第6話 始まりの街【プエルタ】

 ゴブリンに囲まれた駆け出し冒険者の少女、フィリスを助け出したルーキスは、街道を街に向かって歩いていた。

 並んで歩く二人を風が追い抜き、風に揺らされた草原の草達が一斉に唄い出す。

 丁度その時、白い花弁はなびらが宙を舞い、運ばれてきた良い香りが二人を包んだ。

 

「はあ〜。やっとゴブリンの汚泥おでいみたいな血の臭いが薄れてきたなあ」


「本当にありがとう、助けてくれて」


「いやいや。当然の事をしたまでだから気にせんでくれ」


「何かお礼をしたいのだけど、見ての通り私まだ駆け出しで、お金とか全然持ってなくて」


「礼が欲しくて助けた訳じゃないんだがなあ。あ、じゃあ、この先の街に着いたら冒険者ギルドまで案内してくれよ」


「そういう事なら任せて。ついでに街の案内もしてあげるわ」


 白い雲が流れていく青い空の下。

 ルーキスは景色をニコニコ微笑んで楽しみながら歩き、フィリスはそんなルーキスの横顔をチラチラと時折見ながら歩いていく。


 そんな二人の前方に、馬車が一台停車しているのが目に止まった。

 飼葉を荷台に山程積み込んだ馬車の側に立つ、白いシャツとオーバーオールを着用し、麦わら帽子を手に持ってこちらを見て手を振っている初老の男性。


 ルーキスはその馬車と初老の男性に見覚えがあった。


「おっちゃん⁉︎ 逃げなかったのか⁉︎」


 馬車の側で手を振っていた初老の男性に向かって手を振り返しながらルーキスが声を上げた。

 

「逃げたよ。でも、助けてくれた子供が危ない目にあっているのに、って思うとどうにも気分が良くなくてね。勝手に待たせてもらったよ。街まで送るよ、是非乗っていってくれ」


「はっはっは。気にしなくても良いのに。でもまあ、そういう事なら遠慮なく。このお嬢さんも良い?」


「ああもちろんさ。さあ、乗ってくれ」


 それだけ言うと、初老の男性は御者席に向かったので、ルーキスは荷台にバックパックを投げ入れると自分も軽く跳んで荷台に乗った。


「私も良いの?」


「おっちゃんが良いって言ってたろ? ほら手を」


 荷台に乗ったルーキスはフィリスに向かって手を伸ばし、その手をフィリスは掴むと馬車の荷台に乗り込んだ。

 

 ぺたんと荷台の開いた場所に腰を下ろし、バックラーとショートソードをフィリスが置くのを見て、ルーキスは飼葉の山の天辺から御者席の方を覗くと「良いよおっちゃん。出してくれ」とだけ言ってフィリスの対面、馬車の一番後ろに腰を下ろした。


「逃げた奴らは仲間か?」


「仲間、というか同時期に、冒険者になったってだけで、一応同じランクだからって事でパーティを組んでただけの、まあ、知り合いみたいな感じ、かな」


 ゴトゴト揺れる馬車の上、振動で途切れ途切れになりながら、フィリスはルーキスの疑問に答え、困ったように肩をすくめた。


 だが、ルーキスの興味は先に逃げた二人より、フィリスが話の中で言った【ランク】という単語に向けられていた。


「ランク? なんだ、今の冒険者って格付けみたいな物があるのか?」


「え? いや、そんなの常識じゃない? 私も別にそこまで詳しくは知らないけど、百年くらい前に決まった制度だったはずよ? 依頼達成の実績を格付けして、危険度の高い依頼に達成率の高い冒険者を効率よくあてがう為の制度。それがランク制度よ? 聞いた事ない?」


「俺が生きてた時代には、そんなの無かったなあ」


「え?」


 フィリスの言葉に応えたルーキスの言葉を、馬車が揺れた際のガコンという音がかき消した。

 聞こえなかったルーキスの言葉をもう一度聞こうとするが、丁度その時「フィリスちゃん!」と少年の声が馬車の後ろから聞こえてきた。


 ルーキスとフィリスが乗った馬車が、先に逃げたフィリスのパーティの二人を追い抜き、その荷台にフィリスの姿が見えたので少年二人が声を上げたのだ。


 フィリスの無事を確認し、安堵した少年二人は駆け出すが、まだ自分と同じ駆け出しで仕方ないとは言えフィリスにしてみれば二人は自分を置いて逃げた薄情者。

 そんな二人にそっぽを向いてしまうのは当然、というか仕方のない事だったのかも知れない。


「良いのか? 応えなくて」


「アナタなら応える? 自分を置いて逃げたやつに笑って手を振れる?」


「無理だな。俺なら二人引っ捕まえて殴り飛ばすわ」


 ルーキスはフィリスの言葉に呆れ顔で笑いながら答え、そんなルーキスの答えにフィリスも口元に手を当てて笑った。

 

 少年二人は直ぐに馬車を追うのを諦め、トボトボと歩き出す。

 

 馬車から離されていくそんな二人をチラッと見て、ルーキスは肩をすくめるとため息を吐いた。


 それからしばらく馬車に揺られていると、前方から「着いたよ」と馬車の手綱を握っていた初老の男性が言ったので、ルーキスは馬車が完全に止まるのを待ってバックパックを肩に担ぐと荷台から飛び降りる。


「ありがとう、おっちゃん。おかげで楽できたよ」


「ありがとうはこっちの台詞さ。子供達を見殺しにせずにすんだからねえ。今日は気持ち良く眠れそうだ、じゃあ、またな」


「ああ、またね」


 フィリスが降りるのを待つわけでもなく、荷台から飛び降りたルーキスは馬車の荷台に乗せてもらったお礼を言いに御者席の横に立って男性と握手を交わした。

 その後、フィリスもルーキスの横に立ち、男性に頭を下げ、二人は街の入り口で旋回させて離れて行く馬車を見送り、そして二人は後ろに建つ街の入り口を示す看板が着いたアーチ状の木の門に振り返った。


「私達の暮らす街【プエルタ】にようこそ、冒険者ギルドに行くんでしょ? 案内するわ」


「ありがとう、頼むよ」


 命の恩人の言葉に笑顔を咲かせ、フィリスはルーキスの前を足取り軽やかに歩いていく。


 その後ろで、ルーキスは前世で娘や孫と一緒に買い物に出掛けた時の楽しげな姿を重ねて見たか、フィリスの背に向かって優しげに微笑んでいた。

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