05-16
「……っと、もうこんな時間か。あまり遅いと帰りが心配だ。当初の目的であるパソコンの中身も見ることができたのだし、今日はそろそろ帰りなさい。なんなら送っていこうか?」
アオヤギ先生は時計をちらと見ると、少しだけ目を見開いてそう言った。
たしかに日が暮れてからかなり時間が経っている。
それに、今日この場でできることはもうないだろう。ミソノさんのパソコンの中身も見られたし、今後の調査方針もある程度定まった。
「あはは、大丈夫だよ先生。もう高校生じゃないし。なんならもう20歳すぎてるんだよ?」
「……そうか。もう20歳か。本当にあっという間だなぁ」
ヒカリの明るい返答を聞いたアオヤギ先生はしみじみと窓の外を見ている。
「えぇ、ありがたいお言葉ですが、あまり甘えすぎてしまうのも恐縮ですので……今日は本当にありがとうございました」
ミレイが深々とお辞儀をして感謝を述べた。
それを見たアオヤギ先生は少しあわあわとしながらも優しく言葉をかける。
「そんなそんな。お礼を言われることはしてないよ」
「大きな存在に立ち向かう君達のために協力したかった、それが今日色々なことを打ち明けた理由だ。……けど、実のところ、それだけじゃない。私のやってきたこと、私の思いを託したかった側面もある。それが良かったのかどうか、今も少し悩んでいるけど」
「……私には子供がいない。そして、もういい歳であることも自覚している。だから、誰かに託したかった。サトルとヒカリのことは――もちろん他の生徒も大切に思っているけど――子どものように思っている。ミレイさんも、かつての部下の子だから、他人のようには思えない」
「だから……くれぐれも気をつけて」
「……はい、アオヤギ先生。ありがとうございます。…………行き詰まったら相談しに来ても良いですか?」
「……もちろん。この物理の問題が難しくて、とかでもいいよ」
「期末になったら頻繁にお邪魔するかもね、主に私が」
クスクスと笑いながらヒカリはおどけてみせた。
少し力が抜ける。
ミレイも同じ気持ちのようで、クスクスと笑い出した。
ひとしきり笑ったあと、アオヤギ先生に見送られながら、先生の部屋をあとにした。
――窓から見えていたからわかっていたことだが――校舎の外は真っ暗だった。
時間は21時を過ぎていて、次の電車は20分後だった。これを逃せば、その次の終電までかなりの時間待たなければならない。
ベストタイミングと言えばそうなんだろうが、いかんせんギリギリすぎる。
ミレイとヒカリは慌てて歩き出し、ついには走り出した。
通話を繋げたままでは走るのに邪魔だろうと思い、調査の進捗報告のために会う日取りだけ決めて、いそいそと電話を切った。
――新たな情報を得たら、またアオヤギ先生に会いに行こう。その時にはもしかしたらアオヤギ先生の方でも何か情報を得ているかもしれないし。行き詰まったら、でも良いけど。
そう、ぼんやりと考えながら、携帯端末をベッドサイドに起き、充電ケーブルに繋いだ。
このときの俺は、あれがアオヤギ先生との最後の会話になるとは思っていなかった。
アオヤギ先生は、この後、消えた。
文字通り、跡形もなく。
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