口笛でいきます

鐘古こよみ

いいね

 座卓に置いたラップトップを立ち上げ、駅前のスーパーで買ってきた半額シール付きの唐揚げ弁当と、中身が半分残ったお茶のペットボトルを脇にセット。

 音がないと寂しいのでテレビをつけたら、ちょうど二十二時のニュースが始まるところだった。

 東京で一人暮らしの女性の遺体が見つかったらしい。顔や腹部が鋭利な刃物で切り裂かれていて、現場近くには血の付いたピザカッターが落ちていたとか。


「何それ、こっわ」

 思わず声に出して呟いてしまった。一人暮らしも長くなると、たまにテレビに向かって喋っていることがある。ピザカッターってあの、丸い刃をピザ生地の上でコロコロする奴でしょ。あれを顔やお腹の上で? いやー、エグすぎ!


 唐揚げ一個とご飯を三口食べてから、ラップトップをインターネットに接続。数ヶ月前に登録して最近すっかりハマっている小説投稿サイト「ヨミカキ」を開く。

 無料でいつでも小説が読める、書ける。それが「ヨミカキ」の売りだ。


 読むだけの人や書くだけの人も中にはいるけれど、ほとんどのユーザーは両方とも行っている。自分が書いた小説を公開して、他人が書いた小説を読む。気に入った作品に感想を送ったり、星の数で評価したりもできる。

 気が合う人とは互いにアカウントをフォローしあって、小説ではなく「呟きノート」でも交流ができる。最近の私は、専らこの機能しか使えていない。


『こんばんは、丸木花鈴です。

 最近、残業続きで、全然小説の続きが書けていません!

 初めてのミステリーに挑戦中なのに(T_T)

 今日も遅くなったので自炊は諦めて、スーパーで半額の唐揚げ弁当をもぐもぐ。

 実は昼間、課長からもっと仕事を押し付けられそうだったけど、声かけられる前に資料室に避難して、乗り切っちゃいました♪~(´ε` )

 皆さんもお仕事に家事に育児、お疲れ様です!』


 小説を更新できなくても、近況報告くらいはしたい。呟きノートに何か書くと、読んでくれた人からサムズアップマークの「いいね」を押してもらえたり、コメントがつく場合もある。顔の見えないネット上の繋がりでも、趣味を通じて知り合えた人たちとそうやって交流できるのが、彼氏もおらず仕事ばかりの毎日を送っている私にとっては、何よりの癒しなのだ。


 唐揚げ弁当を平らげ、シャワーを浴びて浴室から戻ると、「ヨミカキ」トップページの右上にある通知ベルが赤く光っていた。

 ベルをクリックして詳細を開くと、先ほど書いた呟きノートに対する反応が数件入っていた。ほとんどお馴染みさんだけれど、一人だけご新規さんがいる。

 〝口笛でいきます〟という変わったユーザーネームの方が、「いいね」を押してくれたらしい。

 小説も呟きノートも、公開後は誰でも見られるようになるから、今まで全く知らなかった人が反応してくれることも、たまにあるのだ。


 どんな人か気になったので、名前をクリックして相手のページに飛んでみた。


 登録日は三年ほど前。私よりずっと古参のユーザーだ。プロフィールなし、呟きノートもなし。フォローしているユーザーや小説はゼロで、マイページのテーマカラーもフォーマットの黒のまま。

 読むのが専門の人かなと思ったけれど、小説が一つだけ公開されていた。

 連載中で、タイトルは「口笛日記」。ジャンルはエッセイ・ノンフィクション。

 タイトルをクリックすると、普通は作者自身が書き込んだ内容紹介が読めるのだけれど、そういう文章は一切なかった。ただ目次だけが並んでいる。


 「第1話 タンスの角」「第2話 草刈り鎌」「第3話 消火器」……


 なんだか面白そうだ、と思って、興味本位で覗いてみた。


『第1話 タンスの角


 5月28日


 先生、あのね。

 今日ね、ミズスマシさんに、会ったよ。

 おととい、口笛で、呼んでくれたよ。

 びっくりして、タンスの角に、頭をぶつけたよ。』


 小学生の作文みたいな文体に戸惑った。

 あまりにも短いし、意味がわからない。


 一件、コメントが書き込まれていることに気付いた。

 〝***〟という、これも変わったユーザーネームの人だ。


『ミズスマシさんに会えて良かったですね。

 タンスの角に頭をぶつけたのは、誰かな?

 頭をぶつけた後に、どうなったのかな?』


 作者からの返信コメントはなかった。首を傾げながら次のページに進んだ。


『第2話 草刈り鎌


 6月14日


 先生、あのね。

 今日ね、厚揚げ団子さんに、会ったよ。

 おととい、口笛で、呼んでくれたよ。

 お庭で、草刈り中だったよ。

 草刈り鎌が、厚揚げ団子さんの、背中に刺さったよ。

 血がいっぱい、出たよ。』


 やはり〝***〟さんから返信コメントがあった。


『厚揚げ団子さんに会えて良かったですね。

 草刈り鎌が背中に刺さって、血がいっぱい出たんですね。

 刺さったのは一回だけかな? たくさん刺さったのかな?』


 本文といい、コメントといい、なんとなく不気味だ。

 ジャンルはエッセイにしてあったけれど、もしかしたら、そういう体裁の変わった小説なのだろうか。邪道だけれど、そういうことがしたくなる気持ちは、わからないでもない。

 好奇心をくすぐられて、次のページに進んだ。


『第3話 消火器


 6月27日


 先生、あのね。

 今日、マッスル怪人さんに、会ったよ。

 おととい、口笛で、呼んでくれたよ。

 マンションの廊下で、会ったよ。

 追いかけっこして、階段で転んで、追いついたよ。

 近くに、消火器があったよ。

 それで三回殴ったら、静かになったよ。』


『マッスル怪人さんに会えて良かったですね。

 消火器がなかったら、どうしていたのかな?

 誰かを訪ねる時は、手土産を持って行きましょう。』


 気味が悪くなってきて、私はページを閉じた。

 目次一覧に戻る。ずらずらと結構な話数が書かれているけれど、ずっとこんな調子で続くのだろうか。


 ミズスマシさん、厚揚げ団子さん、マッスル怪人さんというのは、文章を読む限り、人のニックネームのようだった。

 毎回、誰かに会いに行っては、物騒なことをしている。そう取れる。

 〝***〟さんのコメントは、それを助長している感じがする。

 コメント欄も含めて、邪道な小説なのだろうか。

 文章上の遊びなのだろうけど、たぶん、関わっちゃいけない人たちだ。

 うっかり自分の痕跡を残してしまわないよう、急いでマイページに戻った。


 ベルの通知ランプが再び赤く灯っている。何人かのお馴染みさんが「いいね」を押してくれたのだ。コメントもあって嬉しくなる。

 返信しながらふと、今日はエフさんがまだ来てくれていないな、と思った。

 

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