01-01

 カラリと晴れた朝だった。


 6月初旬。

 こういった晴れ間は珍しくないが、ここまで雲が少なく、気持ちの良いのは中々ない。しかし、


「朝から随分とあちーなぁ、あぁ、もう30℃あるのか……太陽さんちょっと頑張りすぎじゃないですかね……」


 あまりの暑さに独り言が溢れた。

 まだ朝7時だというのに、うだるような暑さだ。

 

 毎日似たようなことを言っている。

 似たような学生生活の毎日。

 時に親父の仕事の手伝いで、基板の交換なんかをすることもあるがそれも定型の仕事だ。今後死ぬまで、何十年と同じことをしていくのだろう。この毎日似たような顔をしている天気のように。


 それも悪くはないけれど、現状が変わったらどうなるのだろうかと夢想しないこともない。

 ――変わるわけがないと理解をしながら。


 ベッドサイドに置いてあったリモコンのボタンを押して、エアコンを起動した。

 すぐに涼しい風が出てきたが、部屋全体が涼しくなるにはもう少し時間がかかりそうだ。


 のそのそと起き上がり、顔を洗いに洗面所に向かう。


 蛇口を捻ると、温い水が出てきた。

 眠気覚ましに冷たい水を浴びたいところだが、水道管ごと温まってしまっているのだろう、しばらく水を流したままにしてもついぞ温度は変わらなかった。



 歯を磨き、顔を洗って寝癖を直した後、キッチンにやってきた。そして冷蔵庫から卵とベーコンを出し、油を引いたフライパンで焼く。

 今日の朝食だ。部屋に香ばしい匂いが広がる。


 卵は飼っている鶏から。ベーコンは家の近くの個人商店から。

 生肉なんて久しく調理していない。中々手に入らないから。


 人が減った現代、物流はある程度物資が溜まってからまとまって輸送する方が効率が良いので、基本的に出回るのは保存の効く加工肉だ。


 中世の海賊かよと言いたくもなるが、仕方ない。

 生の卵が手に入るだけマシだろう、生では食べないけど。


 少し焦げたベーコンと目玉焼きを皿に盛り付け、ダイニングテーブルに運ぶ。


 皿を置くと同時に、近くに置いてあったラジオの電源を入れた。

 周波数594 kHz、ここ日本で唯一のラジオ放送局。

 自分を含めて、今日の日本に住んでいる人間にとって貴重な情報源だ。


 テレビは人の減少に伴い視聴率が確保できなくなって、十年ほど前に全ての放送が終了した。



 ノイズとともにラジオから淡々とした口調の音声が流れ出てくる。


――続いて、関東の天気です。発達した高気圧が日本列島上空に張り出した影響で、関東全域に渡って抜けるような晴れ間が広がっています。気温も非常に高くなることが予想され、昨日同様、熱中症に注意が必要となるでしょう――


「……毎日同じような天気予報だよなぁ……嘘でも良いから雨でも降りそうとか言ってくれねぇかなぁ、いや流石に嘘は怒られるか。」


 毎日聞こえてくる天気予報は、晴れそして猛暑の見込み、だ。



 かつてこの時期には梅雨と呼ばれる、いわば雨季に相当する季節があったらしいが、それも無くなって久しい。

 乾いた夏には時々台風がやってくるくらいで、基本的にほぼ毎日晴れている。

 ほぼ毎年ずっと似たような天気ばかりが続いていると、晴れと台風以外の空模様を見てみたいものだが、中々希望は叶わない。




 梅雨の消滅をはじめとした気候変動を招いたのは人類だ。

 歴史の授業で習った。



 21世紀の初頭、地球温暖化問題が顕在化した。

 人類の活動による二酸化炭素排出量の急激な増加がその主な要因だった。


 実際のところ、20世紀の終わり頃から学者たちは警鐘を鳴らしていたそうだが、より世間的に重大な問題だと認知されたのはそこからずっと後、異常気象が頻繁に見られるようになってからだった。


 当時の人類はキャッチーな標語を掲げて、個人レベルから地球温暖化問題への取り組みを推し進めたらしいが、大した効果は得られなかった。


 そりゃあそうだ、人の欲は人が自覚しているそれよりずっと深い。異常気象が見られ、自身の生活が脅かされるようになって、ようやく重い腰を上げるような生き物だ。


 そうなるまで自身の欲のまま着飾り、腹を満たし、必要性の良くわからないものを作っては捨て、自身の生活のために犠牲となる地球環境からは目を背けてきたのだ。


 そんな連中が、いきなり自身の生活の質を落として、地球のためにと己の欲を押さえつけられるわけがなかった。

 経済を優先し、二酸化炭素排出量など歯牙にもかけない国すらあった。



 気持ちばかりの、雰囲気だけの活動で何とかできるような閾値はとうに過ぎていた。


 掲げた標語は機能せず、地球環境は悪化の一途をたどった。


 人類の生活できる環境はみるみる縮小し、利用可能な資源は底を尽きかけた。


 多量の人が住めるような星ではなくなったのだ。



 結果、多くの人間がいなくなった。



 物理空間には。




 ――これが人類史の転換点。

 人類は物理空間上で生きていくことを諦めた。


 現状の地球はどうしようもない。

 宇宙に新たな星も見出だせなかった。


 袋小路に嵌った人類が取った選択は逃げの一手。

 いや、ただの逃げではない。それは革新的な逃避行。


 電脳空間への移住だった。

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