03-04


 ベランダに出ると、カエルの賑やかな声が聞こえた。

 日はすっかり暮れて、青みがかった黒が東から西にグラデーションを伴って広がっている。西の山間に幽かに見える朱色に少し寂しさを覚えた。


 部屋に置いてきた携帯端末からは、うーんとか、えーと等といった悩ましい声が聞こえてきている。

 依頼人サイカワと一緒に我らが「手助けクラブ」のメンバーかつ幼馴染のヒカリが、その依頼のために頭を抱えている真っ最中だ。

 依頼は彼女へのプレゼントの選定。自分も一緒に何が良いかと無い知恵を絞って考えようとしてみたが、いかんせんターゲットの情報が少なすぎてもう行き詰っている。


 サイカワが彼女と付き合ったのは1週間前。彼女の誕生日は明後日。

 さらに話を聞いて驚いたのは、なんと彼女と出会ったのは2週間前だという。

 サイカワが立ち上げたプログラミングサークルに、彼女が入会希望者として現れたそうだ。サイカワしかメンバーが居なかったから、初めて入会希望者が現れたことに舞い上がり2つ返事で入会を許可したそうだ。

 その後少しだけ冷静になってその容姿をよくよく見れば、服装だったり身なりだったりが……こう、あまりに無頓着であることに気付き、少しアドバイスをしたところ、買い物に連れて行ってほしいと頼まれた。それが1週間前。近くのショッピングモールに一緒に行き、似合いそうな服を見繕って試着を勧めてみると、案外素直に従った彼女。試着をした姿は――直前の無頓着すぎる格好とのギャップも相まって――その身に電撃が入るほど美しく感じたそうだ。そこでも舞い上がってしまったサイカワは何を思ったかその場で告白、彼女も何のことかわからなそうにしつつも、交際を了承したそうだ。

 その日以降は部室でサークル活動の時しか一緒に過ごすことができておらず、ショッピングモール以外の場所には行けていない。


 ……もうこんなの考えようがないよな。付き合って直ぐすぎて。

 けどそれでも何かをプレゼントしてあげたいというサイカワの気持ちは尊重したいと思うし……何とかして彼女の好きそうなもの、せめて興味を持ちそうなものを見繕うしかないよな。とすると、やはり興味のありそうなものが何かを知るために掘り下げるとしたら、もうショッピングモールのところしかないよなぁ……散々どういう場所を回ったか聞いたけど、もう一度聞くしかないか。


 はぁ、とため息を付きながらベランダを後にする。

 カラカラと音を立てながら転がる窓をそっと閉め、カギを掛けてから携帯端末の前に戻った。

 携帯端末を除くとベランダに風を浴びに出る前に見た同じ格好のまま固まっている二人が見えた。つい苦笑いが出てしまう。


「なぁ、もう一度ショッピングモールに出かけた時にどこを見て回ったか教えてくれないか」


 何かのヒントが得られることを期待してサイカワに問いかける。


「わかった。……行ったのはこの大学の最寄駅に隣接してるショッピングモールさ。それなりに規模が大きくて沢山の小売店が入っているからね。彼女の服を見繕う際に選択肢が豊富な方が良いだろうと思ってさ。……服飾にそもそも興味がないからか、僕の後を付いてくるだけで、どのお店の前を通っても何にも興味を示さなかったけど」


「しょうがないから、同じ年頃の女性がよく着ているだろうブランドの服が何かをその場で調べて、一番人気のブランドのお店に行って服を見繕うことにしたんだ。……その後は……恥ずかしいけど浮足立ってしまっていたからな。なんとも……」


 初めて彼女ができたのであれば浮足立っても仕方がないだろう。それを責めることはできない。

 しかし、改めて聞いたはいいけど、これだけの情報ではやはり彼女が興味を示すものが何かを探るのは難しいな……

 万策尽きたかと思ったそのときに、サイカワが小声で呟いた。


「そういえば……」


「電化製品売り場の前に展示されているテレビから古い曲が聞こえてきたときに、一瞬彼女の足が止まったような気がしたな」


 それだ! 抜け穴のない大迷路の中に差した光に、思わず叫んだ。


「それだ! もうそれしかない! その曲のCDか何かをプレゼントするしかない! どんな曲だった?」


 ヒカリもこくこくと頭を縦に振りながら俺の提案を聞いている。先程サイカワ自身がプレゼントを選ぶよう得意気にアドバイスしておきながら、早くもそれをないがしろにしてしまっている気がするがこの際仕方がない。他に選択肢がないんだから。

 サイカワもついに解が得られそうと思ったのか、顔に明るさが戻る。


「たしか、かなり古い曲だった気がする。えーと……たしかテレビには名曲特集と書いていて、その時は昔ながらの童謡のコーナーだったかな」


 童謡。服飾品にも食にも興味を示さない彼女がそれに足を止めたのが意外だった。

 何か思い出でもあるのだろうか。


「流れていた曲は……そう、この曲名だ。君たちも知っていると思う」


 そう言ってサイカワは自身の携帯端末の画面を見せてくる。そこにはインターネットブラウザの画面が移っていて、検索窓にはある曲名が書き込まれていた。


「あわれなおにのゆくすえ。……たしかにみんなが知っている童謡だね。これ、音源なんてあるのかなぁ。誰が作った曲かも知らないくらい古い時代からある童謡だよね?」


「たしかにこの検索ページでも音源が出てこないな。動画投稿サイトにアップされているのも個人の歌ってみた動画だけだ。……検索してみると作者はゴメンマチという方なんだな。2090年代に生まれて、2120年代にこの曲を出したみたいだ」


 ちょうど、ノアボックスがリリースされた時期だ。

  

「そして、この曲を出した後すぐに行方不明になって1年後に死亡が確認されている。この曲が世間に広く知られるほど人気になったのは作者の没後50年ほどたってからみたいだ」


 ……行方不明。最近聞いたこの単語に少しばかり引っ掛かりを覚えた。 


「そうなんだ、曲名は知っていたし、フレーズも知っているけど作者まではちゃんと知らなかったな。その人のCDが見つかれば良いんだね」


「……インターネット上ではCDも、音源データの情報もなにもヒットしないな……これはもしかして……」



 嫌な予感がした。



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