第11話 錦
私の叔母から聞いた話
私の叔母は大学生の頃、居酒屋で夜遅くまでバイトをしていた。その帰り道の出来事である。
丁度4月の半ば、桜が散るころ
叔母は居酒屋のバイトを終えて帰り道を急いでいた。
当時の叔母の家は山の麓に建てられた住宅街にあった。そのため、家に帰るには夜間でも街灯の少ない道路を自転車で駆け抜ける必要があった。
家族には、「少し遠回りしても良いから、明りの多い大通りを通って帰りなさい」と言われていたものの、日々課題や研究、大学の様々なことに追われていた叔母は、早く家に帰ることを優先していた。
この頃、叔母はよく「近道」と呼ばれる道を通じて家に帰っていた。居酒屋のある商店街から自宅に帰る途中に少し大きめの神社があるのだが、そこの脇道を抜けた先、殆どコンクリートの舗装もガタついた小さな長い小道を抜けると、住宅街に繋がる坂道まで直進でたどり着く事ができる。
その日も叔母は、近道を通って、家に帰ろうとしていた。
商店街をはなれ、人気のない道路を走り、神社の脇道にはいる。
普段なら、そこには誰も居ない 街灯も何一つとして無い暗い小道が伸びているはずだった。
周囲を竹の藪が覆う、昼間でも薄暗い陰気な道。
その道の向こうから、人がやってきた。
一人ではなく、複数、それも行列である。
暗闇の向こうからやって来る行列の、その先頭に
花嫁が着るような、錦の打ち掛けが見えた。
明かりもないのに、その集団だけが、やけにはっきりと浮かび上がるように見える。
叔母は思わず立ちすくんでしまった。
足が動かない。それでも行列はどんどん近づいてくる。
そのうち、相手の顔が見える程の距離まで行列が近づいてきた。
彼らを見た叔母は更にぎょっとしたという。
顔がなかった。
正確には、彼らの首から上、口元のあたりからは
真っ黒な影に覆われて視認できなかったそうだ。
叔母はそれを見て、金縛りにあったように動けなくなった。
錦の着物を着た人を先頭に、それぞれ、黒や紺の着物を着た行列は、立ち尽くす叔母をよそにゆっくりと夜の闇へ消えていった。行列の中には年老いた人から子供まで、様々な人が居たが、どの人も一様にして顔は黒い影に覆われ見えなかったという。
最後の人が通り過ぎた瞬間、体が自由に動くようになった叔母は、そのまま全速力で自転車を漕いで家まで走った。
行列が通り過ぎたあとの道には、薄っすらとお香の甘い香りが漂っていたという。
今はもう、あの小道は誰も使っていない。
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