第6話 王子様の暴走


「お、俺は、騙されたんだ。ジェイニーと結婚すれば、侯爵の後を継げると、ジェイニーにもハーナン侯爵からも言われたんだっ」

チャールズが騒ぎだした。


おっと、チャールズのことを忘れていたわ。私は顔を扇で半分隠したまま、チャールズへと視線を向ける。

やっと自分の立場が分かったようね。


「あら嫌だ、チャールズとジェイニーは私の目の前で、二人は『真実の愛』で結ばれているって言っていたじゃない。爵位なんて、そんなもので真実の愛が壊れることなんかないでしょう」

私のニヤニヤ顔は、扇でも隠し切れないみたい。

だって、目が弓なりになっているのが自分でも分かるもの。


「ち、違う。俺の婚約は、ハーナン侯爵の家に婿養子に入るためのものだ。ジェイニーが侯爵家を継げないというのなら、俺の婚約者はアイリスになるはずだ」

へ?

チャールズは何を言っているのか私は理解できない。


「そうだ。俺の婚約者はアイリスだったんだ。俺はジェイニーに騙されただけだ。俺は被害者なのだから、アイリスと結婚すれば、侯爵になれるはずだ」

チャールズは何を思ったのか、抱いていたジェイニーの肩を外すと、私へと手を伸ばす。


やだ、この男は何言っているのかしら?

真実の愛はどこにいったの。思わず私は後退さろうとして……。

ぎゅうっ。

アーネストから強く抱きしめられた。

ちょっ、ちょっと強い。抱きしめる力が強すぎる。

出るから。出ちゃいけない物がでそうだから、やめて。内臓が出ちゃったら、もう戻せないんだからね。力を緩めてぇ。


「チャールズ様、酷い」

「チャールズ君、いきなり何を言いだしているのだ」

ジェイニーとお父様が手の平を返したチャールズに文句を言うが、チャールズには聞こえていないようだ。私へと近づいてくる。


「貴様っ、言わせておけば、アイリスと結婚したいなどと、どの口が言っているのだ!」

アーネストの声が低い。

アーネストが怒るのも分かるわ。私も呆れてしまうもの。

チャールズは、あれだけ私を馬鹿にしておいて、私がなびくとでも思っているのかしら。浅はかすぎる。


「貴様は、この愛らしくて、美しくて、賢く、聡明なアイリスを手に入れなかったことを後悔しているのだろうが、もう遅いのだ。いまごろアイリスの素晴らしさが分かったところで手遅れだ。愚かなお前がアイリスの手を取らなかったことには礼を言おう。だがアイリスがお前の元へ行くことなど無いっ。なぜならアイリスは私の婚約者になるのだからなっ!!」

アーネストは私を抱きしめていない方の腕を伸ばし、ビシリとチャールズを指さす。

周りの貴族達が息を飲むのが分かった。

アーネストーーーッ。何を言いだすのよっ。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと、アーネストっ!!」

思わず大声を出そうとして、慌てて自分の口を自分で塞ぐ。

いくら “ざまぁ” に協力をしてくれているといっても、悪乗りし過ぎ。何を言いだすのよ。


ここには大勢の貴族達がいるの。

王族であるアーネストが私ごときと婚約しようなどと言ってはいけない。絶対にいけない。

勢いで言ってしまったとしても、言質を取られてしまう。アーネストの、ましてや王族の足を引っ張ろうと思っている輩は必ず存在しているのだから。

私がアーネストに “ざまぁ” の協力者として恋人のフリなんかを頼んだから、優しいアーネストは幼馴染の願いを叶えてやろうと思ったのだろう。だけど私はアーネストを犠牲にしようなんて思っていない。

アーネストの将来を潰してはいけない。


「アーネスト、何てことを言いだすのよっ。早く『なーんちゃって』って、言って。私も『なんでやねん』って、突っ込むから。まだ今なら間に合うから、ほら早く!」

私は周りに聞こえないよう小声を出して、アーネストの脇腹をつつく。


「アイリス」

ぎゅうぎゅうと私を抱きしめていたアーネストが、私から離れた。

やっとスムーズに息ができる。私はホッと息をつくのだが、アーネストに早くボケてもらわなければ。

左手に扇を持ち替え、いつでも突っ込めるよう右手の準備をする。

さあアーネスト準備はできたわよ。


「俺と結婚してください」

アーネストは私の前に跪くと、突っ込もうと宙に浮かせていた右手を取り、恭しく口づけする。


「なんでやね……はあっ? ちょっ、ちょっとアーネスト、何を言っているの。みんな見ているわよ。そんなことを言ったら駄目よ、後戻りできなくなるわ。恋人だったら、王族の結婚前の火遊びで済むの。尻軽の令嬢と遊んだって、誰も何も言わないわ。趣味が悪いと言われるかもしれないけど、まあ、それは置いておいて。早くこれは冗談でしたって言ってちょうだいっ」

私はほとんど悲鳴だ。


何故アーネストがこんなことを言い出したのか分らない。パーティー会場の真ん中で、“ざまぁ” をするような非常識な私を相手に、へたな冗談を言ったら駄目だ。周りから本気にとられてしまう。

自分の私利私欲のために大切な幼馴染を利用した私は馬鹿だ。優しいアーネストを巻き込んだ私が馬鹿だ。


「アイリス、俺は冗談で言っているのではないのだ。アイリスのことを愛している。一生愛し続けると誓う。どうかこの手を取ってほしい」

もともとがキラキラしい顔を、これでもかと輝かせるアーネスト。

何が、どうして、こうなった?

私は混乱の極みだ。

だって、王子様なのだ。アーネストはれっきとした第2王子。その上、顔良し、スタイル良し、頭良し。完全無欠のキラキラ王子様なのに、何をとち狂って、私なんかの手を取っているの?


はっと気づく。王子様に跪かせているっ!

モブな私のために王子様が跪くことがあってはならない。


「アーネスト駄目だよ。跪いちゃ駄目。お願いだから立ち上がって」

「アイリスが “うん” と言ってくれるまで、いつまでも跪いているよ」

王子―っ! 何をドヤ顔で言っているのよ。


焦る。

どうしていいか分からない私は助けを求めるように周りを見渡す。そして、沢山の貴族たちの目が自分に注がれているのに気づく。

自分のしでかしに恐怖が湧き上がる。

あまりの恐怖に息ができない。どんなに吸っても、息が苦しい。

目の前が真っ暗になっていく。


ごめんなさい。

アーネストごめんなさい。言葉に出して言えなくなってしまったけど、ただただ心の中で謝り続ける。


「アイリスっ!!」

過呼吸を起こした私は、そのままブラックアウトしてしまったのだった。

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