第三九話 追撃してくる赤い鎧達

 俺とセラが地上から姿を消して十数分は経っただろうか。


 すでに俺達は透明になった飛空艇『ガレアス艇』で王都上空を飛んでいる。


「透明化状態が解かれるまであと何秒だ?」


「一分程ですわ」


 セラは俺に応じ、透明化魔法の効果切れまでの時間を教えてくれる。


「なら、そろそろ構えるか」


 俺は剣を抜刀し、戦闘態勢を取る。


 ――残り五〇秒。


 ここを切り抜けられれば問題ない。追って来る相手を撃退した後に再び飛空艇に透明化魔法をかけてもらえれば王国の魔の手が届かなくなる。


 追って来る敵の部隊については察しが付いている。というか、赤の将軍以外は戦闘不能なので必然的に追って来るのは赤の将軍の部隊だ。


 ――残り三〇秒。


 赤の将軍――サムエル・カザドは容姿と戦闘時のスピードが相まって『魔法王国のスピードスター』と呼ばれている男だ。『風属性魔法』と『雷属性魔法』によって底上げされたサムエルのスピードに誰も追いついたことがないうえに、サムエルは本気のスピードを出したことがないと豪語している。


 ――残り一〇秒。


「…………!」


 飛空艇の透明状態が解かれる。


 すでに飛空艇は王都の南門へと差しかかり、厳密には王都の外へと到達していた。


 飛空艇の姿が人々に可視化された途端、地上から騒がしい声が聞こえる。


 街の人々が悲鳴にも似たような声をあげ、兵士達は飛空艇を指差し慌ただしく走り回っていた。また、地上には飛空艇による陰影が付いていた。


「前から来ますわ!」


 セラの声で俺は船首の前方にいる赤い鎧を着た兵士達を確認する。


「やはり来たか……サムエル・カザド」


 兵士達の中にはレイピアを腰に携えたサムエルがいた。


 敵は皆、浮遊魔法である『エア・ライド』を行使し、猛追していた。


「『風薙ぎ』」「『フィジカルアップ・テンス』」


 俺は体から溢れ出る未知の力を行使し、剣に空気を収束させる。一方、セラの体からは煌めく白いオーラが漂っていた。


 俺達は最初から全力で敵を迎え撃つ予定だ。


「「!」」


 俺とセラは目を見開いた、サムエルの全身に電流が迸ったからだ。そしてそれを確認したかと思えば、サムエルの姿はフッと消える。


「クソッ!」


「これは予想以上ですわ」


 俺達は背後を振り向きながら後方に跳ぶ。


 そこには背中を向け、体に電流を走らせたことで髪の毛が少し逆立ったサムエルがいた。


「今の状態のわたくしより速いですわ」


 セラが言葉を零すと、サムエルは腰のレイピアを抜き振り向く。ちなみにレイピアにも電流が走っていた。


「反応できた、その美しさを褒め称えよう」


 サムエルはレイピアを持ったまま拍手してきた。


 噂通り妙な奴だ。


「そして、あらかじめ言っておこう……僕は今ここで本気を出す」


 と、サムエルが言い切った瞬間、周囲の空気が重苦しくなる。


 そして――


「そこか!」


「ほう……!」


 ――再びサムエルが消えたが、俺は刹那の瞬間に後ろに回ったサムエルに対して剣の切っ先を向ける。サムエルは目を細めて唸っていた。それより、一瞬遅れてセラが腕を前に構えていた。


「美しい剣だ」


「は?」


 サムエルの感想に俺は思わず声を漏らす。


「目では追えていないのに事前に来ると分かったような動きだね……セラフィ王女より明らかに怠慢な動きにも関わらず僕についてくるなんて……不思議だ。それも魔眼の力? それとも魔眼の副次的な力かな?」


「…………さぁな」


「ふふっ、君、誤魔化すの下手だね。それもまた人間賛歌さ」


 サムエルは分かったようなことを言いながら体一つ分、後ろに下がった。


 将軍達と戦う度に俺の力が暴かれたり暴かれそうになる……ファルカオはあえて攻撃を受けることで魔眼の攻撃性能を殺し、ナナには無数の攻撃によって魔眼の防御性能を殺されかけた。


「セラ、こいつは俺が相手する」


「…………」


 セラは無言の抵抗をしてきた。


「ふふ……素晴らしいねセラフィ王女、それも一つの愛だね」


「えっ! 分かります? そうなんですよ」


 サムエルがまた分かったようなことを言うと、セラが嬉しそうに応じていた。


「そんなこと言っている場合か」


 俺は呆れ気味に口を挟んだ。


「ファル様、本当は嫌ですけど、わたくしはファル様を信頼しているのでこの場を任せますわ。それにファル様の判断はきっと正しいですわ。わたくしではサムエルの速さにかろうじて追いつけるか追いつけないかの状況になるでしょうし、サムエルの攻撃力ではわたくしに傷を付けることができませんので埒が明かないところでしたわ」


 セラの言うことを要約するとセラとサムエルが一騎打ちをすれば、一進一退の状態が続くというわけだ。裏を返せば、勝敗を決める要因として技の手数や意表をついた攻撃にもなるということである。


「セラ、サムエル以外の敵を倒してくれ、頼むぞ」


「任せてください、全員、地面に叩き落としてさしあげますわ」


 そんなことを言いながら、平然とした顔をしているセラはその場から消えた。


「話は終わりかい?」


 サムエルは紳士的に待っていた。


「ああ……待たせてすまないな」


「別にいいよ。君とは真剣勝負をしたいと思っていたしね」


「実は俺もだ。他の将軍は魔法に頼っているが、お前だけは剣術も磨いてきた男だからな。前々から手合わせしたいと思っていた」


「それは嬉しいね」


 気を抜けば一瞬でやられる相手だ……油断せず行くぞ。

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