祝福
03-01
焼きつけるような日差しで目を覚ました。ひりつく左頬、容赦なく目を襲う眩しさに少しばかりの苛つきを覚える。
いつの間にか隙間をのぞかせていたカーテンの外を見やると、自分の陰鬱な気持ちと裏腹に抜けるような青空が広がっていた。
――本日も晴天なり、ね。
誰に聞かれることもない、嫌味にもなりきれていない独り言をつぶやいて、当てつけのようにカーテンの隙間を勢いよく閉めた。
遮光性に優れたカーテンによってたった今完全に閉ざされた部屋は、先ほどの眩しさも相まって余計に暗く感じた。
起きるか。
頭の中で呟いてベッドからのっそりと起き上がる。
日差しに温められた身体は汗ばんでいて、貼りつくシャツが不快だった。
洗面所に向かい、蛇口をひねる。顔を洗うために流れ出た水を手ですくう。
今日も水は温かった。
リビングに戻り、冷蔵庫を開けて冷やしておいた水を飲む。
一気飲みしてふっと一息吐いたところで視界の端に見慣れないものが映った。
昨日持って行って、そのまま持ち帰った花。
大ぶりな花たちが、不釣り合いなほど小さな花瓶に窮屈そうに身を寄せている。
――――昨日、俺たちはあの工場に関して何の情報も得ることが出来ぬままシノノメを後にした。
あの工場の不審な点は主に3つ。
まずひとつは、ミレイがあの工場の存在を知らなかったこと。
あれほどの規模だ。相当の予算が注ぎ込まれているに違いない。人類の移住先を作り上げた大企業ノアボックスといえど、この規模の工場を作り上げることは一大事業であると言ってしまっても過言ではないだろう。
なぜならノアボックスのバックボーンはITベンチャー企業であり、物質的なプロダクトを売りとしてきた歴史はないからだ。現時点に置いても、主たる商品は「ボックス」関連のアプリケーションしか思い浮かばない。
なのに、ミレイがそのことを知らない。知らされていない。社長令嬢であり、次期社長候補であるミレイが。
昨日の車内の会話の中でミレイは、俺のまだ継いでいない、という言葉に対して、私もそうだと言った。
そして、サーバの保守管理を担っている会社の息子たる俺にいずれはお世話になると言った。
これから推測できるのは、まず――至極当然だが――少なくともミレイは会社を継ぐ気があるということ。
そして、もっと言ってしまえば、ミレイが会社を継ぐことが確定的で、ミレイはそれを自覚しているということだ。もし他にも兄弟や姉妹、親戚だったりと後継者候補がいて、自分以外に会社を継ぐ可能性が排除できないのであれば、ミレイが会社を継ぐことを現段階で確信できるとは思えない。いずれはお世話になるかもと言うはずだ。
ノアボックスの現社長はミレイの父。
いくら学生の身分であっても、家族の中にいる未来の後継者たる娘、自らの事業を継ぐ意思を見せている娘にこれだけの一大事業の情報を全く教えないものだろうか。
次に気になるのは、この工場が物理空間に建てられているということだ。
……なぜ物理空間なのだろう?
工場は何かを生産する設備だ。生産する対象が何であれ、それを生産する理由はそれを売って金にするため、に尽きるだろう。
では、作った製品を一体どこに売りつけると言うのだろうか。
物理空間で物質的な製品を作ったとして、顧客となりうるのは物理空間に住む人間でしかない。電脳空間に住む人間は、どうしたって物理空間に存在する物質を保有できない。つまり、マーケットが小さすぎる。あんな大規模な工場を作ったところで十分な儲けが得られる見込みがそもそもない。それこそ電脳空間に工場を建てるべきだ。マーケットの規模が段違いなのだから。
電脳空間上のシノノメが国有の土地であったから仕方なく物理空間のシノノメに建てたのか? いや、他に工場を建てられそうな土地を電脳空間上で見つければ良いだけだ。
……シノノメという土地に何か拘りがあるのか? どうして?
最後、3つ目の疑問。
ミレイのお母さんはこの工場が見たかったのだろうと、なんとなく直感的にそう思ったけれど、はたして見たところで一体何をどうしたかったのだろう。
何を作っているか知りたかったのだろうか。
知ってどうするんだろう。
…………わからない。
昨晩家に帰ってきてからずっと探偵の真似事のように推理をしてみてはいるが、辿り着く先はいつもこれだ。
はぁ、朝っぱらだというのに妙な疲労感だ。
頭の使いすぎか? ほら、普段あんまり使ってないから……やかましい。
……飯でも食うか。
いつもの目玉焼きを作ろう。
冷蔵庫を再び開けて卵を取り出す。
切れかけのベーコンも2枚取る。
大丈夫、怪しげな臭いはしていない。まだ食える。
フライパンを棚から取り出しコンロに置いて火をつける。
青い光が暗い部屋を彩る。
油を敷いてベーコンを焼く。少し焦げ目がついてきたところでひっくり返し、上から卵を割って落とす。水をほんの少しフライパンに垂らして蓋をする。ジューっという音が響く。この蒸らしが重要だ。
パチパチと言う乾いた音に変わってきたら頃合い。蓋を開けて様子を見る。
……ふむ、今日も今日とて良い焼き加減。
そして、ここからが山場。塩コショウだ。これですべてが決まる。
ふーっ。
一息ついて。
いざ参らん!
塩コショウを独自にブレンドした瓶の蓋を開け、目玉焼きに向けて傾けたその時。
ピリリリリリリリリリリリ。
携帯端末が大音量で鳴った。
目玉焼きに集中していたため、突如意識の外から現れた大音量に対して盛大に身体を震わせてしまった。
――うおっ……………あっ……。
あまりの驚きに震えた右手は塩コショウを盛大にぶちまけて――――。
あら不思議、先程までは極々普通の目玉焼きが、塩辛さ極振りの尖鋭に早変わり。
得も言われぬ虚無感に襲われながら、端末に声をかける。
「はぁ……応答を許可」
一瞬の間を置いて着信音が止まる。
聞こえてきた声はいつも通り。
だが聞こえてきた内容は稀有なそれ。
「サトル! おはよう! 大変だ! 今日も依頼だ!」
「………………え?」
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