前にルーキスは再度魔法で足場を作成。

 その際に足場に反射を付与して、ルーキスが落下してきた運動エネルギーを反射。

 着地と同時に跳ね返される力と魔力を放出する跳躍で、ルーキスはフィリスとイロハを抱えたままロテアの街を見下ろせるほどの跳躍をしてみせた。


「さすがに高くない⁉︎」


「怖いか?」


「怖いわ!」


「私もちょっと怖いのです」


「まあ。これで城までは行けるだろうし。ちょっと我慢してくれ」


 ルーキスの言う通りだった。

 二人を抱えたルーキスはしばらく自由落下を楽しむと、城の正門付近に着地出来そうだとみて足元に風魔法を発動させて落下速度を減速。

 ほとんど衝撃なく着地すると顔を青くしているフィリスとイロハを地面に下ろした。


「あなたそのうち空も飛べそうね」


「まあ短時間なら」


「飛べるのね」


「馬鹿みたいに疲れるからやらんがね」


 突然空から落下してきたルーキスたちに驚いている門兵たちに「驚かせて申し訳ない」と、苦笑しながら会釈して、ルーキスは二人を連れて城に戻った。


 そして、部屋に戻って持ち出していた武器だけ下ろし、しばらくソファに座って談笑していると、部屋の扉がノックされる。


「開いてますよ?」


 ノックにルーキスが返事をするが、部屋の扉は開かない。

 それどころか声も掛けて来ないので『在室の確認か?』と、ルーキスが首を傾げていると、ルーキスたちが座っているソファの影からクラティアとミナスが生えてくるように現れた。


「街に出掛けたと聞いておったが、随分と早く帰ってきたの」


「先生でしたか。何か用でも?」


「なに。ちょいとおぬしらに情報をやろうかと思うてな」


「情報?」


 クラティアの言葉に肩越しにルーキスとフィリス、イロハが揃って振り返るが、先程までそこにいたはずのクラティアはいなくなっていた。

 代わりにミナスが振り向いたルーキスたちに苦笑すると、目線をルーキスたちの座るソファの対面に置かれているソファに向ける。


「おぬしらが仇として討とうとしている龍種の情報じゃ。ちょいと調べたら知ってる奴じゃったわ」

 

 クラティアはいつの間にか対面のソファに座り、足を組んで肘をソファの肘置きに置いて頬杖をついていた。


 影を使った転移か、はたまた単に移動しただけか。

 

 絵本のページをめくった時のように、場面が急に移り変わったようなクラティアの一連の行動に、ルーキスたちは生物としての格の違いを見せつけられた気がして冷や汗を浮かべる。


 遥か遠い未来。

 人類が次の高度な文明を持つ段階へ行く際に乗り越えなければならない最大の壁。

 それを敵に回さなければならない未来の勇者たちに対して、ルーキスは哀れみすら感じていた。


 そんな人物がルーキスたちに向かって口を開く。


「レヴァンタールの西にある大渓谷。龍の谷、そこの主は古い知り合いみたいなもんでな」


「フィリスのお爺さんを殺した龍の話。ですよね?」


「そうに決まっておろうが。なんで今関係無い話せにゃならんのだ。たわけ」


「失礼。話の腰をおりました」


 クラティアの言葉にペコッと軽く頭を下げるルーキス。

 そんなルーキスをクラティアは鼻で笑うと、腕を組んで足を組み替えた。


「知り合いといってもどちらかと言えば敵よ。昔縄張り争いでちょっとな。まあ結局戦っとるうちに欲しかった土地が消し飛んでな。それでその時は引き分け。初めて会ったのがその時じゃった」


「先生と、引き分け」


「とはいえ、もう千年は昔の話よ。今戦えば確実に妾が勝つ。妾は老いんが、ヤツは老いさらばえる。最早飛ぶことも出来ず、あと数百年もすれば自然に帰るだろうて。そんな老龍に、妾はもうなんの興味も沸かん」


「それが、情報ですか? 仇は放っておけば勝手に死ぬって」


「馬鹿も休み休み言えよルーキス。それでおぬしらが、妾の弟子が納得するわけなかろう。先にも言った通り、奴はもう飛べん。それこそ渓谷からすら抜け出せんほどには弱っておる。それでも龍じゃ。その鋭い爪は大地を裂き、牙は岩を砕き、炎を纏った息吹は周囲一帯を溶かし尽くすじゃろう」


 そこまで聞いたルーキスたちからすれば、まあ龍種だしなあと納得出来るクラティアからの評価に驚く事は無かった。

 だが、やはり一筋縄ではいかないという事だけは再確認出来た感じだ。


「気を付けろよ? あの老龍は長い年月生きているだけあって魔法も使うからな」


「巨体を支える強化魔法、というわけではなくですよね」


「龍を真似た劣等種、ワイバーンとはわけが違う。ヤツら龍種は頭が良いからな。まあこれは長らく渡り合ってきた敵としての情けみたいなもんなんじゃが」


「なんです?」


「楽にしてやってくれ。誇り高い龍じゃった。年老いて朽ちるよりは戦って死にたいはずじゃ。もしかしたら、その願いを叶えるためにお父様は」


 そう言って、クラティアはルーキスとフィリスを見て「考えすぎかの」と苦笑したのだった。

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