第8話 好きということ

「どうしたものか」


「令字が悪い」


 俺が真剣に悩んでいると、抱き枕ちゃん(大人モード)にジト目を向けられた。


 悩みというのは、しばらくの間、汐音が泊まりに来ていない。


 それ自体は普通の関係になったという事でいいのだが、バイトで会った時の反応も少しおかしい。


 今までは汐音が俺を見かけたら、汐音の方から寄って来ていたのに、今では軽く挨拶をして、すぐに行ってしまう。


「抱き枕ちゃんよ。どういう事なんだ?」


「令字は阿呆という事だ」


「だからどういう意味だよ」


「いくらあの娘が変態だとはいえ、好きな相手から愛の告白をされて、それを思わず聞いてしまったのなら気まずくもなるだろう?」


 それを聞いて納得した。


 要は、汐音が最後に泊まりに来た日に俺が言った「汐音の事が好き」という

 のを聞かれていたようだ。


「可愛らしいじゃないか。散々好きだ好きだと言っておいて、いざその相手から好きと言われたら恥ずかしくなるなんて」


「いや、汐音が本当は俺を好きではなかったって可能性もあるぞ」


「令字はそれを本気で言っているのか?」


 抱き枕ちゃんが真顔で聞いてくる。


「それなら貴様の血をここで全ていただいて、私は消える」


 抱き枕ちゃんの顔は冗談とかの感じではない。


 もしここで「本気で言った」なんて言ったら、俺は死ぬ。


「嘘はわかるか?」


「舐めるな。人間のつく嘘ぐらい見抜けるわ」


「じゃあ嘘偽りなく答えるな。わからない」


「ほぅ」


 抱き枕ちゃんが目を細めて続きを促してきた。


「汐音が俺の事を好きって言ってくれるのは……」


「どうした?」


「汐音ってさ、俺の事好きって言った?」


「そんなの……言ってたか?」


 確かに軽く「すきー」みたいなのはあるが、ちゃんと言われた事はない気がする。


「逆に令字は結構言ってるな」


「汐音の行動的に俺を好きなのかもとは思えるけど、確信の言葉を俺は貰ってないじゃん」


 一度全裸で迫ってきたり、男の部屋で下着姿に当たり前でなるようなら、好きなのかもとは思うけど、実はただの変態の可能性もある。


「あの日も結局、あの娘は照れるだけで何も話さなかったからな」


「じゃあ俺はどうしたらいいんだ?」


 ただの片思いだと、これ以上汐音に近づく事はできない。


 もし違うのなら、一度ちゃんと話したい。


「なら手っ取り早くいこうか」


「と言うと?」


「要は、あの娘が令字の事を本当に好きかって事と、後腐れない関係になりたいって事でしょ?」


「そうだな」


 そんな都合のいい方法があるのなら是非聞きたい。


「それなら──」


 俺は抱き枕ちゃんから話を聞いて、それをする事にした。


 確かにそれなら汐音の気持ちの確認が取れて、尚且つ後腐れない関係になる可能性が高い。


 だけどそれには一つ問題がある。


「それってつまりは、俺が汐音に話しかけなきゃいけないよな?」


「当たり前だ」


「怖いな……」


 そもそも断られる可能性もあるし、それに無視される可能性もある。


 そんな事をされたら立ち直れない。


「可愛いか! あの娘の事になるとピュア過ぎないか?」


「初めてなんだよ、人を好きになるって」


「だから失うのが怖いと? 令字にも人の血は通ってたんだ」


 散々飲んでおいてどの口が言うのか、とは思ったが、自分でもそう思うから言い返せない。


「まぁ、娘に声を掛けない方法もあるにはある」


「それは?」


「全く……」


 抱き枕ちゃんが呆れた様子で教えてくれた。


 聞いてしまえば簡単な方法だ。


 きっといつもの俺なら迷わずにそれを思いついていたであろう事だった。


 それだけ俺は何も考えられなくなっていたようだと実感した。


 だけど行動の指針が決まったので、それからは早かった。


 全ての準備を済ませ、その日を迎えるまでにそう時間はかからなかった。


 そして──




「ただいま」


「おかえり、汐音」


「……そう来ましたか」


 俺は玄関で汐音を出迎えた。


(ここからだな)


 ここからが勝負だ。


 汐音との関係にケリをつける。

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